第20話
さて、そんな調子で『死霊の森』を探索していった俺たちだったが、やっぱり『初心者の洞窟』と比べると、格上のダンジョンである。
ミィルを加えて四人パーティになっているにも関わらず、モンスターに遭遇するごとに結構な負傷やスキルの使用を余儀なくされて、戦力リソースがどんどんと消耗させられていった。
そして、森をかなり奥地まで進み、戦闘数にして十回強を数えたあたりで、プレジデントプレートが示すパーティ状態は、こんな感じになってしまっていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
アーヴィン HP:315/366 MP:3/11
ロナ HP:423/468 MP:2/12
ティアラ HP:320/324 MP:5/20
ミィル HP:214/214 MP:7/22
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ティアラのヒーリングがあと一発だ。
まあ、ヒーリングポーションも十本ぐらい持って来ているから、そこはやろうと思えばゴリ押しはできると思うが……。
「ロナ、この森の踏破地点まで、あとどれぐらいある?」
俺は戦闘後の一時休憩で、『死霊の森』の踏破経験のあるドワーフの少女に、パーティの現在の進捗状況について聞いてみる。
「んー、あと二割ってとこかな。──だいたいそんなもんだよな?」
ロナはロナで、もう一人の経験者に話を振ると、その相手のエルフ少女がこくんと頷く。
「……モンスターに遭遇するのは、あと三回ぐらい……かな」
「だな。まあ、多分イケんだろ」
だがその熟練者たちの見解に、ティアラが異を唱える。
「で、でもでもっ、この後とか帰り道に、何があるか分からないですよ? ギリギリピンチになる前に、帰った方がいいんじゃ……」
その未熟なプリーストの物言いに、ドワーフの少女は少し面白くなさそうな顔をする。
「いや、帰り道なんて何もねぇって。あたし今まで半年ぐらい冒険者やってきたけど、帰り道でモンスターに遭ったことなんて一度もねぇし」
「いや、でも……ひょっとしたらっていうのは、あるかもしれないじゃないですか……?」
「あのなぁ……。そんな可能性の話ばっかり考えてたら、冒険者なんて──」
「……ストップ」
ロナとティアラが言い争いを始めそうになったところで、ミィルが二人を静止する。
「……それをどうするか決めるのは、私たちじゃない」
ミィルはそう言って、俺の方へと視線を投げかけてくる。
──決断。
それは社長に与えられた、権利であり、責任だ。
「……社長。……ここから前に進む? ……それともここで帰る? ……決めて」
ミィルのいつもの眠たそうな、でも真っ直ぐな瞳が、俺をじっと見つめてくる。
ロナとティアラの二人の視線も、俺に集まる。
さて、どうしたものか……。
仮にティアラの言う通り、予想していなかったような『何か』が起こってパーティが全滅してしまった場合、俺と彼女らの蘇生費用などで、現在のカンパニーの資本のほぼ全額である銀貨4,000枚という額が、一瞬で吹き飛ぶことになる。
それは確かに、常に危惧しておかなければならないリスクだ。
だけど、いつもいつもそんなことを言っていたら、冒険者を雇ってダンジョン探索をして、それで会社の利益を出すことなんてできやしない。
『もしかしたら』なんてことをどこまでも考えていたら、それは冒険者カンパニーとしての活動をやめるという結論しか出てこない。
だからどこかで、リスクに踏み込む判断は必要だ。
そして、今のリスクが1%なのか、それとも0.1%なのか、はたまた0.000000001%なのかを正しく見極めることは極めて困難──というか、事実上不可能だろう。
数字上、あるいは理屈上、絶対に正しいと言えるような正答は、与えられない。
だから、社長は『決断』をしなければならない。
どの選択が正しいのか、本当の本当には分からない中で、それでも『決める』ということをしなければならない。
俺は思考を終えると、三人の少女たちに向けて口を開く。
「──進もう」
俺のその決断に、少女たちが頷く。
ティアラとても、そうなれば、もはや異を唱えたりしなかった。
結局、その後二回の戦闘を経た後、俺たちは『死霊の森』の最深部に到達した。
そしてそこで、『癒し草』と呼ばれる薬草を、トレジャーとして採取することに成功する。
なお『癒し草』は、常に薄暗い『死霊の森』の中にあってほのかな燐光を発する不思議な植物で、白く美しい花を咲かせていた。
これも、採取すると翌日には、再び一輪だけ咲いているという性質を持つのだとか。
そして俺たちは『死霊の森』を出て、街へと帰還する。
ちなみにヒーリングポーションは、安全を期して、二本だけ使った。
ティアラの言っていたこともちょっと気にして、帰り道を警戒しての使用だったが、これを無駄な出費とは考えない方がいいだろう。
かくして、我がカンパニー最初の『死霊の森』探索は、目標達成の下に終わった。
俺は街へと辿り着くと、いつものように役所の冒険者窓口で、清算を行なう。
狩り取ってきた討伐証明部位をすべて引き渡し、トレジャーである『癒し草』を買い取ってもらって、弾き出された金額は以下の通りだった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
●討伐証明
スケルトン×20……銀貨15枚
ゾンビ×17……銀貨17枚
イビルフラワー×10……銀貨10枚
●トレジャー
癒し草……銀貨20枚
合計額……銀貨62枚
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
銀貨62枚。
ざっくり言って、『初心者の洞窟』の二倍ほどの収入だ。
まあまあ、このぐらい稼げてくれれば、御の字と考えていいだろう。
で、経費とかはもうほぼ完全に週単位だから、この線でひとまず進めて行って、どのぐらい稼げるか見ていってみよう。
──うっし。
じゃあ今週も一週間、バリバリ働きますか。