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余韻

『お、! オーーーバーーーラァァァァァン!!』

 MCの勝利宣言。

 静寂に包まれていた会場が、

「「「うおおおおおお!!!」」」

 一瞬で沸き立つ。

 誰も見たことの無い、飛走が認知された瞬間であった。

『手元にある資料によると、オーバーランが達成されたのは36年も昔だ。すごい……すごいぞ《ディーゴ》! 』

 MCが声を上げる度に巻き起こる歓声。

 2RBが始まる前までは一度も起こらなかった声援が一変、スタジアムに戻ってきた《ディーゴ》に浴びせられるのは熱狂的な歓迎の声だけである。

 クリュウは名だたるライナーの仲間入りを果たしたのであった。



 コックピット内はものすごい熱気で茹だっている。

 火室とう言う機関で火を轟々と起こす≪ディーゴ≫はコックピットを含む腹部が加熱する。

 クリュウは汗まみれ、

 メーメはススまみれ、

 ≪ディーゴ≫から降りた二人は小汚いくなっていた。

 それでも沸き起こる歓声は、感じることが出来る。

 明らかに旧式の│HSA≪ハイサ≫で勝利を勝ち取る……それもただの勝利ではない、オーバーランという特殊勝利条件を用いて、クリュウの目論見は見事成功した。

「これがごしゅじんさまの目指していた勝利なの?」

 メーメの知る勝ちとは、敵機を撃墜することだった。対するHSA(ハイサ)を破壊すること、じぶんに記憶(インプット)されているのとはまったく違ったもの。

「そうだ、これが"勝ち"だ」

 過去も今も偉業を達成した勇者には民の歓声が与えられる。

 メーメは呆然としながら、この声を受け入れる。

 《ディーゴ》から遅れて、《テンウィン》がスタジアムへと帰ってくる。

 《テンウィン》のコックピットが開き正に"やられた"と言わんばかりの顔で降りてくる。

「この野郎!! テメーに賭けていたのに!!」

 そんな野次が歓声に混じって飛び出す。本命とも言えるワミに投票していた者は大勢いたはずだ。

「やられたよ」

 野次を気にせずワミはクリュウに声を掛ける。

「いい勝負だったぜ」

 クリュウは笑顔で、手を差し出す。

「楽しかった!」

「楽しかった……か、君はまるでアイザさんのようだね」

 苦笑したワミはそう零す。

 ギュッと握手した手をワミは強く握る。

「……いいか? こんな手二度と僕に通じると思うなよ」

 今回のオーバランによる勝利は初めからそれを狙ったモノだった。これはこの勝利方法が忘れられていたからこそ出来たことだ。二度目、同じことを実行すれば相手は全力でこちらを攻撃に来る。

 一見、恨み言のように聞こえるが、ワミの顔は憑き物が落ちたような笑顔だった。

「次は僕が勝つ」/「次もオレが勝つ」

 お互いが強く手を握り閉めた。

「僕に勝ったんだ、絶対に勝てよ」

 そう言ってワミは似合わぬ台詞を残して去っていった。

 クリュウは一回戦に勝利した。臨むはトーナメント二回戦目。

 こちらを見つめる2メーヤほどの男がいる。1ホワイトバードを駆る彼が次のクリュウの相手である。己のHSA(ハイサ)だけでなく、自らの体も限界まで絞った――あまりに華奢な体躯が印象的だ。

 何処まで削れば気が済むのだろう。というより髪まで削る必要はあるのだろうか?

 その男はスキンヘッドだった。

 その次戦は、明日のトーナメント一回戦第二グループの2RBが終わった次の日――明後日となる。



「良くやったぜ、アンちゃん!!」

 スタジアム内の《ディーゴ》に与えられたハンガーへ戻ると、クリュウは皆に出迎えられた。

 本当にクリュウが勝つと思っていたものが少なかったのだろう、「まさか、勝つとは」そう顔に書いてある者が多い。

「ヒヒ、僕は勝てると思っていたけどねヒヒヒ」

 そう言うウエマーもスイッチが入りっぱなしである。

「それにしても初戦からオーバーランを決めるなんて、次の試合はどうするつもりだ?」

 皆が笑顔だと言うのに一人だけムスっとした顔でアドウが言う。

「もちろん、勝つさ」

 アドウが言うことにも一理ある。確かに認知されていない勝利条件を狙うなら絶対に勝ちたい決勝戦まで温存しておくことが得策だった。相手がワミという、情報戦を主眼においたライナーであったから綺麗に決まった。これが臨機応変な戦いを得意とするライナーだったならば、結果は違っていたかもしれない。

