第2話
最初の一人は、ドワーフの少女だった。
見た目は人間の子どもそのものという感じで、背丈は小学校低学年ぐらい。
ただ、小学生らしい華奢さはない、若干のぽっちゃり体型だ。
少し浅黒い肌で、栗色の髪をポニーテイルにしていて可愛らしい。
「ロナ・ドーバンだ。見ての通りのドワーフで、ウォリアーをやってる。攻撃力には結構自信があるぜ」
ドワーフの少女は愛らしい八重歯を見せながら、自信ありげな表情で自己アピールしてくる。
……しかし何だな、やっぱり小学生にしか見えないんで、これで冒険者と言われてもすごい違和感がある。
俺は、ロナから渡された『ステータスシート』に、視線を落とす。
役所で発行されたその記録紙には、以下のような記述が施されていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
名前:ロナ・ドーバン
種族:ドワーフ
性別:女
クラス:ウォリアー
レベル:7
経験値:1841/2785
HP:426+42
MP:12
STR:51
VIT:43
DEX:31
AGL:23
INT:9
WIL:24
LUK:29
武器:グレートアックス
鎧:ラメラーアーマー
ATK:298
DEF:83
HIT:110
AVO:32
スキル
・アックスマスタリー(Lv1)
・アックスボンバー
・HPアップ(Lv1)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
このステータスシートというのは、街の役所で発行している、冒険者の能力を記したシートらしい。
正規の冒険者登録が為されている冒険者を対象とし、魔道具を使って能力を測定、魔法のペンによって出力したもので、冒険者の身分証明も兼ねているとのこと。
ちなみに俺のステータスシートもあって、その内容はこんな感じだ。
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名前:アーヴィン・マクダレス
種族:人間
性別:男
クラス:ファイター
レベル:1
経験値:0/50
HP:336
MP:11
STR:30
VIT:32
DEX:34
AGL:26
INT:12
WIL:22
LUK:24
武器:ロングソード
盾:スモールシールド
鎧:スケイルアーマー
ATK:180
DEF:62
HIT:116
AVO:38
スキル
・ソードマスタリー(Lv1)
・ダブルスラッシュ
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もちろん、アーヴィンという名前はこの異世界での名前であって、元々は別の名前を持っていたわけだが、それはこの際どうでもいいので置いておく。
それはそれとして、面談だな。
えっと、何を聞いたものか……
「──ロナさんは、どうして我が社で働こうと思ったのですか?」
俺の口から出てきたのは、そんな就職面接官の定例句だった。
だって、何聞いていいか分かんないんだもん、しょうがないじゃない。
「どうして……? 別に特に理由はないけど。働き口を探してた、そんだけだよ」
「……そ、そうですか」
あれ、そういう答えアリなんだ……。
うむぅ、勝手が分からんぞ。
「ティアラ・フェデュールです──お願いです、仕事をください! 私このままだと、腹ペコで死んでしまいます!」
二人目は、神官御用達の白いローブに身を包んだ、金髪の女性だった。
ロングヘアーの美しい美人……のはずなんだが、着ているモノといい本人といい、どこか薄汚れた印象がある。
「は、はあ……えっと、自己PRをしてもらえますか?」
「それをしたら、仕事が貰えるんですか!?」
薄汚れたお姉さん──ティアラは、何だか分からないがすごく必死だった。
でも、どれだけ必死だとしても、面接官相手にそのがっつきっぷりはないかと思うんですが……。
「えっと、あの……そうだ、ヒーリングが使えます! やっぱり、ヒーラーは必要ですよね。絶対必要ですよ! えっと、あと、あと……あの、雇ってもらえるなら、とにかく社長に尽くします! 何でもしますから、是非雇ってください!」
うーん、喋らなければ清楚な感じがして、綺麗な人なんだけどなぁ……どうしても、残念な人という印象が拭えない。
