黒き重身
2RBの開始の合図「シフトカラーズ」の声と共に2機のHSAは動き出す。
《テンウィン》は緩やかに、しなやかに車輪を回転させる。
対して《ディーゴ》は様々な金属部品の軋み、そして蒸気を巻き上げて車輪を動かす。
当然先に一歩前に出たのは《テンウィン》だ。
『今だ。やれ!』
そう通信越しに対戦相手がそう声を上げる。
ワミは相互常に会話が筒抜けと言う状態がいつも気に入らない。
EoMを発動させるには、スペルとして言葉を唱えなくてはいけない。これではこちらが何をするか相手に筒抜けではないか、と感じている。
(まったく、相手に準備させてしまうじゃないか)
いつもそう考える。
2RBにおいて、何故相互共に通信回線を開いておくというルールがある。
簡単に言ってしまえば、無言での戦いは、"試合"ではなく"戦闘"だというのがルールが出来た理由である。
例えば、二人の人間が殴りあっていたとしよう。
『うらああああ!!』
『うおおおおお!!』
そう二人が叫び声を上げるだけで、リングに上がって戦っているように見える。力が均衡していれば観客から声援が送られるだろう。
もしこれが、無言で行われていたとしたら、
『…………』
『…………』
お互いはただ黙々と殴り続ける。確かにこれでは心が躍る"試合"ではなく、殺意が渦巻く"死合"としか映らないだろう。
それはそうだと言われてもワミは気に入らない。論理的に考えて戦いで何故声を上げる必要があるのかと。
クリュウの一声と共に、空が色を変えた。その色は曇天――黒くその色は広がり続ける。
『おおおっとおおお!! これはどうしたことだ、《ディーゴ》!! これは事故かぁ!?』
《ディーゴ》より前にいたワミには一体何が起こったのかが分からない。
ただ、あの煙に飲み込まれてしまっては、視界を失うことになる。
幸い黒煙が空を侵食する速度は速くはない。
ただ問題は、爆心地の敵機がどうなったかだ。
ワミは《テンウィン》を停止させて様子を見る。
状況が分からない状態で無意味にHSAを飛走らせることは燃料を無駄に消費してしまうだけである。
(ホントに事故だとしたら、あっけない)
だが彼はすぐに驚くことになる。
『あ、あれはなんだああああ!!』
MCの声が響いた。
「ゲホ、ゲッホ!!」
スタジアム内の誰もが咳き込む。
発生した黒煙が観客席へとなだれ込んでいる所為だ。
「なんだこりゃあ……ゲホッ」
アドウは咳こむ。
『ヒヒ、しょっぱなから飛ばすねぇ』
咳とは無縁のくぐもった声が響く。
その声の持ち主はウエマーだ。
「て、テメエなんでそんなもん持ってやがるんだ」
ウエマーはガスマスクのようなものを顔に着けていた。息をするごとにコーホーと音がする。
『ヒヒ、そりゃあこうなることが分かっていたからね。なにせアレを作ったのは……この僕だからねヒヒヒ』
「ゲホゲホ、なんてはた迷惑なHSAなんだ!!」
公害をまき散らす│HSA≪ハイサ≫に、アドウが怒鳴る。
『あ、あれはなんだああああ!!』
その時見晴らしのいい密閉された解説室にいるMCの声が観客の注意をさらう。
黒煙が空気に紛れて薄くなると、空に一筋の光が浮かび上がってくる。
それは空に渦巻き、上へと伸びている。
そして煙の晴れた空で、蒸気が入道雲のように巻き上がる。
『クッ』
《テンウィン》は焦ったように動き出す。
《ディーゴ》は黒煙の中を潜り抜け《テンウィン》の上にいたのだ。
ライナーにとって何の駆け引きも無く上位を取られたとすればそれは不意打ちに等しい。
「成功なの、ごしゅじんさま」
「ああ!!」
クリュウの作戦はこうだった。
まずはEoM――"煙散――カーボンスモーク"で敵の視界を奪う。
これにより、ピストンとクランクを使って車輪を動かすという手順を踏む分、走り出しが遅く、攻撃の的になってしまう危険がある。
それを《ディーゴ》は、スタート不安がある序盤を煙幕という手段で被弾無しで、やり過ごす更にスパイラルアップによって長距離を走ることによって加速時間を稼ぎだした。
そして今が《テンウィン》の上にいるという状況を作り出したのだった。
(侮っていた……)
ワミは、この状況を前にして後悔する。
ワミが、アイザの会見前に既にこの大会に参加を表していたのは様々な情報収集の結果からであった。当然、勝ち残ればあのアイザと戦うことが出来るかもしれない、もし叶わなくともアイザが主催した大会で勝ち残れば名声を得ることが可能であると踏んでのことだ。
HSA自体も、アイザと善戦出来るように仕上げて望んだ。だが、たった一つ、ただの新米ライナーを舐めて掛かった結果がコレだ。
スタート直後に上を獲られるという失態を犯し、観客の関心は全て《ディーゴ》へと持っていかれた。
(だが、そう簡単にいくものか)
敵機は明らかに未知の存在だ。戦績があるならそこから分析し予めタクティクスを組み立てることも可能だろうが……目の前の敵にはそれが通用しない。彼の戦跡はこれから付いていくものだ。言うならば、新雪が降り積もった雪原である。
ワミには分の悪い相手であった。
《ディーゴ》は当然、下へとスカイレールを引く。そして、《ディーゴ》は下降を始める。
ただでさえ重量のある《ディーゴ》は慣性を味方につける。
(さぁ、奴はどんなタイプなんだ?)
