第19話
数メートルほどの間隔ごとに、まばらに生える太い木々で構成された森の中。
前衛を俺とロナ、後衛をティアラとミィルという隊列で歩いていると、後ろからティアラが声を上げた。
「で、で、出ました……アンデッド……っ!」
ティアラが震える手で、前方を指さす。
前を見ると、視界の悪い森の中、木々の隙間からアンデッドモンスターたちが這い出て来るのが見えた。
前方右手寄りからは、武器を持ってカタカタと動く骸骨が二体。
前方左手寄りからは、腐乱した体でゆらゆらと蠢く死体が二体。
ファンタジー世界のアンデッドモンスターの中でも、トップクラスの有名人、スケルトンさんとゾンビさんだな。
まだだいぶ距離はあるが──
「ゾンビの方が少し手ごわい。社長は右のスケルトン二体を抑えてくれ。あたしは左のゾンビを潰しに行く」
頼もしいロリッ子、ロナが斧を振り上げ、左手前方へと走ってゆく。
俺は一瞬躊躇するが、すぐに振り切って、右手前方へと走る。
……この強い方を女の子に任せるってのは、わりといつまでたっても慣れないもんだな。
ロナの方が高レベルで、実際に俺よりも強いんだし、理屈ではこっちで正しいってことは分かるんだが。
俺が走り始めた背後から、ミィルの朗々とした呪文詠唱の声が聞こえてくる。
その澄んだ声に背を押されるように、俺は二体のスケルトンへと向かう。
俺のダッシュによって、遠景だった二体のスケルトンが、ぐんぐんと近付く。
体力ばかりでなく、走るスピードも、元の世界にいた頃の比ではない。
そこらじゅうに張り巡らされた木の根で足場が悪いにも関わらず、自転車を全速で漕いでいるときのような速さで、森の景色が後ろに流れてゆく。
カタカタと動く二体のスケルトンが、窪んだ眼孔の中に赤い光を灯し、俺の方に向かってくる。
あいつらの注意は、完全に俺の方に向いたようだ。
間もなく接敵する。
俺が二体のスケルトンのうち、どちらに斬りかかろうかと迷った、そのとき。
「──ファイアボルト」
呪文詠唱を終えたミィルの、小さな呟きが聞こえてきた。
そして刹那、走っている俺のすぐ横を、ゴウッという音を立てて、熱さを伴った何かが通過していった。
それを、灼熱の炎の塊だったと俺が認識したときには、その炎塊はスケルトンのうちの一体に着弾していた。
俺はそれを見て、瞬時にもう一体のスケルトンを標的と定める。
炎塊の直撃を受けたスケルトンは、全身があっという間に炎上し、やがて燃えたまま地面に倒れた。
「──ダブルスラッシュ!」
俺は残ったスケルトンに、スキルを発動させた攻撃を叩き込む。
俺の剣による十字攻撃が、スケルトンの露出された骨群をバキバキと斬り砕く。
そして、腰付近の骨をバラバラにされたそのスケルトンも、ガラガラと崩れた。
「うらぁっ、アックスボンバー!」
少し離れた場所では、唸りを上げて振るわれたロナの大斧が一体のゾンビの胴を斜めにぶった切り、その上半身と下半身を別れさせていた。
そのゾンビは、地面に落ちた上半身、立っている下半身ともに、ぴくぴくと動いていたが、しばらくするとその両者がぱたりと動きを止め、下半身はずるりと膝が崩れて倒れた。
俺はそれらの出来事を確認すると、すぐさま地面を蹴り、ロナの支援へと向かう。
俺たちの一斉攻撃に対して、唯一残った一体のゾンビは、目の前にいるロナに向かって襲い掛かる。
幼女に襲い掛かる危ないおじさんよろしく、両手でロナに掴みかかってゆくゾンビ。
ロナはそれを回避できず、両肩を掴まれてしまう。
「くっ、離せっ──うあああああっ!」
そしてすぐさま、ゾンビはロナの首元に噛みついた。
ゾンビの存外に強靭な歯が、ロナの鎧を噛み砕き、少女の柔肌に食い込む。