ていうか、何でもしますってあなた……いや、一瞬だけ邪な考えが浮かんだけど、そういう金と権力を悪用したアレなのはダメですね、はい。
ちなみに、このティアラさんのステータスシートの内容は、以下の通り。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
名前:ティアラ・フェデュール
種族:人間
性別:女
クラス:プリースト
レベル:1
経験値:28/50
HP:300
MP:19
STR:20
VIT:26
DEX:22
AGL:20
INT:24
WIL:38
LUK:30
武器:メイス
盾:スモールシールド
鎧:レザーアーマー
ATK:140
DEF:36
HIT:107
AVO:40
スキル
・メイスマスタリー(Lv1)
・ヒーリング
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「エフィル・パーラー。ガードっていう職業柄、守ることには自信があるよ」
三人目は、銀髪をショートカットにした、ボーイッシュな女の子だった。
彼女は自信満々の表情で、エメラルド色の瞳を向けてくる。
「キミが社長初心者だっていうなら、ボクを雇っておいたほうがいいんじゃないかな。──実力分だけちょっとばっかり多めの賃金を要求するけど、少しの賃金をケチったせいで死人が出ちゃったら、元も子もないからね」
シャツ越しに控えめな胸を張り、エフィルは言う。
ちなみに、このエフィルのレベルは19なのだが、この世界の20レベル前後の冒険者の実力というのは、ベテラン冒険者のそれに該当するらしい。
「えっと……じゃあ、あなたの長所と短所を教えてください」
「……長所と短所? 長所は、やっぱり自慢の防御力かな。短所は……まあやっぱちょっと敏捷性に劣るってところだけど、それでもその辺の新米冒険者と比べれば、そんなに遜色ないはずだよ」
エフィルは確かに質問に答えてくれるが……うーん、微妙に聞きたかったことと違う。
エフィルが言うのは能力的な長所・短所であって、そうじゃなくもっと性格的なものを聞きたかったわけで……いやでも、仕事の話をしているんだから、それでいいのか?
質問している俺自身が質問の意図を理解していないもんだから、何の意味もないな、これ……。
ちなみにエフィルのステータスは、以下の通り。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
名前:エフィル・パーラー
種族:人間
性別:女
クラス:ガード
レベル:19
経験値:112304/139035
HP:552
MP:19
STR:50
VIT:56
DEX:38
AGL:20
INT:29
WIL:39
LUK:38
武器:ロングスピア
盾:ラージシールド
鎧:プレートアーマー
ATK:240
DEF:106+10
HIT:127
AVO:39
スキル
・スピアマスタリー(Lv1)
・カバーリング
・DEFアップ(Lv1)
・チャージ
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確かにステータスは、1レベルの俺やティアラなんかのそれと比べれば、全体的に相当なモノなんだよな……。
問題は、エフィルが1レベルのティアラと比べたら四倍の賃金を要求してきているところで、彼女にそれだけの価値があるかどうかは、ちょっと分からない。
なお、希望賃金が高いのは、このエフィルが特別に強欲だからというわけではなく、高レベルの冒険者ほど高い賃金を要求するというのは、当たり前のことらしい。
「……ミィル・グラスウィンド。……働きたくない」
最後の候補者は、草色の鍔広三角帽子に、同じ色のローブを着た、金髪のエルフ少女だった。
メイジ、8レベル、希望賃金は銀貨13枚。
……は、いいんだが、今おかしな一言が聞こえた気がするぞ。
「今、働きたくないって言いました?」
俺が聞くと、エルフの少女はこくんと頷く。
「えっと……働くために、応募してきたんですよね?」
再びこくんと頷く。
「あの……働くために来たのに、働きたくないって、どういうことなんでしょう?」
その質問には、エルフ少女は可愛らしく、さも不思議そうに小首を傾げる。
