錆色の壊身
「きたきた」
HSA中古市でタヌキに会ってから3日後。タヌキに手配された配達業者が、輸送用の2機のHSAが貨車にブルーシートの掛かった荷物を運んでいる。
「あそこのトタンの建物に入れてくれ」
クリュウは、配達員に指示を出す。
指示を出したそこはアドウ工房の旧ハンガーである。元々廃材置き場となっていた一角をクリュウはアドウから借り受けた。もちろん無条件ではない。賃貸料は少しであるが給料から天引きされるし、工房の面子は誰一人として力を貸してはくれない、という条件の下であった。
だがクリュウは、燃えていた。元々、HSAに関することは中退したアカデミーで習っていたし、わずか半年ではあるがこの工房で働き、修理に携わっていた。
ハンガーに2機のHSAに持ち抱えられるよう、ブルーシートで覆われたクリュウのHSAが運ばれていく。
「よし、やってやる」
運びこまれるHSAを見てクリュウは覚悟を決める。人生初の自分だけのHSA。これで心が躍らない訳が無い。
しかし、ここから始まる苦難にこの時のクリュウはまだ気がついていなかった。
「お母さん! 新入りのご飯は?」
「そこにあるわよ」
工房の一角には併設するようにアドウとその家族が住む家がある。
サリナは母親に言われたご飯をトレーに乗せる。
「あら、珍しいわね。サリナがクーちゃんにご飯を持っていくなんて」
サリナの母であり、アドウの義娘でありながらサリナと並んでも姉妹にしか見えないルリは、クリュウのことを「クーちゃん」と呼でいた。
「別に……、ただアイツこっちにも戻ってこないからさ。もし餓死なんかしてたら、こっちが困るじゃん」
「プッ」
母は含み笑いをする。
「何よ!!」
「別に~。ただ、サリナが珍しくクーちゃんに優しいなぁって」
「もう、そんなんじゃないんだてば」
HSAの中古市の一件以来皆が、サリナとクリュウはこのようにからかわれていた。ハタにいたっては、鬼の形相でクリュウを問い埋めていたほどであった。
当の本人クリュウにいたっては、HSAが到着して以来、仕事と自分のHSAの修理に追われ、下宿しているこの家には一切帰ってこない。そういう日々がもう5日も続いていた。
ただ、そういう彼を見ているとただの子どものような人物ではなかったことを思い知らされた。HSAに向かっては一直線、よく言えば真摯であった。浮かべる表情はサリナがいつも見ていたような、子どものようなものだけでなく、とても真剣で言葉をかけることが躊躇われる。そんな様子も多々見受けられた。
(少しは応援……って訳じゃなくて、協力してあげてもいいかな)
サリナは少しそう思うようになっていた。
「新入り!! ほら、ご飯ぐらい食べなさいよ」
サリナが旧ハンガーにやってきてクリュウを呼び止める。
「うーん、ああ」
クリュウはいまいち気乗りのしない返事をする。
「ちょっと、新入り?」
「うお、サリナちゃん!?」
「なによ……」
サリナは膨れる。
「いや、いると思わなくて……あーびっくりした」
「わざわざ、晩御飯持ってきたのに、その言い草は何よ!!」
「いや、ごめんごめん」
クリュウは平謝りをする。
「そんなにHSAの方が大事なの?」
「うーん、なんていうか早くコイツを動かしてやりたくてさぁ」
クリュウは熱く語る。
「はいはい、HSA馬鹿はもういいって。ほら、洗い物片付かないから食べちゃいなさいよ」
クリュウは急かされて食事に手をつける。
その間にサリナは、クリュウのHSAを見ているようである。
「ちょっと、新入り……これ本当に動くの?」
クリュウは自分のHSAに目をやる。
ハンガーに置かれているHSAは、確かにみすぼらしい。
HSAと呼ばれる人造機人はその名の通り、人の形をしている。と、いうよりもHSAは人の形をしていなければ動かすことは出来ないとすら言われている。
「HSAってさ……」
クリュウは食事の手を止める。
「……実をいうと、直すのは恐ろしく簡単なんだ」
「え、そうなの?」
サリナは意外そうな顔をする。
「HSAを動かす為の技術って言うのはもう一世紀近く変わっていないんだよ」
「そんなの嘘よ」
HSAの技術は日々進歩している。そして常に現れる目新しい新技術が2RBのファン達を魅了する。それがHSAの魅力と言われている。
「普通そう思うだろ? だから、オレもこのことを知ったときは驚いたんだ」
クリュウは爛々として語る。
それに対してサリナは面白くなさそうであった。
「もったいぶらないで早く言いなさいよ」
「ごめんごめん。
HSAが、2つの力で動いているって事は知ってる? 」
これは、HSAに関わる人間でしか、知らない知識かもしれない。実際、サリナも疑問を浮かべた顔をしている。
2RBのルールにHSAにあらかじめ搭載する動力源は一つでなくてはいけないと定義されている。これが誤解を招く一つの要因となっている。
