悪夢
「俺は、何処まで落ちてしまった。」
底の見えない闇の中。
一筋の光も見えはしない。
音すらも響いてこない。
ただひたすらに、水の中に沈むように、ただ、落ちていく。
最初は抗った。
しかし、それも諦めた。
パンッ‼︎
強烈な破裂音が辺りに鳴り響いた。
そして、黒しかなかった世界に紅い華が咲き乱れた。
色の正体はもちろんーー血だ。
しかし、男は気づいていなかった。
破裂し、血が出ているのは、その男の両脚であったことに。
キレイだ……
そして、、
底まで落ち切った瞬間。
男の胸が底から伸びる一本の槍に突き裂かれた。
辺りには、大輪の華が咲き乱れた。
◆
「あぁぁっ!」
その男ーー神崎飛燕は、ベットから跳ね起きた。
シャツはかなり汗で濡れている。
かなり、嫌な夢を見た。
それも、今回が1度目ではない。
もう、5回目だ。
初めてこの夢を見たのは、東京の大学に通う為に引っ越して来たときだ。
そのときは、ただ疲れが溜まっていただけだ、と割り切った。
その後、この夢を見ることは無くなった。
しかし、、
大学2年になった4月。
また、この夢を見た。
そのときも、1年間の疲れが一気に出てしまった、ということにして、気にしなかった。
しかし、その1週間後に3度目。更に1週間後に4度目にあった。
さすがに飛燕も怖くなり、1度病院へ行き、検査をしたが、特に異変は見つからなかった。それ以降、1度も見ていなかった。
「くそっ……」
飛燕は、そのまま立ち上がるとシャツを着替えた。
時計は、8時30分を指している。
「講義は、9時半からだったはずだから、間に合うな……」
外は4月らしい陽気に包まれていた。
◆
東帝大学
歴史のある大学で、数多くの著名人がここから出ている。研究などの勉学の面においても、地域との交流においても、かなり良い水準を持っている。
「ここに通い始めて2年目か……」
飛燕は、ここに通う、という条件で親に上京を許してもらえた。学力的にもギリギリだったが、なんとか合格し、無事上京することが出来た。
「よう、飛燕。」
いきなり後ろから声をかけられた。
まぁ、声で誰だか判断はつくのだが。
「お、奏多。久しぶり。」
来栖奏多
飛燕の昔からの友達。高校は違ったのだが、たまたま同じ大学に進学していた。
しかし、大学1年の夏から留学に行っていた為、久しぶりに会う。
「どうだった?アメリカ。」
「悪くない。だが、俺には向いてないよ。半ば強制的に先輩に連れて行かれただけだからね。」
奏多は、少し楽しそうに言った。
本当は楽しかったのだろう。
「それより、飛燕。1つ面白い話があるんだが。」
飛燕と奏多は歩きながら話した。
「面白い話って?」
「お前ってさ、神とか仏とかって信じてる?」
奏多は何を企むような顔で言った。
「いや、まぁ、信じてるわけじゃないけど……そんなの人それぞれじゃない?」
飛燕は普通に切り返した。
「じゃあさ、魔術とか魔法とかって信じてる?」
しつこいな、そう思った。
「さすがにないんじゃない?っていうか、早く話の本題に入れよ……」
そう言った瞬間、隣で歩いていた奏多の足が止まった。
「どうした、奏多?知り合いでもいたか……」
そう言って振り返ったとき、、
「どう?面白いだろ?」
奏多は地面から浮いていた。
驚きのあまり、言葉が出なかった。
見間違いじゃない、確かに浮いていた。
「何で浮いて……?」
それより怖いのは周りの反応だ。こんなアニメみたいなことが日常で起きたら大騒ぎになってしまう。
しかし、、
周りは全く見えてないように、いつも通りのままだ。
「他の人には見えてないよ。というか、見えないよ。」
奏多は少し自慢気に言った。
明らかに常軌を逸脱していた。
なぜなら彼は、重力に逆らっているのだから。
「君にしか見えないように僕が仕組んだ。だから、他の人には見えていない。」
「お前、アメリカで何やってきた?」
飛燕は問いかけた。
「ただの語学留学だよ。普通に向こうで暮らしてた。それだけだよ。」
どこからどう見ても、ただの語学留学じゃないことは確かだ。
俺の知ってる奏多はこんなやつじゃない。
「お前、こんなことやって何がしたいんだよ!詩織ちゃんは今のお前を見て、どう思うんだよ!」
「詩織は関係ない!」
冷静だった奏多は急激にその冷静さを失った。
来栖詩織
奏多の唯一の肉親。
小さい頃に両親共、事故で亡くして以来、祖父母の家で暮らしていた。
兄妹のだけの時間が長かったためか、とても仲が良かった。
しかし、その詩織自身も、去年、事故によって亡くなってしまった。
それも、奏多がアメリカに出発する前日に。
「今日はただお前に挨拶に来ただけだ。僕はすぐにまた、アメリカに戻る。そして、君の前に2度と現れることはないだろう。今生の別れだ。今まで楽しかったよ、じゃあな。」
そう言うと、奏多は指を鳴らした。
その瞬間、奏多の体が消えた。
「何なんだよ……」
飛燕は小さく呟いた。
久しぶりに会えた旧友との再会を喜ぼうと思った矢先に、今生の別れを告げられてしまった。
「嫌な夢見たり、旧友に別れを告げられたり……不幸過ぎるだろ、今日……」
そう言って、大学の校舎の方へ歩き出そうとした。
しかし、、
歩き出せなかった。
正確に言うと、動くことが出来なかった。
まるで、何かに全方向から押されているような感じだ。
「なん…だ…これ……」
ヤバイ
直感的にそう思った。
その瞬間、意識を失い、その場に倒れこんでしまった。
暖かくなり始めたはずの春風が、とても冷たく感じた。