剣を抜いて火速を行うならファイターかもしれない。だが例外もある。逃げに徹し、相手の隙を物理攻撃でしとめる。そういった、アウトローなファイターだっている。
大まかにファイター、ディフェンダー、ソーサラーと分類できると言っても、戦い方はライナーそれぞれである。それでもあえて分けるとしたら、攻撃、防御、EoM――この三つの内、何にHSA性能の比重を置いているかだろう。
等の《ディーゴ》自体何に分類されるかと聞かれたらクリュウ自身も悩んでしまう。
2RBの戦闘スタイルから言えば、ファイター。だがその身を包む装甲を考えればディフェンダーに見えるだろう。
(だが、あえて言うなら……ソーサラーかなぁ)
《ディーゴ》がグングンとスピードを上げる。これは、動力だけで動いているのではない。下るスピードも加わっている。
クリュウはブレーキをうまく使い、スピードが出過ぎないよう気をつける。狙いを付けられないのでは意味がない。
(さぁどう出る?)
クリュウは相手の出方を伺う。
「そう簡単にやらせるものか!!」
ワミはこれでもいくつもの戦いを切り抜けている。
長期戦を見越しているのか相手はEoMを使う気は無いように見える。
(だが、それは正しい)
すでに相手は一度EoMを使用している。現在、《テンウィン》が優位に立っているのはその点だけである。
《テンウィン》は逃げるのではなく、上へと登る。
こちらのHSAは、盾こそ装備していないが相手の攻撃を防ぎながら攻勢に移るタイミングを計るディフェンダーである。
《ディーゴ》がこちらへと滑走してくる。重身がこちらへとすべり落ちてくるような勢いは見ていて恐怖心を抱く。
《ディーゴ》が腰から刀を抜くのとほぼ同時……《テンウィン》も片手剣を抜く。
(相手の攻撃を受け流す……)
振り下ろしてくる角度を見極めて……剣激を繰り出す。
空で金属同士がぶつかり合う……火花が散る。
お互いのHSAが上へ、下へと……交差する。
どうやら《ディーゴ》は鍔迫り合いを望まなかったようだ。《ディーゴ》が持つのは細身の剣である。あの速度でぶつかれば折れる可能性もあったのだろう。
(だが、好機だ)
こちらとしてもEoMを使わずして攻勢を入れ替えることが出来たのは、実に好都合であった。
「初手で意表をつけても、所詮は新米ライナーってことでいいのかな?」
『それはどうかな?』
2RBは長く見えるようで一瞬の戦いである。そこにおいては、得た好機で相手を仕留めなければ、あっという間に負けてしまう。
『こ、これはああああ!!』
MCが再び叫び声を上げた。
「デオさん! 見ました? アングルダウンですよ」
「ああ」
《ディーゴ》が見せた……いや、魅せた飛走はデオの得意技の一つアングルダウンだった。
ほぼ直角に下る、危険な走法である。その分速度を生み出す事が出来る。
その後、《ディーゴ》はグルグルと螺旋状に……しかもスパイラルアップでもダウンでもない。
「スパイラルフランクとでも言うのかアレ?」
「さぁ? それでもあんな走りで、良く落ちませんね」
『魅せる、魅せてくれるぞ《ディーゴ》!!』
「な、なんだアレは」
ワミは驚愕せざる終えない。
直角に落ちてからの螺旋状に横に飛走る……無駄な飛走。どう見ても、スパゲティタクティクスとしか思えない。
「君は、曲芸士か何かか?」
ワミは勝利を確信する。こんなに無駄に飛走る相手にどう自分が負けるというのか、まったく検討が付かない。魅せることは重要かもしれない。相手がもし"勝つ"つもりであるというのならば最初の煙幕からのスパイラルアップで十分にインパクトがあった。確かに、新米ライナーとして重要なのは"勝ち"では無く"印象"なのかも知れない。注目のある大会でこれほどのインパクトがあればライナーとしても先程の口でも言った曲芸士にでもなれるだろう。
(早々に決める)
こんな相手に一撃でも貰えば、後の試合に響く。ならば、次の一撃で決めてしまおう、ワミはそう考えた。
だが、
(場所が悪いな)
と、ワミはターンする。これならば相手が見れるようになると思った。……だが、
「ッチ」
背後を見れば同じ軌道で《ディーゴ》が舵を切っている。
HSAは背後への攻撃手段が乏しい。いや、持っていたとしても相手に当てることが難しいのだ。
(ドッグファイトのつもりか!?)
