ディーゴ
現在主流になっているHSAの原動力は2つある。
一つは、魔油液といわれる液体状の化石燃料を燃料とするディーゼル機関である。これは、略称として"D系"と呼ばれている。"D系"のHSAは現在もっとも主流となっている。このHSAは燃料を燃やし、エンジンを駆動させるものである。そして、その過程で発生した"魔素"によってAlloyを動かすことが出来る。使用するのが化石燃料ということもあり燃料が軽く、沢山積むことが出来る。またD系が使用することが出来るEoMは火を用いたモノになる。
二つ目が最新技術を用いた、通称"E系"――電気を用いた電魔駆動のHSAである。バッテリーと言われる貯電設備を用いることによって燃料を用いるD系よりも軽量化に成功している。電気は、発見された当初"魔素"が発生すること無いエネルギーであった。その為、近年までHSAの原動力として利用することが出来ない、とされていた。だが、魔油液等の"魔素"を含むエネルギーによって発電された電気には"魔素"が含まれていることが分かった。この電気を魔雷と呼ぶ。
また、EoMがHSAの動力に依存するので、E系のEoMは電気となる。
魔雷を原動力とするE系HSAはD系に比べて優れている点がいくつかある。それはD系に比べ、ラグが少ないことである。最もHSAの性能に差が出来るのが動力部分である。D系HSAが加速を行うにはエンジンに魔油液を送り込み燃料を燃やすことによって加速を行う。それ対してE系は魔雷をモーターに流すのみで速度を生み出すことが出来る。この過程が性能の差を生みす。この僅かな差が勝敗に左右するほど2RBの世界は過酷であった。
「S系だと……!!」
アドウが目を開く。
D系HSAが生まれる前にもHSAは存在した。それは2RBと呼ばれる競技の黎明期でもあった。ライナーも、RBという言葉もまだ無く、HSA乗りと呼ばれる物たちが自分の飛走技術を競い合っていた。
そんな時代に存在したHSAが"S系"である。
S系HSAはアドウ達が若者と呼ばれた時代には既に姿を消しつつあった。現在S系HSAを見ることはまず無いだろう。
主なS系HSAの原動力は、魔炭石と呼ばれる固形状の化石燃料と水を使う蒸気機関である。蒸気機関はボイラーで魔炭石を燃やし蒸気を発生させ、それをシリンダーと呼ばれる筒に導き、蒸気の圧力でピストンと呼ばれる棒を動かし車輪を動かす機構である。D系と比べても加速までの手順も多く、最高速度も出ない。現環境でS系とはデメリットばかりしかないHSAであった。
長年、HSAに関わり続けてきたアドウが驚くのも頷ける。
「じゃあ、何か。あのボウズは札束叩いてガラクタ買って来たってことか」
アドウは両目の目頭を右手で摘む。
そう諦めにも近い声を出した。
元々立ち聞きするつもりは無かった。
ただどうして自分の祖父がクリュウにあれほど頑なに力を貸す気が無いのか気になった、本当はそれだけであった。
だから、アドウとハタの話を聞いたとき、どうしても聞く耳を立ててしまった。
『じゃあ、何か。あのボウズは札束叩いてガラクタ買って来たってことか』
ドア越しにその言葉を聞いてしまったとき、足が勝手に動いた。
クリュウはまだハンガーにいた。
ご飯を食べ、体力も気力も回復したクリュウは、まず構造が分からない動力部を後回しにし、Alloyから手をつけ始めていた。
装甲部分の腐食から比べると中の状態は思った以上に非常に良かった。
クリュウは一つずつ装甲を剥がして行く。錆びているのでなかなか外れない部分もある。
奮闘することようやくご飯を食べる前から着手していた右足の足首部分をすべて剥がし終える。
思ったより、いや思った以上に中の腐食は少ない。
「下手をすれば、今すぐにでも動きそうだ」
そんな言葉が出るほど、表側と内側の落差が大きかった。
ともあれやはり問題があるとすれば動力部分であろう。こればかりは何か分からないので手をつけることは出来ない。
「おい! ボウズ!!」
ハンガーのドアが開きアドウが大声を上げる。
「親方、どうしたんですか」