「それじゃあ、サリナちゃんはHSAを2つに分けるとしたらどことどこで分ける?」
「そうね……人の形をしている部分と車輪かな」
サリナのいうその回答は正解であった。
「そうその通り。そしてね、普通の人はAlloy部分……って人の形をしているところが重要だと思うだろ? でも、そうじゃないんだよ。一番重要なのは、車輪を動かす為の動力なんだよ」
「どうして? 走っているのはそのAlloyの部分でしょ」
HSAは確かに、空を滑走する。だが走っているのはAlloy――人造機人なのは変わらない。ローラースケートに乗っている人間とスケートどちらが走るのに重要かと問われれば、もちろん人間だろう。
「でも、そこが違うんだよ。HSAには、魔油液と呼ばれる一般的なディーゼル機関と最近登場した魔雷駆動の電気機関があるだろ。この2つが違う点はどのエネルギーで車輪を動かしてるかってだけなんだ」
「つまり、Alloy部分の構造は一緒ってこと?」
「そうそう。で、どうして動力と車輪を動かすことが重要かって言うと、HSAのAlloy部は実は車輪を動かすために作り出した時に生まれる、"魔素"という力によって動いてるんだ。
これで分かったでしょ。つまりHSAは、エネルギーによって動力を生み出さないと"魔素"が生まれなくて、Alloyが動かないんだ」
そうクリュウは、子どもが母親に新しいことを発見したことを語るように嬉々として言う。
「それなら、このオンボロ直すのも簡単なんじゃないの?」
「そう! そこなんだよ」
クリュウは突然大声を上げる。サリナが驚きビクっと体を震わせた。
「問題はそこなんだよ。何で動いてたのかまるで分からないんだよ」
頭を抱える、クリュウ。HSAを見上げると、コレがただのHSAで無いことがよく分かる。通常、2RBのHSAは軽量化に勤めている。これは、軽いほうが減速、加速が容易になるからである。2RBは戦況が移り変わる競技であるので、身が軽い方がメリットは多い。
それに比べてこのHSAはそこが違う。例えば"ディフェンダー"と呼ばれるクラスのHSAは、相手の攻撃を被弾することがある為、"ファイター"、"ソーサラー"に比べれば装甲が厚い。このHSAはその"ディフェンダー"が鎧を着ているかというほど装甲が厚かった。
それだけでなく、更に特異点とも言える部分がある。HSAの胸から腹の部分にかけて、動力部分――ここには全ての機体に動力が積んである。このHSAとて例外ではない。だが、その円筒状の動力部が明らかに飛び出ているのであった。
この様なHSAをクリュウは見たことが無く、そのことで3日もの間、手を焼いていたのであった。
「あ! ちょっと新入り!! まだご飯食べてないの!?」
「ごめんごめん。今食べるから」
サリナに怒られ、クリュウは再び食事に戻る。
一通り食べ終わると、お茶を飲み、湯飲みをトレーの上に置いた。
「それにしても、サリナちゃんってさ」
「何よ」
食べ終わって一息ついた、クリュウは今気がついたことをサリナに投げかける。
「サリナちゃんって、自分で言うほどHSAが嫌い……っていうより、好きじゃなくないでしょ」
サリナはその一言で目を大きく開かせた。
「はっ!? なんでそんなこというのよ」
「だって、嫌いだったらこんな話聞いてくれないだろ? ほら嫌いじゃないじゃん」
クリュウにとってみれば、HSAも2RBも嫌いになる要素はまったく無い。だから、このように好きなことを前提に考えてしまう。
「な、何を馬鹿なこと言って……るのよ。私は嫌いよっ!! HSAも……ライナーも……大っっ嫌い!!」
サリナは、食事を運んできたトレーを持つとまるで逃げ出すように立ち去ってしまう。
バタンと思いっきり、ハンガーのドアを閉じられてしまう。それはサリナの心情を表しているようであった。
それから、僅かに時間を置いて、
「ありゃりゃ、クリュウ……おめぇとんでもねぇ地雷踏んだなぁ」
サリナと入れ替わるようにハタがやってくる。
「ハタさん? 」
「クリュウよう。おめぇは餓鬼だから……なんつーんだったか……そうデリバリーが足りねえんだよ」
「……ハタさん……それを言うならデリカシーだろ」
そういうと問答無用でゲンコツが飛んでくる。
ハタもアドウより少し若いぐらいなのに、その力はその年を思わせないぐらい強く脳天に強く響いた。
「ったくよう」
ハタはポケットから紙巻タバコを取り出すと火を付けた。
「なんでも、嬢ちゃんが最近おめぇと仲いいから、心配になって覗きに来たら……結局、嬢ちゃんは嬢ちゃんのままだったな」
ハタは紫煙を吐き出し、なんともいえないような、いまいち感情が分からない顔をする。
「それにしても、どうやって嬢ちゃんと話出来るようになりやがったんだおめぇは!!」
そういいハタはタバコを地面に投げ捨てると、クリュウの首に腕を絡めて絞める。
「な、なんもして……て、ちょと、ギブ、ギブ」