背後から猟犬のように獲物を追い詰める――ドッグファイト、そのものだ。
この状況を崩そうともう一度、Uターンをする。
やはり《ディーゴ》は背後にいるままだ。
「ピエロはピエロらしく、さっさと落ちろ!!」
ワミはイラつく。
(勝ちを狙いに来るでも無いくせに)
だが、試合を作っているのは《ディーゴ》の方だ。それがまたもどかしい。
いくら引き離そうとトリッキーな動きをしても《ディーゴ》は尻に付けたままだ。
そして、互いの高度の差も変わらない。
勝つ為に相手の後ろを付回す戦法が無いという訳ではない。だとしたら、互いの高度の差が変わらないのはおかしい。
相手の後ろを付回すという戦法が有効な手段となるのは、徐所に高度を詰めるという意思があってこそだ。もちろんその場合、後ろのHSAの方に負担が掛かってくるので優位はワミに来る。
だが、お互いの高度が変わらないとなると、負担がなくアドバンテージは無くなる。つまり、硬直状態が続く。
ただひたすらと、自分の後を付回す《ディーゴ》がじれったくありそれであり不気味だ。
「そろそろか?」
《ディーゴ》の操縦席でクリュウはほくそ笑む。
ワミの読みとはまったく違い、もちろんクリュウは勝ちを狙っている。
《ディーゴ》の性能は基本的にどんなHSAにも劣っている。重量は重たいくせに最高速度も加速も悪い、更に無駄が多い。これは現代のHSAから見れば、絶望的な欠点とも言える。
逆に優れている点があると言えば、S系HSA特有のトルク性能である。スカイレールを登ったり、敵機との鍔迫り合いの時に押し勝てる性能とも言える。
だが、ことこの場面においてクリュウは徐々に登るという選択をしなかった。
(攻勢に移られたら困る)
それがクリュウの考えていたことである。
相手にHSAの性能を生かした戦いをさせない。これがクリュウの戦術である。
最初の煙幕のEoMも、スパイラルアップ、アングルダウンといった飛走術も、その為に行ったのである。
(《ディーゴ》の上に居座ったことを後悔させよう)
4度目の旋回を行った《テンウィン》に対してクリュウは攻勢に移ることを決意する。
4度目の旋回……これにより《テンウィン》は一度飛走した場所をもう一度通る。
(今だ!!)
《ディーゴ》はスカイレールを上に引く。
『な!?』
そう驚きの声が響いた。
デメリットをメリットとして戦うそれが性能的に劣るHSAで勝つ為の一本道だ。
「なんだこれは!?」
ワミは驚嘆の声を上げる。
何度目かの旋回を行ったか……分からないが、その時の視界は再び黒い煙に包まれたのであった。
「まさか、奴めまたあのEoMを……」
いや、だがそんな前動作はなかった。現に、《ディーゴ》からはEoMを使った反応は無かった。
(ただ、両肩の排気口から煙を常に吐き出していた。ック!!)