「……働きたくないとは言ったけど、働かないとは言ってないよ……?」
…………。
「……わ、分かりました。以上で結構です」
面談が終わった。
俺は頭を抱えた。
この世界の労働者、自由すぎんだろ……。
ちなみに一応、ステータスはこんな感じ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
名前:ミィル・グラスウィンド
種族:エルフ
性別:女
クラス:メイジ
レベル:8
経験値:2915/4300
HP:214
MP:19+3
STR:9
VIT:7
DEX:39
AGL:39
INT:53
WIL:39
LUK:29
スキル
・ファイアボルト
・MPアップ(Lv1)
・アイスジャベリン
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で、面談に来た応募者たちを一旦帰したあと──結果として俺は、やっぱり迷っていた。
「19レベルガードのエフィルか、1レベルプリーストのティアラのどっちかなんだよなぁ……」
執務机の上に置いた四枚のステータスシートのうち、真ん中の二枚をトントンと交互に指で叩く。
あの自信満々のボクっ子、エフィルが言っていた「少しの賃金をケチったせいで死人が出ちゃったら、元も子もないからね」というのは、本当にその通りだと思うわけで。
聞くと、この世界には蘇生魔法とかいうものがわりと一般的に普及しているらしいが、この魔法をかけてもらうには、とんでもない額の寄進を神殿に対して行わなければならない。
で、雇った冒険者が雇用中に万一死んでしまった場合には、雇った冒険者カンパニーが、その冒険者の蘇生費用を負担しなければならないことになっている。
だから、まだ右も左も分からない俺にとっては、ひとまず安全マージンを大きく取っておくことは大事なことだと思う。
とすると、求人に応募してきた四人の中で最もレベルが高いエフィルを選ぶという選択は、確かに間違っていないとは思うのだが……。
ただやっぱり、賃金が高いのがネックなんだよな。
日当が銀貨24枚というのはどのぐらいのものなのかよく分からないが──銀貨1枚の価値は現代日本で言うところの1,000円~1,500円ほどのようなので、ざっくり言って日当3万円といったイメージで把握すればいいかと思う。
現代日本基準で言うなら、フリーの専門家に一日仕事してもらうために必要な依頼料というのが、ざっくり3万円が目安だと聞いたことがあるから、その基準で考えるなら、まあ飛び抜けて高い金額ではないのかもしれない。
いや、命懸けの仕事であることも考えるなら、プロを雇う金額としては、むしろ安いぐらいか。
しかしここは現代日本ではないのだから、その数字をそっくりそのまま持って来て考えたら、痛い目を見るかもしれない。
一方、1レベルプリーストのティアラに関しては、どちらかというと同情票に近い。
なんかあの人、ここで俺が雇ってやらないと、明日路上でくたばっている姿が、そこはかとなく浮かぶんだよな……。
慈善事業ではないとは言え、なるべく彼女を雇ってやりたいという気持ちが何となくあって、そこがエフィルとの迷いどころだった。
もちろん、希望賃金が安いというのも、ティアラの見逃せない魅力だ。
現代日本基準で言うなら、銀貨6枚=6,000円~9,000円程度の日当というのは、日雇いアルバイトを雇う感覚に近いと言えるだろう。
そんな辺りを踏まえてメイドのリアナさんに相談すると、彼女の口からは、こんな提案が返ってきた。
「正直あまりお勧めはできませんが……場合によっては両方雇うというのも、一つの手ですね」
「……両方?」
「はい。収支の面で多少の問題があるかとは思いますが、何事も経験という側面もございます。その程度の失敗を許容できるくらいには、カンパニーの資金ストックは残っておりますので、試しに心の赴くままに雇ってみてはいかがでしょう?」
……なるほどね。
とにかく最初は情報収集が目的で、死なないことが最優先。
失敗してもそれを次に繋げればいいと考えれば、少しの無駄ぐらいは許容範囲ってことか。
結局俺は、リアナさんの助言を甘んじて受けて、エフィルとティアラの二人を雇って、冒険者カンパニーの登竜門『初心者の洞窟』に挑むことにしたのだった。