「ここに、サリナ来なかったか?」
クリュウは見てない、と首を振る。
「工房にもいないみてぇだ」
ハタが大急ぎでやってくる。
「……ったく、どこ行きやがったんだ」
聞けば、サリナは夜中に家を飛び出していったらしい。
「大方、ワシらの話を聞いていたんでしょう」
ハタはそう言う。
「あのHSA嫌いの癖に……なにをする気なんで……」
「親方。ワシが外見てくるから、このボウズに説明してやってくださいな。その方が嬢ちゃんが行った場所も分かるかもしれん」
クリュウは夜道を走る。
目的地はタヌキの所であった。
親方から話は聞いた。あのS系に属するHSAについてもだ。
サリナは恐らくその話を聞いてタヌキの所に向かったのだろうと思った。
札束を渡そうとしたときに飛び掛ってきた……そんな彼女の姿がふと浮かんだのだ。
ここ数日サリナと一緒にいて分かったことがある。
サリナは、正義感の強い娘であった。
(今頃、きっと……)
タヌキを探しに行ったに違いない。
それも嫌いだという、クリュウの為に。
だが、相手はあの神出鬼没のタヌキである。容易に見つかるとは思わない。
とりあえず、クリュウは住宅区を抜け先日中古市のあった所まで行こうと思っている。
あと少しで着くというところで、口論……というよりも一方的に捲し上げる少女の声が聞こえた。
行ってみるとそこに、サリナと……タヌキがいた。
サリナはいかにも噛み付きそうな勢い、いや既に一発は叩いているようであった。
「はいはい、そこまで」
クリュウはサリナの手を引っ張る。
「……ちょ、新入り!?」
「いいから、帰るよ。親方もハタさんも心配してる」
「何言ってるのよ。アンタ、コイツから金取り返さないと!」
サリナはタヌキを睨み付けると、タヌキは「ヒィ!」と怯み声を出した。
「お前、相変わらずビビリなのは変わってないのな」
タヌキは子どもの頃から何かといえば怖がる奴だった。そこを補う為かいつしか、口と悪知恵ばかり働くようになっていった。
「……っせえな。言っとくが金なら返さねえぞ」
「なんですって!!」
タヌキは再び体を震わせる。
さすが、アドウの孫というだけあって、覇気は祖父譲りといっても過言ではない。
「いいんだよ。サリナちゃん」
「どこがいいのよ。あの……あのお金は、クリュウ……アンタが夢を叶えるために稼いだお金じゃないの!? それをコイツが騙し取ったのよ!」
サリナの言い分は最もだった。だが、クリュウは少しも騙されたことを怒ってはいなかった。
なぜなら、クリュウは夢を諦めてはいないのだから。
「騙し取られてなんかいないさ。だってオレはあのHSAでライナーになるから」
この言葉にはサリナだけでなく、タヌキまで唖然とする。
「無理よ!! おじいちゃん達が言ってたもの、アレはガラクタだって!!」
サリナにはアドウ達の言う専門用語は分からなかったが、あのHSAが50年以上も前のモノで、それでいてあの外見を想像するにとても走りようが無いものだと、それだけは理解することが出来た。
「無理じゃないさ。オレはあれからアイツ……オレは《ディーゴ》って呼ぶことにしたんだけど。あっ、これはね《ディーゴ》に張ってあった型番に"D5I4q5"って合ったから、頭をとって《ディーゴ》って言うんだけど。えっと、なんの話だっけ……そうそう。《ディーゴ》の装甲を剥がして見たんだけど、これが思った以上に状態が良くてさ」
クリュウはニコニコしていう。その顔には一切の迷いは見られなかった。
「つまり何が言いたいのよ」
クリュウの言葉からはいまいち要領を得られなかった。
「そうそうオレが言いたいのは、《ディーゴ》を走らせるのは無理じゃないんだよ」
そうクリュウは言うが、サリナにはそう楽観視することは出来なかった。たとえ走ったとしても、半世紀以上も前のHSAが今のHSAに勝てるとは思えない。
信じることが出来ないというサリナの顔を見てクリュウは言う。
「だったら、見ててよ。オレはあのHSAで走る……だけじゃなくて必ず勝ってみせる。だから、サリナもHSAを好きに……」
そこまで言ってクリュウは一度口を止めた。