 その位のことはクリュウだって分かっている。今回の戦い方は相手が自分を知らないことを前提に組み立てたタクティスだった。だからこんな戦方はもう二度と通用しない。

「皆、機体調整よろしくお願いします」

 「おう!!」という掛け声と共に皆仕事に取り掛かる。

HSA(ハイサ)のダメージはほぼ無しか」

 ダメージを受けた部分も筒状の胴部分に一撃だけである。火室やボイラーを持つこの部分は《ディーゴ》の中で最も装甲が厚い部分でもある。

 だがそれは、もし破られれば走行が不可能になることも意味する。

「アンちゃん、気を付けろよ」

「ああ……」

 次走の相手を考えると、今回よりダメージを受けることは必須となる。

 《ホワイトバード》は《テンウィン》と同じく《283系》を基礎とするHSA(ハイサ)だ。だが、カスタムコンセプトが《テンウィン》とはまるで違う。

 加速に重点をおき、極力限界まで削った機体重量――これが示す意味は、

「スピード重視のアウトロー型アタッカー」

と、なる。

 しかも、それだけではない。無茶な改造を施している割に機体が安定している。初戦において危ない面も幾つもあったがそれを切り抜けてきたことを考える。

「しかも、臨機応変な戦い方が得意なライナーか」

 ワミとは逆……戦局に合わせた戦い方を得意とする野生的なライナーであると考える。EoM(エオム)無しでHSA(ハイサ)スペックを前面に押し出した戦いは、《ディーゴ》が最も不得手とする戦い方である。

「ま、考えても仕方がねぇ……なるようになるさ」

「さっすが、ごしゅじんさま」

 呟くクリュウにメーメが呼応した。


 クリュウ達は先に帰ったアドウから遅れる形で家に戻った。

 引き戸を開けるとルリが出迎えてくれる。

「ただいまー」

「ただいまなの」

「あら、お帰りなさい。すごかったわねぇ、くーちゃん」

 ルリはクリュウが得た勝利を我が子のことのように褒めてくれる。

「そうそうテレビでもくーちゃんのことばっかりやっているのよ」

 正直、パドックの時点で新米ライナーの相手が、本命ライナー・ワミとなった時点で勝利がどちらになるかなんて予想が付いていた。

 それをひっくり返してしまったのだから注目されるのはある意味当然であった。

 テレビの特集によれば、クリュウVSワミの試合の投票では、ほとんどの人間はワミに賭けていた。よってクリュウのオッズ――払戻金の倍率は98倍であった。最低掛け金の100ウエンを賭けた場合9800ウエンとなって返ってくることになる。

 もちろん《ディーゴ》に賭けた者など片手で数えるほどしかいないのだが。

 特集ではこのようなことも言っていた。

――もし、クリュウ氏が大会に勝つことがあれば、その配当金は100倍を超えるでしょう

と、言われていた。

 もちろん、《ディーゴ》の機体説明までされている。

――S系は魔炭石で動いている

 ということから、

――加速には時間が掛かる、また、魔炭石という燃料を用いているから重量が重い

などという欠点が羅列され、

――まったくもって、現実的ではない

そう、専門家からは貶されてばかりであった。

――彼が勝ったのは偶然でしょう。そうでなければ、新人がましてやオーバーランで勝つなんてありえないでしょう

「なんだとおお!!」

「まったくしつれいしちゃうのよ」

 二人は息巻いてテレビに噛り付く。

 その後、テレビの特集は、

――では、次回の《ディーゴ》の飛走に期待しましょう

そう当たり障りの無い台詞で終わりを告げた。

「どうでもいいから……」

 テレビの横で椅子に座っていたサリナがワナワナと震えだす。

「ばっちいからさっさと風呂に行けええええ!!」

 汗で汚れた男と煤まみれの少女は居間から追い出された。


「せなかをながしてあげるのよ」

 そう言われてクリュウとメーメは一緒に風呂に入ることになった。

 メーメの服は借り物なのでアドウ家と同じ洗濯物入れに、クリュウのは後で自分で洗濯するので端のほうに避けて置く。

「オレより先にお前の髪を洗おう」

 メーメは亜麻色の髪がまるで錆びたかのように薄黒くなっていた。

「ほら、目瞑ってろ」

 そういって頭からお湯をぶっ掛ける。

「む~~」

 クリュウは石鹸を手に取りわしゃわしゃと泡を立てる。

 こうしてメーメを見ているととても彼女が作りモノだとは思えなかった。

 目じりに皺を寄せて必死に目を瞑る姿は年相応に見えるメーメだが、《ディーゴ》に乗っている間はその有能さが良く分かる。

 例えばライナーとOSが3秒かけて行うアクションがあるとしても、メーメならば単独で1秒でやってのけることが出来る。彼女はそう言う存在だった。

 事実、今回の2RBにおいても本来ならば唱えなければ発動出来ないスペルを――単に命令するだけで素早く発動することが出来た。それは、彼女が状況からどのEoM(エオム)を使うか自ら考えることが出来、準備をしていたからだ。

(意思を持ち、自立しているOS……)

