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不可思議なトランペット

作者: cc4966

 ──それはひとつのこころのこり

 カッコッカッコッ。

 メトロノームがリズムを刻む。

 右。左。右。左。

 揺れる針を目で追う。

 眠くなってきた。

 ここは放課後の音楽室。

 今日は曇りの上、電灯もついていないので室内は薄暗かった。

 音楽室は旧校舎にあり、他には誰もいない。最近使われなくなったばかりの旧校舎なので、まだ使える机や椅子やその他のものが置いてある。

 けれど来年には取り壊すそうだ。もっともその頃には俺はこの学校からは卒業済みの予定だ。

 電灯をつけていないのは電気がもう通っていないからなのである。

 カッコッカッコッ。

 ピアノの上のメトロノームは律儀に動いている。

 眠気を押し退け立ち上がり音源を絶った。

 急に静まりかえる音楽室。

 人が誰もいない校舎。なんとなく寂れた感じが心地いい。

 さて、今日はもう帰ろう。特に関係はないがメトロノームも発見したことだし。それにこのままだと夜中まで寝てしまいそうだ。さすがにそれはまずい。

 音楽室を出る前に一度中を見回す。積み重ねられた机と椅子。汚れた蛍光灯が目に入る。

 重い防音扉を開けて廊下に出る。

 廊下は校舎の東側にあるので夕陽の差し込む音楽室よりさらに暗かった。いや、よく考えるとそれ以前に夕陽は出ていないのだった。

 真っ暗な階段を降りて一階の割れたガラス窓から外に出た。この窓を見つけなければ俺がここに来ることもなかったわけだ。

 そうして俺は帰路に着く。


 †††††


 次の日、俺はまた音楽室へ来た。

 高校三年にもなって何をやってるんだか。

 日常がとてもつまらない。

 だけど、ここは日常ではない気がしたのだ。だから来たのかもしれない。

 束の間の日常乖離を求めて。

 音楽室へと入った。そのまま隣の準備室に移動して家捜しじみたことをしていると中からトランペットを発掘した。

 かなり埃で汚れていたので制服の裾で口の部分を拭った。

 制服が予想以上に汚れたが、まあいい。

 俺はトランペットを吹いてみた。


 すー。


 なんとも哀しげな空気の抜ける音がした。もう一度吹くがまるで小馬鹿にするかのように空気は抜け続ける。

 嗚呼、これはなんとも腹立たしい。

 俺はトランペットを片手に音楽室へと戻った。

 しかし本当、何度やっても鳴らない。

 少し休憩することにした。頭への酸素供給量が足りなくなっているのか、頭痛の前兆がある。

 ピアノでも弾くかな──と、ピアノを見ると昨日載せておいたはずのメトロノームが消えている。

 意味もなく心臓が跳ね上がる。

「あれ? メトロノームどこいった?」

 なんとなく声に出してみる。

 しかしそれは虚しくも、穴だらけの防音板に吸い込まれていった。

 誰もいないのにどうしてものが消える?

 いや、そうか。

 ただ──他にもここに来てる人がいる。それだけのことだろう。前提を間違えているとこういう勘違いをしてしまう。

 ここに誰か来ているのだと分かると、なんとなく会ってみたいなと思った。

 どうせつまらない日常。それくらいの偶然に出会ってみたい──そう思った。


 カチッカチッカチッカチッ。


 規則的な音が聞こえた。

 メトロノーム?

 音の発信源を探すと積まれた机の下の陰に、女の子が一人──いた。

 手には丸い玉が二つを紐で繋げた物体を持っている。その玉をぶつけて音を出してるらしい。

「……何してるの?」

 ここに来る人に会いたいとは思ったがこうもすぐに会えるとは予想外だ。本当に。拍子抜けもいいところである。さすがに机の下というのにはドキリとさせられたが。

「代わりにこれあげる」

「これ?」

 まあなんだ、『これ』というのは彼女が手に持ってる不思議物体だろう。それより『代わり』って?

「アメリカンクラッカーっていうの」

 え? クラッカー? 食べ物?

「えっと、そのカチカチ玉のこと?」

 女の子は頷いた。そして陰から頭をぶつけながら出てきて俺の手にそれを載せる。ここの制服を着ているが──まぁ、こんなところにいるくらいだから下級生だろう。

 それよりも──

 特に欲しいとは思わないのですが……。

 アメリカンクラッカーというそれは中心に輪がついていて、そこを持つらしい。その輪から延びた二本の紐の先には球体がついている。

 そして輪を持ってカチカチと球体をぶつけて音を……出す意味はなんだろう? 果てしなく無意味な気がするのだが。

「どうしてこれを僕に?」

『僕』。違和感最大値だ。背筋に寒気が走ったよ、おい。

「メトロノームの代わりに。あれ私が昨日持って帰っちゃった」

 ああ──はいはい。やっと理解した……か? そもそもなんでこんなもん持ち歩いてるんだ? あ、メトロノームとかと併せて睡眠誘発用か? ……そういうことにしておく。

 とりあえずもらっておこう。

「いつからここにいたの?」

「最初から」

 あ、ということはあれか? 俺が一生懸命すーすーやってるのもバッチリ見てたってことか?