「いや、嫌いじゃなくなって欲しいな」
なにか物事を嫌いになるには理由がある。"好き"じゃないものは、"嫌い"というのは極端である。もし本当に嫌いならば興味なんて一切持たないのじゃないか。もしサリナがHSAを嫌いな理由があるとすれば、嫌いになった出来事があるのではないか。
と、クリュウはそう思ってその言葉を投げかけた、"自分が走るから、HSAを嫌いじゃなくなるきっかけになって欲しい"、と。
それはまるで愛の告白のような言葉だった。実際クリュウはその台詞が余りにもキザでサリナの顔を正面から見られなくて、顔を背けているし。サリナも年齢の近しい男性から真剣に諭されたことも無かったので顔を赤くしている。
端から見ていれば男女の愛の語らいそのものに見えたかもしれない。
その、背後から近寄る2人の老人さえいなければ。
「ほう、言うじゃねえか。クリュウ」
アドウがクリュウの背中を叩く。
「……痛っつ~~」
クリュウはアドウを涙交じりで見上げる。文句の一つでも出そうになったその時、
「まぁそれぐらい甘んじて受けろや」
ハタが小声でそう言う。
「口では言わんがな……お前さんに協力してくれるってよ」
「ハタさんよう、聞こえてるぞ」
「おお、スマンスマン。で……まずはさしあたっては……」
アドウとハタは手をパキパキと鳴らす。
「……おい、ちょ……」
その余りにも豪胆な二人の視線を感じて、タヌキは後ずさった。
「ねぇ親方。HSAを金儲けの道具にして……しかもウチの新入りを騙すなんて許せませんわなぁ」
「そうだな。当人はなんとも思ってないようだが、HSAに関わるものとしては断じて許せん……」
そう一歩ずつ距離をつめて行く。
タヌキは猛獣に迫られた獲物のようにただ震えていることしか出来なかった。
《ディーゴ》の修理は順調であった。動力部を除けば後は装甲を磨くだけとも言える。
肝心の動力部も本日からようやく手がつけられるという所である。これはアドウが古いS型の資料を提供してくれたおかげもあった。それだけではなく、ある人物からだいぶ朽ちてはいるが《ディーゴ》自身の設計図を手に入れられたことも大きい、この二つをあわせるだけで《ディーゴ》の修理にかかる日数は格段に上がるだろう。
更にその人物はここ数日クリュウの手伝いまでしてくれる。
「おーい、ペンチ」
クリュウは《ディーゴ》のコックピットをこじ開けようと躍起になってた。
コックピット部の装甲も例外なく錆ついているので剥がすには、一つずつナットを壊していくしかない。
「……ほれ」
タヌキは面白くなさそうに、工具箱から言われたとおりのものを持ってくる。
あれからタヌキは強制的に工房まで連れてこられ、クリュウの変わりに工房の雑用をこなし、それだけでなくこうして《ディーゴ》を直す手伝いもしてくれている。
その理由を問うならば、あちこちに巻いている包帯を見れば容易に察することが出来るだろう。
「おっし」
ペンチでコックピット部のドアの外枠のナットを外し終わる。ドアを開けずに外枠にくっついていた装甲部分だけ剥がすことでコックピットの中がようやく露になる。
「こりゃ、結構酷いな」
コックピットは思いのほか荒れていた。いや、製造年数を考えるとまだマシかも知れない。《ディーゴ》の設計図から察するに、《ディーゴ》は製造されてから50年以上も経っている。
Alloyは新しいパーツでも少し加工すれば《ディーゴ》に取り付けることが出来た。だがS系独自ともいえる、コックピット、動力部――そして、明らかに目に着く車輪部と動力を伝える為のピストン等は直すのには、もしアドウ達の力を借りても容易では無いかも知れない。
クリュウは懐中電灯をつける。
基本構造は他のHSAとも余り変わらない。
操舵石があり、加速減速を行う為のフットペダルがある。
だが、このコックピットは、他のHSAに比べて大きかった。これはS系の特徴の一つであった。木で出来ていた床が朽ちて吹き抜けになっているが、本来ここには床があって下にはもう一つ席があった。
