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女達の決戦前夜

楽しそうに≪ディーゴ≫の周りで働く者達をサリナは遠巻きに眺める。

サリナは床に正座をし、メーメの枕役をしていた。

男達が声を張り上げる。その姿は、まるで皆が子どもに戻ったように幼稚に見え、真っ直ぐに見え……そして、眩しく見えた。

夢に向かって一筋に飛走するクリュウ。サリナは彼になくしてしまった何かを思い出させる。

「嫌い……HSAなんて……ライナーなんて……」

自分に言い聞かせるようにサリナは呟く。

それでもHSAを見ると嫌でも思い出してしまう。自分とHSAに向ける屈託の無い笑顔。子どものように微笑み。

――サリナは、HSA(ハイサ)が好きか?

――うん!!

――僕もHSA(ハイサ)が好きだ。だから、2RBで飛走れなくなっても、HSA(ハイサ)に関わっていたいんだ。……おっと、サリナには難しかったか?

彼……サリナの父はそう寂しそうに笑む。その光景を今でも忘れない。

オークスの名字が連想させるのは、工房だけではない。ほんの十年前、今のアイザのようにライナーの頂点にたった男がそれを名乗っていた。

彼はHSA(ハイサ)の前で常に真っ直ぐだった。だから父が事故で足を失いライナーとして2RBに立てなくなったとき、本当に落ち込んでいたとサリナは思う。だが、彼は立ち直りHSA(ハイサ)と関わっていくこと――テストライナーとして新たなHSA(ハイサ)を産み出して行くと。

そしてサリナは後悔する。自分が父にHSAに関わるよう背中を押してしまった……。

(お父さんは事故で……)

とある新型HSA(ハイサ)の起動試験で空中分解、行方不明になった。


「まったく、何なのですか」


 ため息交じりの声がサリナに届く。

「ハア!? アイザ・ヨーなんでアンタがここにいるのよ」

 サリナが振り向くとそこには当たり前のようにアイザが立っていた。ここはクリュウのハンガーで、大会決勝前に何故主催者がいるのだろう、一出場者を一方的に応援していいのか、と当然サリナは思う。

「なんの為にこのあた…くしがこの大会を開催したと思ってるのよ。クリュウと戦う為よ。そのクリュウがせっかく決勝まで残ったってのに、貴女は辛気臭い顔して……彼が可哀想よ」

 肩を竦めるアイザにサリナは怒る。

「あ、アンタには関係ないじゃない!?」

「あら、関係無くなんてないわよ。だって、あたくし彼のこと好きだもの」

 アイザの爆弾発言にサリナは目が点になる。

(す、好きって……)

 自分より年下の少女が恥じらいもなく堂々と宣言する様子に、

(やっぱ貴族の子は大人なの!?)

だとか、

(だ、駄目。あの馬鹿に女の子養える甲斐性なんてある訳ない!!)

という想像がサリナの頭を過ぎる。

「ここにクリュウを置いておけないんだっていうのなら、あたくしが貰うわ」

 アイザが真剣な顔つきで言う。

 サリナも大声でそれを拒否したかった。

 でも、

(な、なんで私がアイツにそこまでしなきゃいけないのよ!!)

と、心の中でブレーキが掛かる。

「なんだってアイツにそこまでするのよ……」

 興味がなさそうにツンと言うのが限界であった。

「だって、やってみたいじゃないチーム戦!! あたし……あたくしって一人だから、ベベ別に群れたいって訳じゃないのよ!! 」

 アイザは澄ました顔をする。

 そう、この少女もまた……、

HSA(ハイサ)馬鹿!!」

だった。

 思わず拍子抜けして、その言葉が飛び出る。

「い、言ったわね」

「思わせぶりなことばっかり言ったアンタが悪い」

 アイザがむくれてるのに対して、サリナはさっきの一言で清々したというおもむきである。

(なんで安心してるのよ、私)

 棘が刺さったように一つの思いだけが心に残った。



「おー、派手にやっとるのう」

 アイザとサリナが一触即発の対峙をしていると、大御所が現れる。

「お、おタネさん!?」

 飛走都市でしかも工業区に住んでいる子どもなら苦手でないものはいないとまで言う。通称お化け家屋敷の主、年齢不詳の魔法使い、三賢者が源の賢者、等と呼び方は様々である。