「あっ、ぐっ……くそっ、ざっけんな! 離せっ!」
ロナは手から斧を放り捨てて、素手でゾンビの頭を殴りつける。
殴られたゾンビの頭部は、ロナの首元から引きはがされる。
さらにロナは、自分の両肩を掴んだゾンビの両手首を握り、それを力ずくで引きはがしてから、ゾンビの腹を蹴り飛ばした。
ゾンビはそれで押し飛ばされ、地面に倒れる。
そうして倒れたゾンビの胸に、救援に到着した俺が剣を突き立てる。
さらに、同じく駆け寄ってたティアラが、そのメイスの一撃でゾンビの肩を砕く。
しかし、ゾンビはそれらのダメージを気にしていないかのように、なおもぐぐぐっと立ち上がろうとしてくる。
──マジかこいつ、ゴキブリじゃあるまいし。
結局、一度放り捨てた斧を拾い直したロナが、その斧でゾンビの首を刎ね飛ばしたところで、ようやくそのゾンビは活動を停止した。
「──くそっ、やられた。痛ってぇなぁ」
噛みつかれたロナの首筋からは、さほど多量ではないが、血が流れている。
「ひ、ヒーリングは……」
「そこまでじゃねぇよ。いつも通り止血だけ頼む」
ティアラとロナがそんないつものやりとりをしていると、ミィルがのんびりと歩いてきて言う。
「……ゾンビの方、先に焼いた方が、良かった……かも?」
「どーだろうな。そしたらそしたで、社長が怪我してたかもしれねぇし。……ってかお前、ゾンビ一発で焼き切れるのか?」
「……わりと。たまに魔力が乗り切らないと、倒し切れないこともある」
「ってと、あたしのアックスボンバーと同じ感じか。それ一日に何回使えるんだ?」
「……私の最大MPが22で、消費MPが1だから、二十二回」
「ちっ、さすがだな。あたしのアックスボンバー、一日六回だぜ。毎回使ってたらすぐMP切れするし、外れることもあるし。かといってスキル乗せない攻撃じゃ、ゾンビ一撃で倒すのは全然無理だしなぁ」
そんなロナとミィルのやり取りを聞いていて思う。
何ていうか、すげぇゲームっぽい会話だな……と。
この世界の住人には、どうもステータスとかその辺の言葉が普通に認知されていて、日常的な会話の中にも、『HP』とか『STR』とかの用語が、ちらほら現れる。
で、これが元の世界で言うところの、体重が何kgであるとか、一日に350gの野菜を摂らなきゃとか、そういうのと同じノリで使われているのだ。
まあ、ステータスなんてものが計測できて、それが数値として可視化できるのであれば、そういう風にもなるだろうなぁという気は確かにするのだが。
──っと、そう言えば、これは聞いておかなければ。
「ところでロナ、大丈夫? ゾンビになったりしない?」
「……はあ? 何だそりゃ」
「いや、えっと……昔読んだ物語に、ゾンビに噛まれたら、噛まれた人もゾンビになっちゃうっていう話があって」
「へっ……? や、やだっ、やめてくれよ! ホントそういうのダメなんだよあたし!」
ありゃ、ロナってば涙目になってしまった。
あの怪我が平気で、ホラー話で泣いちゃうって、不思議だ……。
「……その発想は、斬新。……何ていう作品? ……私も、読んでみたい」
とか思っていたら、ミィルの方ががっぷり食いついて来た。
「あー、いや、何だったかな。タイトル忘れちゃった、あははは……」
「……生殺し。……でも、実際にそういうのはないから、安心して。……そんなトンデモなモンスターが、こんな低レベルのダンジョンにいるわけないし、いたらもっと大騒ぎになってる……」
そう言ってミィルは、ぽんぽんと俺の頭に優しく手を置いてくる。
……何でこう、みんなして俺のこと子ども扱いしてくるのか。
ていうかそれは、あっちで心細そうにびくびくしてる、ロナにやってやったほうがいいんじゃないかな。