《ディーゴ》の狙いがようやく分かる。あれはただ悪戯に走っていたのではなく、この瞬間を狙っていたのだ。
(あの煙突は、ただ燃費が悪く廃煙を垂れ流ししているのではなく……こういった戦いをする為だったのか)
これは深読みだった。当然、S系というHSAを知らない世代から見れば、あれほどの煙を撒き散らすのならば、飛走距離は長くないだろう、そう見当を付けてしまうのも無理はない。
実際はS系というHSAを使う以上、大量の黒煙が発生するのはしかたがないことなのだが。
ワミは敵が考える次の一手を読む。
(当然、上に登ってくるだろう)
ならば、こちらも死力を尽くさねばならないと、考える。
このまま黒煙の中、相手の土俵で戦うのと、一時離脱するのどちらが良いか。
もちろん後者である。そして、離脱するのは真に一時だけだ。
ワミは《テンウィン》をひっくり返し、Uターンさせる。
それはスプリットSと呼ばれる、飛走術だった。
「さすが、だな」
こちらの読みを看破し瞬時に離脱したワミをクリュウは尊敬する。
幾つもの経験から最善の一手を導き出す。経験が少ないクリュウには真似の出来ないことである。
だが敵の最善の一手は、これからであった。
《テンウィン》はもう一度ひっくり返る。
『で、でたあああ』
解説者が絶叫する。
そして、もう一度はスプリットSを行った。
『二重・反転だ!!』
一回目の反転で方向を変え下り、その勢いを利用してもう一度反転を行う。ワミが持つ、最高の飛走術である。
クリュウが揶揄されるような曲芸術とは違う、無駄がない有益性だけを追求した飛走術である。
クリュウにも分かる。この二回目のスプリットSが成功したときに敵機が自分の背後に来るということが。
(そうは……させない!!)
《ディーゴ》はターンを行う。
「メーメ!! 炉の火を上げろ!」
「がってんしょうちなの!」
メーメは、魔炭石を炉へとくべる。ただ新しくくべた魔炭石が炉を舐めるようになるには時間が掛かる。
《ディーゴ》はターンをしたことにより、上位から《テンウィン》を迎え撃つ。
飛走術によって一度高い所から降り、そして再び登った《テンウィン》。
登った所でやむ終えず降った、《ディーゴ》。
二機が武器を持ち打ち合う。
『出力を上げた割には……手ごたえがない!!』
《テンウィン》が《ディーゴ》の武器を掃い、腹部を一閃する。
「くうう!!」
強い衝撃が操縦席を襲う。
「胸部に軽度の損傷なのよ」
メーメが被害報告をする。《ディーゴ》の装甲は厚く、敵機が上昇中だったということもあり、損害は軽微だった。
クリュウがメーメに指示を出して僅か1秒の出来事だ。
《ディーゴ》がスピードの加速に入るまでに2秒、新たな魔炭石を投入して火が点き出力に影響するまでに5秒のラグある。
先程の指示は、これからの展開を予測しての命令であった。
《ディーゴ》は切り抜けて再びターンする。此度のターンは、降りによる慣性を味方につけ、更にその間にラグを軽減させ、相手にそのことを感づかせない、飛走であった。
対して、《テンウィン》は、上空の黒煙が消えていないので避けるためには再びターンせざるを得ない。
そして二合目、お互いのHSAが刀と剣を交える。
二度、甲高い金属同士がぶつかり合う音が響く。
『ここに来てお互いの接近戦は互角!!』
MCの言葉通り、二合目においてどちらのHSAにもダメージが通ることはなかった。
これは、《テンウィン》が上昇して下降するまでの時間が短かったこと……そして、《ディーゴ》のトルクの強さが影響していた。
切り抜けお互いのHSAが三度ターンする。空でスカイレールが8の字を描き続ける。
ここ、接近戦――ブルファイトにおいて上位を取るものが不利であるという、奇妙な戦いが展開される。
三合目が終わると、お互いともその事に気がつく。
「メーメ、炎装!!」
「りょうかいなの」
多量の魔炭石を放り込んだ火室の炎がメーメのインストールしたCoMによってゴウゴウと燃え上がる。
「炎装・香火車――フレイム・ラン」
メーメが起動したEoMと同時に《ディーゴ》が加速した。
『メーメ、炎装!!』
そんな声が聞こえた。
どうやら相手も上位を取れば不利になることに気がついたようだ。
ワミはクリュウの声からそれを判断する。
(敵機がスペルを必要としないのは何故だ?)