 その権力の及ぶ先は老若男女問わず、まさかあのアドウですら頭が上がらない。

 背格好は子どものように小さいが見た目に騙されてはいけない……その深く被った黒魔道士のようなフードからは紅く光る瞳がギロギロと覗いている。

「なんじゃなんじゃ、その不景気な声は……せっかくわらわが来てやったと言うのに」

 タネは不満そうな声を出す。

「ふ、不満なんてないですよ」

「ちょ、ちょっとあたしの時は不満タラタラだったじゃない!! 何よ、その態度」

「アンタは黙って!」

 サリナはアイザに小声で話す。

「……アンタ、アレ誰だか知らないの? ウチのじぃちゃんですら頭上がらないのよ」

「嘘! あのアドウが!?」

 アイザは驚きを隠せない。不意にフードから覗く目と合ってしまい、慌てて逸らす。

「……な、何者よ。あの気迫只者じゃないわ」

「わ、私だって良くは知らない。なんでも、宝石とか燃料の店をやってるとか」

「小娘二人で何を耳打ちしとるんじゃ。失敬じゃのう」

 サリナ、アイザの背中にゾクゾクっとした悪寒が走る。

 百戦錬磨の天才ライナーも妖怪を前にしては、蛇に睨まれた蛙であった。

「妖怪じゃと!?」

「ヒッ! ど、どうしよう考え読まれたぁ!!」

「ば、馬鹿! さっきみたいに毅然として」

 最近では魔法使いと言われるその風貌に似付かわしい化け狸の使い魔まで手に入れたともっぱらの噂である。

 アイザは妖気にやられ「オホホホ」と壊れた玩具のように笑い続ける。

「で、おタネさん、どうしたんですか? こんな所に」

「なんでも小童どもが大層頑張ってるらしいんでな……ほれ、なんじゃ……餞別を持ってきたんじゃ」

 そういってタネは恥ずかしそうに(フードを被っているのがサリナにはそう感じた)ハンガーの入り口にいる何かに声をかける。

「これ、何をサボっておるだらしないのお」

 ヒーヒー息を切らしながら化け狸……ではなくタヌキがリアカーを引いて来た。

 どんとそれを置くと一目散に何か、気になるものを見つけたのか男達の方へ駆けていった。そして直ぐにボコボコにされて簀巻にされる。

「馬鹿」

「馬鹿ね」

「阿呆じゃ」

 タヌキに対する評価なんてそんなものだった。

 三人が呆れ声を出した後、キューっと可愛い音が聞こえた。

「こんな香しい匂いをさせておいて、このメーメいつまでも寝ていられないの」

 サリナの膝からメーメがムクリと起き上がる。

「ちょっと、メーメ?」

 寝起きで足元がおぼつかないメーメをサリナが追いかける。

「のう?」

「な、何かしら」

 タネに呼びかけられてアイザは体を震るわせる。

「あの娘が何者か、小娘は知っておるか?」

「どうしてあたくしが"小娘"であっちは"娘"なのかしら……」

「いちいち細かいのじゃ。いいから答えんか!」

「お生憎様、あたくしもご存知ありませんわ」

 アイザはようやくなれたのか、凛と答える。

「ふん、やはり小娘は小娘じゃのう。知らないことを貴族的にしれっというなんて……嘆かわしい」

「な!?」

 アイザの中でタネが天敵と認識された瞬間であった。



「いただきまーす」

 メーメがリアカーに詰まれた一石をかじる。

「ちょっと、何を食べてるの!?」

「おいしいのよ~」

 掛けられているシートをサリナが退ける。

 そこには煌びやかな魔炭石が詰まれている。もちろん人間ではなくHSA(ハイサ)が食べるものだ。

「食べちゃ駄目じゃない!!」

「いやーーもっとたべるのお!!」

 クリュウを見守る、女達の決戦前夜は緊張感もなく騒々しく続く。

 

 


まだ、続きます

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