「HSAなんか買ってきやがっ、て…………」
絞まっていた腕が急に緩む。
「クリュウ、おめぇ……コイツが何なのか分かってるのか?」
「っ!!」
その言葉をクリュウは聞き逃すことが出来なかった。
「ハタさん!! 何か知ってんの!? 」
「いや……まぁな」
動力が分からなくて頭を抱えていたクリュウはその言葉に飛びつきそうになった。
「ああぁ!! でも、親方から工房の人に手助け貰うなって言われてるんだよなぁ……」
クリュウは再び頭を抱えた。
ハタは無言でクリュウと、そしてこの錆色の壊身を眺めた。
「親方ぁ。入っていいかい?」
工房に隣接するように建つアドウ宅。ハタはクリュウのハンガーを尋ねた後、アドウに会う為に夜も遅いがアドウの部屋を訪れた。
「入んなぁ」
肯定の言葉を受け、ハタは扉を開ける。
そこでアドウは一人で晩酌をしていた。
「ハタさん、久しぶりだなぁ。まぁ、ここに掛けなよ」
ハタが椅子に腰掛けると、アドウは机に置いてあったもう一つのグラスをハタに寄越す。
「悪いね。これ親方の取って置きだろ? 」
ハタは瓶を傾けて、質の良い紫色の液体を自分のグラスに注ぐ。そして、グラスが空きかけていた親方の方にも注ぐ。
2人は、チンとグラスをぶつけ合うとグラスに口をつけた。
「いやぁ、年寄りになると小便も酒の切れも悪くなっていけねぇ」
「はっは、違いない」
机上にある酒の瓶の隣にはいくつかの書類が置いてあった。
「親方、これは?」
ハタが書類を手に取る。
それは、2RBの日程表であった。それも実力者が出るようなAランクやBランクの試合ではなく、Cランクのものであった。
ライナー達にはそれぞれ格付けされており、それはS、A、B、Cと分けられていた。Cランクとは、ライナーが始めに格付けされ、いわゆる出発点となるランクであった。そして、Cランクではもっとも多く2RBが開催されている。だがそれでありながら、実際ライナーの出発点となる2RB自体は少ないのが実情だった。
「今は、学校出て……そのまま学校が主催の試合にでてデビューするライナーが多いからなぁ」
ではそれ以外の2RBがどうなっているかというと、2RBの主催者自体がお気に入りのライナー達を集めたり、莫大な出走料が必要であったり、知名度が必要であったりした。新規のライナーには、とても門が狭いのである。
「年を取るとと、これがいけねぇ」
アドウは嘆く。
「実力のある若モンを見るとすぐに応援しちまいたくなる。自分で"手伝うな"、といっておきながら情けねぇ」
アドウはグラスの中の酒を一気に煽った。
(親方……きっと、それだけじゃねぇよ)
その理由についてはハタもいまだに口にする気になれず、結局重く口を閉ざす。
だがそれとは別にハタはアドウに申し送らなければいけない、言葉があった。
「それは、そうと親方。アンタ、クリュウのHSAは見たかい?」
「いや、見てねぇよ」
きっと、そうだろうとハタは思っていた。
「それなら、親方自身が助言してやったほうがいい」
そのほうがクリュウも納得するだろう、ハタはそう考えていた。クリュウは変にHSAに頑ななところがある。恐らくハタが言っても言うことを聞かないだろう。
「いや、絶対に行かねぇ。アイツは実力がある分、今のうちに苦労しとくべきだ」
酒の入ったアドウは何時も以上に頑固であった。だがそれ以上にアドウには予感があった。クリュウはライナーとして2RBをした以上必ず何かをしでかす奴だと。実際、アイザとのテスト飛走を取ってみてもそうだった。実際にアドウは気がついていた、あの2RBでクリュウが何をする気だったかを。
「……親方。一つ言っておくが、あのHSAは走れない。そして絶対に勝てない」
ハタはそう断言する。
「馬鹿な。アイツなら4流、5流のHSAに乗ろうが勝てるだろう」
クリュウは荒削りだが、Sランクのアイザ、Aランクのギトレーといった名だたるライナー達が持つような実力を秘めている。一度その道に飛び込んだなら才覚を表すだろう、そうアドウは思っていた。
それに対して、ハタはまったく逆の考えを持っていた。今、クリュウにあのHSAを諦めさせないと、その才覚を潰すことになりかねないと。
「なら言うがな、アイツが買ってきたHSAは……どこで手に入れたのか知らんがな、とんでもないものだったぜ」
今度はハタが酒を一気に煽る。
「一目見てすぐ分かった。あのオンボロは、"S系"だ。まったく、どこで騙されて買ったんだか……」
その言葉を聞いて、アドウはあまりの驚きの余り言葉がでなかった。
とうとうクリュウ専用機の登場です。
だが、その機体には様々な問題が……この後の展開にご期待ください。
ご意見感想を募集しています。
友人から1、2話の特に戦闘シーンが分かりにくいという意見をいただいたのでこれに対する修正も考えています。これが単に修正するのかそれとも新話で補うのかはまだ決まっていませんので決まり次第ご報告します。