第13話
社長業を始めて五日目と六日目は、四日目と同じ戦術で攻めた。
すなわち、ロナ一人を雇って、ヒーリングポーションで回復を賄うやり方だ。
これにより、五日目は銀貨15枚、六日目は銀貨18枚の利益を得ることができた。
そして、日曜日に相当する七日目は、休みにする。
週休二日にしないのかって?
いやいや、そんなことよりも会社の利益を出すことに気持ちが前のめりになっていて、とてもじゃないが週二日も休みたいなんて思えない。
むしろ週七日毎日働いてやろうかと思っていたぐらいだったが、それはリアナさんに止められた。
ちなみに、この世界でも一週間は七日で構成されている。
で、各曜日にそれぞれこの世界独自の名称があったりもするのだが、もうめんどくさいので、月火水木金土日で考えることにする。
日曜日は休み。以上。
ともあれそうして、俺が異世界で社長業を始めてから、最初の一週間が過ぎ去ろうとしていた。
だけど俺には、一週間を終わりにする前に、やるべきことがある。
この一週間分の、総清算だ。
月曜日。
初日のこの日は、エフィルとティアラの二人を雇って、利益はまったくの0。
火曜日。
ロナとティアラの二人を雇って、利益は銀貨13枚。
水曜日。
ティアラのみを雇って、洞窟踏破できず、利益は銀貨2枚。
木曜日~土曜日。
ロナのみを雇って、利益はそれぞれ銀貨17枚、15枚、18枚。
というわけで、この一週間の利益は、合計で銀貨65枚だ。
俺はいつも通り、社長室の執務机の前のソファーに腰掛けている。
執務机の上には、この一週間で得た65枚の銀貨が、台紙代わりに敷かれた布の上にじゃらっと置かれている。
ちなみに、この世界の銀貨はかなり小さくて、見た目の大きさは日本の1円玉よりも小さいぐらいのものだ。
だから銀貨65枚といっても、大した量ではなく、パッと見では小銭にしか見えない。
でも、これで7~8万円分ほどもの価値があると考えると、あまり粗末には扱えない気がしてくる。
「じゃあリアナさん、あらためてほかの経費について、教えてほしい」
俺は執務机を挟んで向かい側に立つ、メイドのリアナさんに説明を求める。
なお、俺が偉そうにソファーにふんぞり返っていて、リアナさんが立っているという構図が、最初は落ち着かなくてしょうがなかったが、それもリアナさんから一週間も躾けられると、いい加減慣れてしまった。
「ただでさえ可愛……幼く見えるのですから、せめて社長らしくふんぞり返って、風格を身に付ける努力をしてくださいませ」とはリアナさんの談である。
「畏まりました、社長。では改めて、冒険者カンパニーにかかるその他の経費について、ご説明させていただきます」
リアナさんは俺に向かって一礼すると、懐から一枚の布を取り出して、執務机の上に置いた。
「経費として差し引かれる分の銀貨を、こちらの布の上に移しながら、ご説明いたします」
執務机の上には、銀貨が65枚置かれた布と、何も置かれていない布の二つの場が用意された。
俺は頷いて、先を促す。
リアナさんはそれを確認して、話を続ける。
「──冒険者カンパニーの経費には、大きく分けて、私たち社屋で生活する者の生活費と、役所に提出するリスク管理積立金との、二種類があると考えてください。まず生活費ですが──」
リアナさんは言葉を紡ぎながら、銀貨の一部を、何も置かれていない布のほうへと移してゆく。
「一つには、この社屋の維持費があります。まずこの社屋にかかる税金が、一年間で銀貨520枚分ですので、一年間を52週と考えますと、週あたりでは銀貨10枚の積み立てが必要になります」
最初に移されたのは、銀貨10枚。
リアナさんはその上で、さらに5枚の銀貨を移動する。
「また、社屋そのもの、あるいは社屋の家具類は時間が経てば老朽化しますし、何らかの事故で損壊することもあり得ます。これらの社屋及び家具の修繕費を、あらかじめリスクとして加味しておき、積み立てておきます。──先代はこれを、週あたり銀貨5枚積み立てておりましたので、同様にすべきかと思うのですが、よろしいですか?」
リアナさんからの問い。
リアナさんは考え方の説明はしてくれるが、あくまで社長は俺で、判断をするのは俺なのだ。
俺はそれに対して、そんなもの積み立てる必要はないと、突っぱねることもできる。
ただもちろん、実際にはそんなことはしないけど。
リスク管理のコストをわざと無視しておいて、事が起こってから騒ぐのは馬鹿のすることだろう。
俺はリアナさんに頷いて、さらに先の説明を求める。
リアナさんはそれを確認してから、次へと進める。
「以上が社屋の維持費です。残る生活費は、私と社長の分の日々の食事の材料費と、その他細々とした燃料費などですね。これはすべて包括して、一人分、一日あたり銀貨0.5枚が目安となります。現在この社屋で生活しているのは、私と社長の二人だけですので、週あたり銀貨7枚が必要額となります」
リアナさんが、さらに銀貨7枚を移動する。
これで、元の山に残っているのは、銀貨43枚。
一方、経費の山に移動された額が、銀貨22枚だ。
あっという間に三分の一が失われた──とは思うのだが、改めて考えてみれば、これは決して高い額ではない。
要はこれらは、俺とリアナさんの生活費だ。
もし社屋がなくて、外食と宿に頼った生活をしていれば、一人一日あたり銀貨3~4枚が必要になるのだから、一週間では銀貨50枚ほどが必要な計算になる。
これが銀貨22枚で済んでいるのだと考えれば、この額はむしろアドバンテージだ。
──あれ?
