敵達の決戦前夜
うって変わって、此方は同所にある≪オーツク≫勢のハンガー。
クロバ工業飛走競技部門第二課が贋≪オーツク≫のメンテナンスをしている。
パイロットのヴァインはこの場にはいない。
本来メンテナンスとはパイロットの注文に合わせて行われるものだが、この陣営に言ってみればそういった配慮はまったく無い。
技術長のM.Dという者の指示通り黙々と作業が続けられる。そこには≪ディーゴ≫のハンガーのような賑わいは微塵もない。そこにプロセスを楽しむ者は誰一人としていない。
「まったく、この私がこんな所まで出張って来る羽目になるとはな」
トチは飛走都市の支店の会議室で悪態を付く。
飛走都市まで出張してきたのはWCCで既にギドレーの優勝が確定したからである。ギドレー以外の参加者も全てクロバ工業の手の内の者で染まった。後の試合展開はシナリオ通りに適当に観客を満足させてやればいい。
となれば気がかりなのは相対するSCのみ。こちらに至ってはシナリオを演じさせるほどの役者を用意出来なかった。
結果、トチですらWCCよりSCを重視してしまっているのだが、当人はそれには気がついていない。
辛うじて用意したのもとんだ大根だとトチは考えている。考えているだけならばいいのだがそれが態度にまで現れて来るものだから、柄の悪そうな賞金稼ぎを前にトチの部下も気が気でない。
ここに集まったのはトチとその部下、ヴァインとM.Dの四名であった。
「はん、お偉い方は、温室チャンプの教育で忙しいと思ってたのに、こんな所までご苦労なこった」
「貴様には勝ってもらわんと困るからな」
トチはどこまでも高圧的だ。
「お前に応援されても、負けることはあっても勝つことは無さそうだな」
脂ぎったオヤジに応援されてやる気が出る者などそうはいないだろう。
「なんだと、まさかあのオンボロに勝てないというのか」
「そうじゃねぇんだが……はぁ」
ヴァインはため息を溢す。
「いいか、オレは勝てと言われたら絶対に勝つ。だがなアレに乗るのは俺だ。試合に迄は口出しはさせねえ!!」
ヴァインはトチの襟首を掴み上げる。
そう言うとヴァインは荒々しく退室する。
「フン、だからならず者は嫌いなんだ」
トチは鼻息を上げ、乱れたネクタイを投げ捨てる。
「フッヒヒ、つまりこれが人間の限界ですな」
「だからと言って負けてもらっては困るのだ!!」
ドンと机を叩くと部下が体を震わせた。
「まぁまぁ、安心して欲しいですな。あのHSAに勝つことは現行のHSAにはありえない」
M.Dはトチに贋≪オーツク≫の仕様書を渡す。
「こ、こんなことができるのか!?」
M.Dは頷く。
「魔素によるHSA動作のエミュレートEoM……」
魔力というエネルギーが火力、電力等の上位に位置しているのは誰もが周知している。だがM.Dの考えたEoMはHSA設計の根本から違っていた。
HSAは火力といった必要なエネルギーを生み出す過程で発生する。EoMとは、いわば副産物として利用しているとされている。
しかし、M.Dの考えたHSAは違った。偽に積まれているのはエンジンではなく魔素を効率良く発生させる為のいわば発魔炉が置かれているだけで、動作は全てプログラミングされたEoMによるエミュレートで動作させているというモノだった。攻撃も防御も車輪を回すことさえたった一つのEoMで行われているのだという。
どうしてそんなことが出来るのかトチには1%も理解できないが、重要なのは出来るという一点に尽きた。
「そしてこれが我の考えうるもっとも強い"武器"ですな」
偽に搭載された武器。仕様書に目を通してトチはニヤリとした。
「私はオカルト技術は好きではないが、どうやら貴様と私の目指すところは一緒のようだな」
気味が悪い笑顔が二つ浮かんだ。
「感情、倫理観、驕りをもつ人間というモノはどうしても兵器になり得ないですな」
ヴァインは一人空を仰ぐ。
SC――自分以外、誰もが様々な目的はあるものの皆HSAに対して一直線なライナーばかりであった。
「できれば、実力でこの大会に出たかったぜ」
呟いてみて思わず苦笑する。
まだ自分にHSA乗りの名残があったのか、と思う。
「ならず者はらしく、不良を演じるしかねぇ」
願わくは、あの黒機が死力を尽くしてくれることを願って。
決戦前夜シリーズようやく終了です。
次回からはようやく決勝戦開始になります。
早くお届けできるように頑張ります。
今年の投稿はこれで終わりになりますが、来年も呉璽立児と「空闘飛走スカイライナー」をよろしくお願いいたします。