第15話
さて、そんなわけで首尾よくコストカットの段取りをつけた俺だったが。
ロナとの間にはもう一つ、問題が残っていた。
「えっへへー」
ロナが俺の腕に、ぎゅっと抱き付いている。
『初心者の洞窟』までの林道をしばらく歩いている間に、さっきまでお手々繋いでだった俺たちは、いつしかこんな状態になっていたわけで。
「……えっと、ロナ? これは何なのかな」
「まあまあ、気にすんなって。今日から一つ屋根の下で暮らす仲なんだし」
ロナはそんな風に言うのだが……うん、理屈がわからんぞ。
いや、気分的には嬉しいから、やっぱりロナがいいならいいかってところに落ち着いちゃうんだけど。
その後も、洞窟探索前にお弁当を広げたときには「社長、食べさせて。はい、あーん」とかやってくるし。
洞窟探索を終えた後には、「社長、あたしもう疲れたー。抱っこして」などと言ってくるし。
話を聞いてみて分かったのだが、ロナはどうやら、根はとんでもない甘えん坊らしい。
生まれたときから孤児だという話で、肉親の温かみのようなものに触れたことがなく、そういうものを俺に求めている……のかも。
これまでは、別の社長に雇われていたときもずっと猫を被っていたが、なんか俺と二人っきりで冒険していたら、いけそうな気がしたらしい。
というわけで、見た目は子ども、中見は大人だったはずのロナは、今や中見も子どもじゃねぇのこいつ?という状態になってしまっていた。
今は『初心者の洞窟』からの帰り道で、俺に抱っこでがっちりしがみついたまま、すぅすぅと寝息を立てて眠ってしまっている。
……にしても可愛いなぁと、すぐ近くにある寝顔を見て思う。
俺に幼女趣味は多分なかったはずなのに、何かこう、イケナイ気持ちになってしまいそうになる。
中身が幼女ではないと分かっているからだろうか。
その、俺の顔の間近にあるあどけない寝顔を見ていると、チューとかしちゃってもいいかなとか魔が差したりして、それをぶんぶんと首を振って振り捨てたりして。
あたりが薄暗くなりかかっている最中、ほかに人っ子一人見当たらない林道を、ロナを抱えて歩きながら思う。
頑張れ俺の自制心、と。
果たして俺の自制心は、頑張った。
そして街に辿り着く頃には、さすがにロナも起きて、そそくさと俺から離れて行った。
人前で引っ付くのは、やはり抵抗があるようだ。
少し安心。
で、街中を二人で歩いていたら、とある路地裏で、見付けてはいけないものを見付けてしまった。
それは、道端に倒れて干からびそうになっている、見覚えのあるプリーストだった。
「……何してんだお前?」
ロナがその辺に落ちていた木の枝を拾ってつんつんと突くと、その行き倒れプリースト──ティアラは、ピクッと動いた。
「あ……、ろ、ロナさん……アーヴィン社長……」
若干ミイラのようになっているティアラは、ふるふると震えながら、俺の方に手を伸ばしてくる。
「社長……私に仕事を、仕事をください……」
あー……。
さてはこいつ、俺が雇わなくなってから、どこの冒険者カンパニーからも雇ってもらえてないのか?
まあ、そりゃこいつ、へっぽこだからなぁ。
一度雇って人間性見たら、ほかに選択肢があるなら、避けようとするのが普通の社長かもしれない。
その辺、こいつの自業自得でもあるんだが……。
「うーん……」
俺は考え込んでしまう。
俺も社長業を、慈善事業でやっているわけじゃない。
ヒーリングポーションで回復を賄った方が、コストが安く済むなら、わざわざ高い賃金を支払ってまでティアラを雇う理由がない。
ヒーリングポーションの使用量は、だいたい一日に二、三本前後といったところ。
ということは現在、回復のために割いているコストは、一日あたり銀貨2~3枚ということになる。
対して、ティアラはまだ2レベルのままみたいだから、雇用コストは一日あたり銀貨7枚。
住み込み三食付きで、銀貨3枚安くしてもらったとしても、日当は銀貨4枚。
普通に考えたら、雇えないが……
うーん……。
本当はこれ、やりたくなかったんだけどなー。
ここで俺が雇ってやらないと、こいつこのまま干からびてこの世から蒸発してしまいそうだし、やむを得ないか。
「──ごめん、ティアラ。正直言って今、うちの会社には、通常の賃金相場を前提にすると、ティアラを雇えるだけの理由がないんだ。こっちから提示できる最大限の条件は、うちの社屋に住み込みで、三食付き、賃金は日当で銀貨2枚。レベルが上がっても、この金額は変えられない。……この条件でよければ雇えるけど、どう?」
「住み込み……三食付き……銀貨、2枚……?」
社屋の部屋とベッドは余分に開いているからいいとして、食費に関しては、ティアラの分が増えたら、一日あたり銀貨0.5枚が余分に嵩むと考えるべきだろう。
そう考えると、ヒーリングポーション二、三本と引き換えにして会社側が損をしない賃金は、銀貨2枚というあたりが上限になる。
「そんなのいいに決まってますぅううう! 是非、是非雇ってください社長ぉおおおっ!」
ティアラは思った通り、全力で食いついて来た。
これ、日当が銀貨1枚って言っても、食いついて来ただろうな……これがリアナさんが言っていた、労働市場における市場原理ってやつか。
でもできる限りは、本人の実力に見合った賃金に近い額を払ってあげたいので、必要以上に足元を見るのはやめておこう。