「まだなの~?」

 必至に耳の穴を押さえている姿は、本当にただの幼女なのだが。

『メーメ? 一人で入ってるの?』

 考え事をしていたので、そんな声に気がつくのに遅れた。

 ガラリとドアが開きサリナが……、

「ちょっ」

 「待て」そんな声も出すことが出来ず……顔だけ振り向くと、赤面しているサリナと目が合う。

「いやあああああああ!!」

「おぶらあ!!!」

 回し蹴りが顔面に炸裂。クリュウはキリモミ状に回転し、壁に激突してそのまま湯船にダイブした。

 彼女の怒りを表すようにバタンと乱暴にドアが閉められた。

「ちょっと……ごしゅじんさま? 何があったの?」

 泡だらけで目を開けられないメーメが戸惑いの声をあげる。

「誰か……助けて……たすけてなのおお!!」

 メーメの叫びが、虚しく風呂場にこだました。



 オフィスの一角。退社時間も過ぎた中、トチは椅子にふんぞり返っている。

「それで準備は済んだのか?」

「は、はい万事終わりました」

 とてもじゃないが、他の社員には聞かせられない内容が報告されていた。

「ヴァインと言う賞金稼ぎが乗るHSA(ハイサ)と良く似たHSA(ハイサ)をこちらで用意し、彼にそれに乗るよう契約しました」

「もちろん勝てるHSA(ハイサ)を用意したんだろうな?」

 トチの丸い顔が悪人顔になる。

「も、もちろんです。二課に要請して、最新鋭の技術を搭載しました」

「ふん、二課か……。あんなオカルト技術ばかり研究している所か……役に立つのか?」

M.D(エムディー)は、「まず、並みのHSA(ハイサ)には負けない」と言っていました」

 トチは、鼻の穴から鼻毛を千切るとフウっと部下に向かって飛ばす。

「まぁいい。賞金稼ぎが勝とうが爆発しようが、SCを台無しにしてくれれば問題は無い」

 WCにおいてギドレーの勝利は揺るぐことは無い。彼は今日も快勝を遂げていた。この点は問題ない。

 それよりも気に入らないことがあるとすれば、今日のニュースの内容だった。

「なんだぁ……アレは……」

「ひ、ひぃ」

 丸い顔が四角く見えるほどの、トチは怒りを表す。

 怒りの原因は特集まで組まれるほどの《ディーゴ》の活躍だった。

 新聞の夕刊も……テレビも……36年ぶりに達成された、オーバーランの記事でいっぱいだった。

「あ、あれは仕方の無いことで……」

 そこにはギドレーもアイザも関係ない、無名だったライナーの名がでかでかと報道されていた。

「クリュウ・イワザキ、こいつは何者だ!」

「それが、本当に無名の新人でして」

 ギドレーならば知るその人物であったが、この部下が知らなかった。

 誰もが、アレはただの奇跡だ偶然だと言う。

「気に入らん」

 だが、この時このトチだけは……いや、2RBを貶しているトチだからこそかもしれない。

 何か嫌な予感を感じていた。



 クリュウは湯上りに《ディーゴ》のいないハンガーに来ていた。

 いや、来ていたというより、見えなくなった彼女を探しに来たというのが本音だった。

「なんで、アンタこんな所に……」

 突然現れたクリュウを前にサリナがたじろぐ。

「なんとなく、ここかなっと思って」

 湯当たりした体には、ハンガー内のひんやりした空気が気持ちよかった。

「そういえば、今日の飛走(はし)り、どうだった?」

 ルリの話によれば大層、テレビに噛り付いて(壊しそうなほど)応援してくれた、と聞いていた。

 だからこそ、この天邪鬼な本人に聞いてみたくなった。

「アンタらしい、無謀で無茶で無茶苦茶で……フン、負けるかと思ったわよ」

 サリナは「負ければ良かったのに」とは言わない。

(やっぱり応援してくれてたってことか)

 決して口にはしないだろうが、ヒヤヒヤしましたとまるで顔に書いてあるようだった。

「……じゃあ、好きになってくれた?」

「ふぅあ!?」

 真摯に見つめ、告げるその言葉はサリナを勘違いさせるには十分だった。

HSA(ハイサ)を2RBを……どう?」

 暗闇でクリュウの目には映らないが、サリナの顔は赤面していた。

「馬鹿、馬鹿じゃないの?」

 フンとサリナは捻くれる。

「お生憎様。私はアンタと違って、HSA(ハイサ)が好きでも嫌いでも死なないのよ!!」

 サリナはあっかんべぇをするとハンガーから姿を消した。

「はぁ、まだ駄目か」

 クリュウは深く、深く、ため息を付いた。

こんばんは、呉璽立児です。


今回は前回の話からの勝利の余韻が冷めない、といった話になりました。

最近キャラがあまり喋っていないなぁと思いこんな感じになりましたがいかがでしょうか?


ご意見ご感想お待ちしております。

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