でも待てよ、そうすると、ひょっとしたら……。
……うん、この手は使えるかもしれないな。
あとでリアナさんに相談してみよう。
ともあれ今は、この一週間分の経費計算だ。
今後のことは、また後で考えよう。
俺はリアナさんに先に進めるよう促し、彼女はそれに応じる。
「さて、経費のもう一つ大きな項目は、役所へのリスク管理積立金の提出です。これは内容としては、蘇生費用積立金と、パーティ全滅時の緊急救出転移魔法の行使料金の積立金になります。両方合わせまして、週あたり銀貨20枚です」
リアナさんは利益の山から、さらに銀貨20枚を、経費の山に移動する。
これで利益の山が銀貨23枚、経費の山が銀貨42枚だ。
ちなみに、緊急救出転移魔法とは、パーティが全滅した時に、パーティ全員の遺体を神殿に瞬間転移する魔法のことだ。
平たく言って、パーティが全滅したら王様の前で復活して「ゆうしゃよ、しんでしまうとはなさけない!」と言われる例のアレみたいなものと俺は解釈している。
この魔法は冒険者カンパニー設立時に、そのカンパニーの社長に対して掛けられる魔法なのだが、これが蘇生魔法と同格の大魔法で、やはり行使には銀貨1,000枚が必要になる。
カンパニー設立時には、最低限の資本として銀貨3,000枚を用意しなければならないのだが、そこからまずは、この金額が差し引かれることになる。
で、この魔法、使い捨て魔法である。
条件を満たして発動してしまうと、再び銀貨1,000枚を支払って掛け直してもらわなければ、冒険者カンパニーとしての活動が許可されない。
その上で、死んだ冒険者や社長自身の蘇生代金も支払わなければならないのだから、パーティが全滅した時のカンパニーに掛かる被害額は、途方もないものとなる。
「──主な経費項目は以上です。というわけですので、こちらの残った利益額、銀貨23枚を、私と社長の給料、もしくはカンパニーの貯蓄──内部留保に、配分することになります。もっとも現在、カンパニーの内部留保は十分な額がございますから、ひとまずはこの銀貨23枚は、私と社長の給与として配分してしまって構わないでしょう」
リアナさんはそう言って、懐からもう一枚の布を取り出し、執務机の上に置く。
「私も週に一度は暇を戴いておりますので、日当が銀貨1枚の週6日分であれば、銀貨6枚という額を私の賃金としてお支払いただくこととなります。そして、残った銀貨17枚が、社長の給与として……」
そう流麗に説明をし、俺の手による配分を促そうとするリアナさんだったが、
「──ちょっ、ちょっと待った! まだリアナさんの日当を、銀貨1枚にするとは言ってないぞ!」
俺はそこでストップをかける。
確かに銀貨6枚が厳しいのは分かったが、だからと言って直ちに銀貨1枚というのはいただけない。
「……ですが、仮に私の日当を銀貨2枚にしてしまうと、週給では私が銀貨12枚、社長が銀貨11枚となり、私の給与が社長のそれよりも多くなってしまいます。さすがにそれは、いかがなものかと」
「それは──だって利益が少ないのは、俺の社長としての判断ミスがあったからだろ。判断したのが俺なら、給料面で責任を取るのも俺であるべきで……」
「ですがそれを言うなら、私も社長に、カンパニーの利益を下げるような助言や提案をいたしました。そういった意味では、私にも責任の一端はございます」
「いや、それはあくまで助言であって、決めたのは俺だし……」
とか何とか、すったもんだ言い合った挙句。
最終的にはリアナさんの日当は、銀貨1枚半、週で銀貨9枚というラインで一応の合意を得ることとなった。
そして俺の給料は、銀貨14枚。
日当に換算すると、銀貨2枚ちょっとだ。
この額っておそらく、俺が週6日、ティアラやロナみたいな雇われ冒険者として働いた場合の貯蓄額と、ほぼ一致するんだよな……。
日雇いの冒険者と違って、雇ってもらえなくて飢え死にするようなリスクはないんだけど、この額に社長としてリスクを負っているだけの価値があるかというと、ない気がする。
まあ何にせよ、一応の体裁は繕えたが、十分に満足できる結果ではないということだ。
来週以降、もっと利益が出るようにしないと……。
あっ、そうだそうだ。
「そういえばリアナさん、一つ相談があるんだけど。この社屋って、部屋もベッドも余ってるよね? あとはリアナさんの手間の問題だと思うんだけど……」
俺はリアナさんに、先ほど思いついたプランを話してゆく。
すると、話を聞いたリアナさんは、微笑みを浮かべて、
「──良案だと思います。私の仕事量に関しては、問題ありません。今は少し、手が余っているぐらいですので。あとは先方次第ですが──十分に通りうる交渉だと思いますよ」
と、賛同してくれた。
よし、リアナさんのお墨付きが貰えた案件なら、多分いけるぞ。
──さぁて、来週が楽しみだな。




