第12話
社長業を始めて四日目。
昨日の実績で、ティアラと二人で『初心者の洞窟』を踏破するのには無理があると分かった。
となれば今日は、ロナと二人で行けるかどうか試してみるまでだ。
「ヒーラーがいないってのはちとキツイけど、ヒーリングポーションは持って来てるんだよな?」
『初心者の洞窟』の入口でそう問いかけてくるチビッ子ウォリアーに、俺はこくんと頷く。
ヒーリングポーションは実は役所の冒険者窓口で売っていて、今日はそれを十本買って来ていた。
一本当たり銀貨1枚なので、十本で銀貨10枚のお買いものだ。
ちなみにだけど、ヒーリングポーションの主な材料の一つは『初心者の洞窟の水』なんだとか。
役所が銀貨10枚で買い取った水の量から、百本分ぐらいのヒーリングポーションが精製できるらしい。
なお、材料としてほかにも、別のダンジョンに生える薬草的なアイテムが必要だとのこと。
「オッケー。ヒーリングポーションまでしっかり用意してあんなら、あとは出たとこ勝負だな。──んじゃ、行くか」
ロナはにっと不敵な笑みを浮かべて、洞窟へ踏み込んでゆく。
俺は小走りでドワーフ少女の横に並び、彼女とともに洞窟の通路を進む。
「──てりゃあっ、アックスボンバー!」
斧を振りかぶるロナの小さな体が、いっぱいまでのけ反ってから、振り抜かれる。
岩をも両断すると思われる大斧の豪快な一撃が、彼女の目の前を飛ぶ殺人コウモリに襲い掛かるが──殺人コウモリはすんでのところで上空へと舞い、ロナの斧は轟音を立てて空振った。
「だあああっ、くそっ! だからこいつは嫌いなんだよ!」
悪態をつくロナ。
その幼女姿に飛び掛かってゆく殺人コウモリ。
「ぐっ……!」
殺人コウモリの強靭な牙が、ロナが着た鎧を貫き、そのドワーフ少女の肩肉の一部を食いちぎって離れてゆく。
「んにゃろぉっ!」
だがロナも、訓練を積んだ戦士だ。
次の大斧の一撃は巨大コウモリの胴体を見事に捉え、その肉を大きく断ち切りながら、地面へとたたき落とした。
地面へと落ちた巨大コウモリは瀕死の重傷で、どうにか再び飛び上がろうとしていたが、そこにロナの次の一撃が振り下ろされ、絶命した。
そして、それとほぼ同じタイミングで、俺も自分が受け持つ、もう一匹の殺人コウモリを倒していた。
……この結果だけ見ると、俺がロナと同等の攻撃力を持っているように見えるかもしれないが、これは四、五発に一発は空振りさせられる攻撃が、うまいことストレートで二発命中した結果であるに過ぎない。
「痛つつー……結構痛手負っちまったな……。社長の方は大丈夫か?」
肩に負った傷をちらちらと気にしながら、ロナが言ってくる。
彼女はこれまでに、ほかにもいくつかの怪我を負っているが、今のダメージが今日負ったものの中では最大級である。
「うん、まだ大丈夫。俺はさっき一本、ヒーリングポーション飲んでるし」
そう答える俺の方はというと、ロナほど多くの負傷をしているわけではない。
だがそれは、俺がすでに一度ヒーリングポーションのお世話になっているからだ。
ヒーリングポーションは、一本あたり銀貨1枚。
七本使ってしまったら、ティアラを雇っているのと同じになってしまう。
ヒーリングポーションを使用する数は、なるべく少ない方がコストカットになるが、かと言って渋りすぎて死んでしまっては最悪だ。
ちなみに今いるところは、ダンジョンの七分目ぐらいまで進んだあたりだ。
俺とロナの状態はというと、こんな感じ。
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アーヴィン HP:265/336 MP:5/11
ロナ HP:320/468 MP:6/12
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俺はヒーリングポーションで一度、HPを100点ほど回復した上で、現在のこの値である。
ロナ、あんなチビッ子なのに、タフだよなぁ……。
ティアラと二人で探索した時とは逆で、俺の方が防御面で足を引っ張ってしまっている。
かと言って、ロナ一人に任せればいいかというと、それをやるぐらいだったら二人で戦った方がまだ被害が少ない。
「……はぁっ。にしても、スキル発動させて攻撃外すと、ほんっとイライラする」
「うん、分かる」
ロナと俺はそんなことを話しながら、洞窟を先へと進んでゆく。
結局、ダンジョンを踏破するまでに、俺は追加でもう一本のヒーリングポーションを使うことになった。
対してロナは、最後までポーションを使わずに乗り切ってしまった。
経営視点では非常に助かるんだけど、一個の戦士としては、なんかこう微妙に傷付くモノがあるな……。
そしていつも通りに街へと帰って、清算タイムだ。
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●討伐証明
コボルト×13……銀貨6.5枚
ゴブリン×6……銀貨4.5枚
ジャイアントラット×4……銀貨3枚
殺人コウモリ×7……銀貨7枚
●トレジャー
『初心者の洞窟』の水……銀貨10枚
以上の合計額……銀貨31枚
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うん、順当な結果だな。
で、ここからロナの賃金として銀貨12枚と、使ったヒーリングポーション二本の銀貨2枚を、コストとして差っ引く。
そうすると、銀貨17枚というのが手元に残る金額となる。
銀貨17枚。
俺が社長業を始めてから今日までの間で、最大の利益である。
……まあ、この辺が限界だろうな。
使えるリソースをどう組み替えても、これ以上の成果を安定的に出すのは難しいだろう。