男達の決戦前夜
「アンちゃん……」
「な、なんだよ」
スタジアム内のハンガーに戻ってきたクリュウに浴びせられたのは無機質な視線であった。
勝って帰ってきたのにこの反応は?、いやそうじゃなくて2RBとは別な事で問題でも発生したのか、と勘繰ってしまう。
とたんに周囲の空気が弾けた。
「すげぇ、すげえよ」
「次は決勝じゃねぇか!!」
「俺の、いや俺達のHSAがこんな大舞台に立てるなんて……」
涙を零す者すら存在する。
「明日は絶対に勝てよ」
「当然!! だって楽しいからな」
「アンちゃんは、あれに乗ってからは毎日楽しそうだよな」
「当たり前じゃんか、楽しくなきゃこんなことやら無いよ。 おじさん達だってそうだろう?」
町技師達は毒が抜かれたような顔でお互いを見る。
「……クク、確かにそうだ。オラも成りたての頃はどんな下積みだって楽しかった。いつから、利益だ名誉だ、なんてことに囚われてしまったんだろうなぁ……」
純粋にHSAを2RBを楽しむクリュウを見ていると、自分達も修理が……HSAに関わることが楽しくなってくる。周囲がそういった空気に包まれる。望んでこの業界に付いた者、そうでもない者、色々な者がいる。だが、クリュウを中心に生まれた熱気は皆を巻き込む。
だから、そこにまったく逆の考えを持つ、油に対して水のような存在が現れたのならば、
「オイ!! クリュウ、何でオマエ勝っちまうんだよお!! せっかくの金がパァじゃねえか」
突然入ってきてそんな口火を切ればどうなるかは一目瞭然である。
「「「あああん!!?」」」
この道数十年HSAのみに人生を賭けた中小企業の強面達が猟師のような目つきで獲物を睨む。
猟師の集団に囲まれた獲物が逃げられるはずも無く、たこ殴りにされて簀巻となってハンガーの隅に転がされた。
「次の試合当然と言っちゃあ当然だが、あの野郎が相手になったな」
アドウの隣にはウエマーがいる。
「ヒヒ、あのHSA……君はどう思う?」
ヴァインが駆る《オーツク》の飛走が二人の頭に過ぎる。
「不気味だな」
「ヒヒ、君もやっぱりそう思うのかい?」
《オーツク》と呼ばれる機体は切り捨てられるべきステータスを切り捨てずに、あまりにも高すぎる機体の性能を示している。
「とても旧式とは思えん」
どのステータスも均等に高い《オーツク》は、見た目は旧式でも機体性能は最新式のHSAをも凌駕する飛走を見せた。
「……実は面白い観測結果が出てるんだ、ヒヒッ」
ウエマーは背中に背負っていた赤い皮製のリュックを下ろす。
「その恥ずかしい機械か」
スタジアムの観客席にいるときウエマーはこの赤い鞄を背負い、ケーブルで繋がったアンテナのような物を《オーツク》へと向けていた。
「ヒィ、酷いじゃないか! この機械は機能性とヴィジュアルを優先してるのにヒヒヒ」
「お前が背負っていなければな!!」
ウエマーが背負う改造鞄は俗に言う、女児童が初等学校に入学する際に買うランドセルと言われる物であった。
「メー子ならまだしろ、お前が背負うと不気味でならん。隣にいた俺の身にもなってみろってんだ……」
白衣を着た老人といわれるカテゴリーに片足突っ込んだ男が、赤いランドセルを背負って、得体の知れない機器を空に向けてる様は筆舌に尽くしがたい。
「凡人にはこの美性は分からないのだよ、凡人にはヒヒ」
「……観測結果っていうのは?」
馬鹿となんとかは紙一重という言葉をアドウは思い出す<が、今はあえて無視した>。
「そうそう、実はね……あの《オーツク》というHSA実は……一回しかEoMを使っていないようなんだよヒヒヒ、これは一体どういうことだろうね」
このウエマーの観測結果は、クリュウを呼んで再び報告されることになる。
「奴は、一回しかEoMを使ってないって!?」
当然そのことにクリュウも驚きを隠せない。
クリュウは、《オーツク》の超スッペクをEoMで補った結果だと考えていた。
「いや、その推測は間違っていないとは思うぜ」
「親方?」
アドウの推測を交えながら言う。
「例えば、HSAのスッペク割り振りを、走り以外に裂いてる……とかな」
つまり、アドウの予想は、《オーツク》の性能に自走機能が付いていないという物だった。
「根拠は、《オーツク》の試合が短期決着しているとこかい? ヒヒ」
「ああ。お前の話によるとアイツがEoMを使ったのはスタート直後なんだろう?」
「とても正気とは思えない機体構想だね、ヒヒ。良く堅実なアドウが考え付いたものだ」
「そいつぁ、どうも。ってか、褒め言葉かそいつぁ? フン、どっかの誰かの仕業でこんな考え方を思いついちまったんだよ」
まぁ、まぁ、とクリュウがアドウを宥める。
「誰の所為だ、誰の!?」
もちろん、クリュウ達の仕業であるのだが、
「だとしたら、長期戦に勝機があるってことだよな?」
クリュウは怒りの矛を収めようとする。
「……確かにな、奴に長距離を飛走る素質はないかもしれん」
「ヒヒ、それにしてもアドウの考えを決め付けるのは早計じゃないかい? アレは最初以外にもEoMのようなものを使ってるしね、ヒヒ」
「……テメェの機械が壊れてるんじゃねえか?」
「ヒィーー!!。それは僕に対しての宣戦布告かい? ヒヒヒヒヒヒ」
結局、三賢者の二角を持ってしても《オーツク》の謎は解けない。
言い合いに疲れたのか、アドウは肩で息をする。
「それにしても、ただの腕がいいだけの賞金稼ぎが良く分からない技術を積んでるかも知れねぇなんて、きな臭せぇな」
WCCに喧嘩を売るように開催されたSCだけに、《オーツク》の背後に見え隠れするとある大企業の影をアドウは感じた。
「そういや、タヌキは……?」
ふと、スマキにされたタヌキのことをクリュウは思い出す。
ハンガーの端のほうのグルグル巻きにされたものを見てみると、そこには簀巻にされた変わり身がぽつんと置かれていた。
「チッ。あの野郎、逃げ足だけは速ぇな」
「まぁ、タヌキだけに化けて逃げたんだろう」
そう結論付けた。
男達の決勝前夜は、こうして過ぎていく。
続きます、今日もう一回出来たらいいなあ