EoMを使用するにはスペルと言われる声紋による発動が当たり前となっている。それがHSAの操縦には両手足を利用する為か、それとも魔術というものがスペルを必要としているのか、分かっていない。EoMとは声紋発動するものだ、という常識があるのである。
そしてスペルは会話に支障が出ないように二つの言葉から構成されている。例えば、"火速――ブーストアップ"は、"火速"と"ブーストアップ"の鍵で構成されている。
それをクリュウは、短く指示を出すだけで発動させていた。
(いや、始めからそうだ……敵機は分からないことが多すぎる)
ワミの得意な戦い方は、今までの相手の戦い方を分析して、隙を狙うこと。そう言う意味では新人であり、特異な戦い方をするクリュウは戦い難い相手であった。
ワミは、クリュウの短い言葉から刀を点火し攻撃を強化してくるだろうと読んだ。
「防炎――フレイム……」
ワミが防御のEoMを唱えようとした瞬間……《ディーゴ》の車輪が火を噴いた。
予期せぬ加速。《テンウィン》は胴に一閃を浴びる。
「うおおおおお!!」
《テンウィン》はディフェンダーなので装甲は厚い。それでも下手をすれば負けに繋がりかねない致命的な一撃であった。
ガタガタと振るえ悲鳴を上げる機体を押さえる。
装甲が厚い胴にダメージを負ったことが不幸中の幸いであった。エンジンを持つ胴部分は確かに停止させることが出来れば、一撃必殺と成りえる。だが、不発に終われば意味はない。
敵は再び好機を逃したと言える。
『まさか、炎装からの加速を乗り切るなんてな』
敵機から驚嘆の声が上がる。
確かに言葉で誘導された節がある。
(だが、二度目は無い)
ワミは無言で敵機を睨みつける。
「火速――ブーストアップ」
2RBも終盤。出し惜しみはして置けない。
ワミは対抗して、速度上昇のEoMを発動する。
加速したまま上昇して……ペンデュラム機構を利用し、機体を横に倒す。
(速度は勝った!!)
上昇中に加速しそのまま下降することによってスカイレールを描く速度と同速――ギリギリの速さを《テンウィン》は得る。
このままぶつかり合えば相手の脱線を誘える……そういう展開だった。
『ポイント!!』
《ディーゴ》のスピードが減速した。それとほぼ同時、今度は《ディーゴ》の持つ刀が炎を噴いた。
火速した《テンウィン》と炎装した《ディーゴ》が四度ぶつかり合う。
刃を返し峰で相手の剣を受け止める。
もしこれが通常のHSAであれば脱線して当たり前だった。だが、《ディーゴ》の持つ超重量とトルクを最大限利用し、腰を下げることによって《テンウィン》の剣激を受け止めることに成功していた。
炎を点す刀はジリジリと相手の装甲を焼く。
『クっ!!』
速度によって下に押されてはいるが、《ディーゴ》の炎装は少しずつ《テンウィン》にダメージを与えていく。ただでさえ胴に一撃を浴びた身……持久戦は望まない筈である。
《テンウィン》は一度機体を下に押し込むとブルファイトから離脱する。
(この瞬間を待ってた!!)
クリュウは勝利への道筋が見えた。
通常であればこのままドッグファイトへと持ち込む場面……だが、クリュウは《ディーゴ》を相手と逆の方向へ飛走させる。
『な、なんだとおおお!!!』
MCと観客が驚きの声を上げる。
更にクリュウはワミに言わせれば曲芸術――スパイラルフランクで渦巻き状に横に走る。
それに気がついた《テンウィン》は直ぐに、スプリットS――反転後、火速を追いかける。
差は直ぐに近じまる。
「ふふ、決まるわ」
アイザは始めからクリュウが何を狙っているのか分かっていた。あくまで勝利する為の一つの可能性だということも知ってのタクティクスであることも。
相手が慎重に勝利を狙うタイプ……長期戦を予期しての戦術、やはりクリュウは面白い。
アイザは笑う。
「ありゃあ、決まっちまうな。あの馬鹿、大っぴらに宣伝しやがって」
「ヒヒ、それでもやはり虎の子。まさか初戦であの勝利方法を選ぶなんてね。ヒヒヒ」
アドウは苦笑し、ウエマーは奇笑する。
「なんで逃げるのよ!! 勝利は目の前じゃない!?」
サリナは勝利目前のクリュウの愚策に激情する。
《テンウィン》が《ディーゴ》に接触するその瞬間……スタジアムが出来て一度も鳴ったことのないブザー音が会場中に響いた。
『はっ!?』
解説をするMCはすっとんきょうな声を上げる。
特定の人物を除いた会場中の人間、そしてワミ。
そして、大画面に映される、"Winner No.4"の文字。それは《ディーゴ》が勝利したことを表していた。
『ど、どういうことだ!? これは、システムの故障か?』
《テンウィン》が戦闘不能になってもいないのに表示される勝者の文字、誰もが疑問を抱いた。
とある文字が続いて出てくる。
"OVER RUN"
と浮かんだ。
数十年の間、誰も遂げたことの無い、過酷な勝利条件・オーバーラン……まさしく偉業が達成された瞬間であった。
先週アップできなくてゴメンナサイ!!
こんばんは、呉璽立児です。
今回の話はいかがだったでしょうか? 戦闘状況が浮かんできて貰えたらと思い頑張りました。
気がついたら二倍の量になってしまい、読みにくいかもしれません。
ご意見ご感想等ございましたら、是非よろしくお願いいたします。