S系が空を走っていた次代、OSは存在していなかった。その為、複雑な動力を生む手順を持つS系HSAのライナーは最低二人必要であったのだ。
下の席には大きな釜があり、ここに常に魔炭石をくべてやる必要がある。
クリュウはコックピットの下に降りて釜を開ける。どうやらここは錆び付いていないようだ。動力を生み出すともいえる釜が無事なのは幸いであった。ここが使い物にならなければ新しく作るか、尽力して直すしかなかった。
釜の戸はクリュウの大きさ1,7メーヤぐらいのものであれば屈めば除くことが出来た。
釜の中を……壁を明かりで照らす。
「なんか、おかしい……」
違和感を覚える。
(なんでだ、こんなに状態も良くて綺麗なのに)
釜の中を見た感じ、ここは《ディーゴ》のどの場所よりも綺麗だった。《ディーゴ》の部品の中でも常に火を炊く場所であるが故に丈夫に出来ているのか、そう考える。
「あ!」
一つ閃くものがあった。
そう、引っかかりを覚えたのはそこが余りにも綺麗過ぎるからであった。
この釜にはいくら50年経つからといって燃え滓どころか煤一つ付いていないのだ。
「まさか、コイツ走ったこと無いのか……」
何故かは分からないが走ることなくただ放棄されたHSA。それを思うとクリュウは感傷深くなる。
その時グラリとHSAが揺れた。
『すまん!クレーンをぶつけちまった!!』
外からタヌキの謝る声が聞こえた。どうやら、パーツを吊るす為のクレーンの一部が《ディーゴ》に接触してしまったようだ。
「うん?」
揺れたことと関係があるのであろうか、釜の一部であると思っていた丸い物体が先ほどの位置からずれていた。
クリュウは体半分を釜の中に入れてその物体に手を伸ばす。
「意外と……重い……」
それは30ミューム……人の子一人ぐらいの重さがあった。大きさも直径1メーヤ程。楕円上のカプセルに見えた。
「なんだってこんなもんが釜の中に」
クリュウは釜から楕円状の物体を引きずり出す。
「おーい。これ下ろすから手伝ってくれ」
クリュウはタヌキに声をかける。タヌキは嫌そうな顔をしていたが程なくしてクレーンがこちらにやってきた
。それに楕円状の物体なので大きな布袋に入れる。その時カプセルに描かれた文字のようなモノが目に付く。
「ガ…ラ…………メーメ?」
これが何を指すのかは分からない。このパーツの名称なのかも知れない。
クリュウはクレーンにカプセルを吊るしたまま先に下に降りる。
「下ろしてくれ! 今度はぶつけるなよ」
クレーンが少しずつ下降を始める。このクレーン手で鎖を引っ張ることで操作するので加減が難しい。
グンと一気に下に落ちる。
「おい!!」
床まで落ちることは無かった。少し下降したところで止まる。
「スマン、スマン」
タヌキはまったく悪ぶらずに謝る。
だがカプセルは、急に降り、そして止まったことでゆらゆらと揺れていた。そして、軽く《ディーゴ》の外装にぶつかった。
しばらくして、ゆっくりとクレーンは下まで降りきる。
クリュウは布袋を外し、無事を確認する。
「少し、割れてるる……」
ぶつけたことでカプセルには亀裂が入り、中から水のようなものが零れていた。
これは、新しく代用品を作らなくてはいけないかもしれない、クリュウがそう思った。
その時、
「ギャーーー!! 人の指だぁ!!!」
何を見たのかタヌキが一目散に逃げ出した。
割れ目から指が出ており、これにはさすがのクリュウも驚き立ち上がった。その瞬間手がカプセルに付いてた何か突起のようなものに手がふれた。
その拍子に割れ目からヒビが入りカプセルから大量の水が流れ出した。穴は大きくなり、流れ出た水は蒸発を始める。
最後にカプセルの蓋のような物体が転げ落ち……。
蒸発によって発生した煙が消え始めると、
その中から小さい女の子が出てきた。
「はじめまして。ごしゅじんさま」
まるで小鳥が囀るように……亜麻色の長髪を濡らしながら、文字通り生まれたままの姿そのままで、彼女はニコリと微笑んだ。
金曜に続けて投稿です。
どうしても主人公の機体に触れたくて……でも書くの……辛かった……。
やっぱり1週間に2話はきついです