 なんという悲劇──もとい喜劇。

 はぁ……。

「どうしたのかな?」

「いや。自分をおかれた状況を神始点から見てしまった」

 女の子が笑った。

「それ貸して」

 俺の足下のトランペットを指差す。

「これ酸欠になるよ」

 そう言いながら渡した。

 渡すと、女の子はそれを口に付け──吹いた。

 突抜るような音がそれまで静かだった音楽室を満たす。

「なんで吹けるのさ……」

 正直すごい負けた気がする。

 女の子がこんなの簡単とばかりに笑った。

「ちょっと俺にもう一回やらせて」

『僕』という単語は使用可能回数一回だったようだ。

 トランペットを再び手にして、思い切り吹いた。細切れに音がする。

「鳴ったね」

 うん。鳴ったけど。これって鳴ったうちに入るのか?

 気付けば音楽室はかなり暗くなっていた。

「もう帰ろうかな」

 呟いた。

「帰っちゃうの?」

「あぁ。だってもう暗いよ?」

 今日も空は曇天。

 はやく帰らないと……いや。特に何もないんだけどね? 勉強なら授業中寝ながら聞いてるわけだし、模試ではA判定取れてるし。

「一緒に帰る?」

「ううん。じゃあね!」

 一応誘ってはみたが女の子はそのまま音楽室から走って出ていった。

 俺も帰るか。それにしても──


 なんだったんだ?


 疑問を抱きながら割れた窓を抜けて校舎を出た。


 †††††


 更に次の日、俺はまた音楽室へと足を運んだ。

 今日は久々に晴れている。雲ひとつない、とまでは行かないが、雲量は2か3だろう。

 中に入ると昨日の女の子が既にいた。

 ピアノを弾いている。

 何の曲かはわからなかった。

「今日もいたんだな」

 弾き終わったところに声をかけた。

「今日も来たんだね」

 似たような言葉を返された。

「あれは持って来てないの?」

「あれって?」

「アメリカンクラッカー」

 あれね。家の机の上だ。

「名残惜しいの?」

「ううん。残念だけど違う」

 残念? なぜ残念なんだろう。名残惜しいといいことでもあるのだろうか。

「トランペット吹こうか」

 女の子の手にはどこから出したのか、くすんだ金色の金属の塊が握られていた。音が鳴らないトランペットはただの金属の塊だ。

「すぐに音出るようになるよ」

 読心術か?


 †††††


 しばらく練習すると確かに音は出るようになった。

「うまくなったじゃん」

 女の子は楽しそうだ。

「ほら。夕日が綺麗だよ」

 脈絡を無視した言葉だったが、女の子の言葉通り窓からは綺麗な西日が眩しく入ってきている。女の子は窓際に移動すると窓を開け夕日を眺め始めた。

 俺はそれを椅子に座ったまま見ている。

 ふと女の子の足を見ると、足に黒い斑点が見えた気がした。

 見直した時にはそれは消えていたが。

「もうすぐ太陽が沈むね」

「そうだな」

「そしたらお別れだね」

「太陽とか?」

 不思議なことを言う。

「君とだよ」

「帰るのか? それなら一緒に帰るか?」

「ふふ。違うよ」

 太陽が山にかかった。

「私が消えるの。見えなくなるだけだけど」

「どういうことだ?」

 女の子の足にはまた斑点が見えている。

 俺は唐突にそれが足の向こうに透けて見える壁だと気付いた。防音板の穴──それが透けて見えていた。

 目が疲れているのか? 眼球を瞼の上からマッサージしてもう一度見たが、目に映る映像は変わっていない。

「私はね、幽霊みたいなもの」

 幽霊。ユウレイ。なんだそれは?

「それで今日が幽霊でいられる最後の日になるの」

 ナンダソレハ?

「だからお別れ」

 太陽が半分山に隠れた。

 この子が幽霊? なんだその非日常は。非日常?

 俺は確かに日常から逃げてここに来た。けれどここで起きたことが日常ではないなんて──そんなこと許さない。

「嘘だ」

 否定した。

「違うよ」

 否定を否定された。それは事象の肯定。

 女の子が目の前に立った。女の子の真後ろの太陽が眩しい。重なった太陽が眩しい。

 女の子の手が俺のトランペットを持つ手に重なった。文字通り、カサナッタ。触れ合うことなく──。

 そういえば彼女に触ったことは一度もない。

「このトランペットもあげる。大切にするんだよ!」

 太陽が沈もうとしている。

「じゃあね!」

 そう言ってだんだんと輪郭が薄くなり、そして見えなくなった。

 太陽が沈んで音楽室は急に薄暗くなる。

「じゃあね」

 俺はそう呟いた。別れの挨拶。遅すぎた言葉。

 彼女が最後に聞いたのは俺の否定の言葉だ。

 真っ暗になった道をトランペットを手に家へと帰った。

題は「トランペット」「アメリカンクラッカー」「足の向こうに透けてみる壁」という三つで書きました。知り合いから集めたんですが、もう最後のとか嫌がらせとしか思えませんね。

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