前日
《ディーゴ》が工房のハンガーに帰還する。
「ふぅ」
クリュウはようやく息を抜く。
初めての自分の所有するHSAでの飛走、2RBとは言えない空戦……手が震えた。借り物と自分の物とではこんなに違うのかと、体で実感した。
「ごしゅじんさま、あれでよかったの?」
クリュウに続くようにメーメが降りてくる。
メーメは先程の戦闘に不満があるようだった。
「倒せる機会はたくさんあったの」
確かに今回は積極的に攻撃を仕掛けることはなかった。だが、メーメの言葉が2RBでいう勝ちに当たる意味を指していないことは分かる。
メーメの目的はあくまで敵機を撃墜することにある。おそらく、《ディーゴ》やメーメはそういう目的のために作られたのだろう。それをクリュウは薄々とは察していた。
だがクリュウの目的はそうではない。
メーメとの意識の齟齬は徐々に埋めていかなくてはいけないことだと、改めて認識した。
《ディーゴ》に関しては、文句の言いようがない出来に仕上がっていた。デメリットをメリットへと生かす――クリュウの試みは成功した。
HSAのEoMは元々は余剰エネルギーを攻撃へと回すという試みから始まったものである。
そして、クリュウはE系が生まれた理論に目を付けたのである。"電気に魔素が宿るのは、魔素が宿った燃料を燃やした場合のみである。"という定義である。だから、クリュウが考え、ウエマーに提案したのは、魔素が宿ったエネルギーで生み出した他の物質にも魔素が宿るのではないかということであった。
S系はHSAを動かすのに様々な過程を必要とする。魔炭石を燃やして発生した煙や水を加熱して発生した蒸気がこれに当たる。
これにより《ディーゴ》は煙術や蒸術といった多彩なEoMを取得することに成功していた。
これは他のHSAには無い長所といえる。火をエネルギーとしていれば、火術を当たり前に使うという考えの裏をかくことが出来るのである。
《ディーゴ》は、当に2RBをする為のHSAとして生まれ変わった。
SC開催は目前である。
「さて、準備はいいか?」
アドウが用意したHSAに《ディーゴ》を積み込む。
SC前日、ライナー達はHSAを会場へと運び込む。HSAの規定、即ち違法性が無いかを確かめる為に機体検査を行うのだ。
この日ばかりはアドウも協力を聞き届けてくれた。
「まぁ、ここまで来たら気張れや」
「当然、勝ちを狙いに行くぜ」
はぁ、とアドウはやれやれとため息を付く。
「ヒヒっ当然だろ、こんなに面白いHSAは他に無いさヒヒヒ」
アドウがウエマーを引っ張る。
「おい、テメェの積んだEoMは軍の研究所にいた頃開発したものじゃねぇか!?」
「ヒヒっ! そこまで突き止めたのかっ!! さすがだなアドウ」
「御託はいい。資料は読んだぞ。ありゃあ、とんでもねぇものじゃねえか。2度に渡る起動試験の失敗……手足が欠けた奴までいるって言うじゃねぇか」
アドウは怒りを露にする。それほど危険なEoMを積んだHSAにクリュウを乗せる訳には行かない。ウエマーの答え次第では、アドウは今すぐに《ディーゴ》を破壊する腹でいた。
「……」
「おい、どうなんだよ」
アドウはウエマーを問い詰める。
「ヒヒ、確かにあのEoMは、僕がアソコで開発したものさ」
「テメェ……」
「まぁ、待ちたまえよヒヒ。確かに当時は制御が完璧ではなかった。だが、今は違うのさヒヒ」
「アイツの乗るHSAは最新型どころか生きた化石じゃねえか」
「ヒヒヒ確かにね、まったくあんなのを直そうと思うなんて、頭のネジが馬鹿になってるじゃないか? 君の虎の子はヒヒヒ」
クリュウもまさかウエマーに言われるとは思ってもいないだろう。
「僕はああいうもの狂いが大好きなのさヒヒ。当然、死んで欲しくないから最善を尽くしたさヒヒ」
ウエマーは安全だと言う。
「それにしても当時の僕はどうして、気がつかなかったのかなヒヒ。十分過ぎるほど装甲と巨大な動力炉ソレをもってすればあのEoMが稼動することに……いやその条件を満たすHSAがまさかS系だとは夢にも思わなかったよヒヒ……」
ウエマーは二度に渡る事故で研究所を追い出されたことを思い出し苦笑する。
「信じて良いんだな」
アドウは念を押す。ウエマーがこんな所で戯言を言う者では無いのは知っているがそれでも不安要素は残る。
「ヒヒ、彼を信じなよ。彼の実力は本物さ……そんじょ、そこらの巧手とは訳が違うのは君自身が知っているだろう。ヒヒ」
「……」
「それに彼の味方は、本当に最高の旧式さ」
ウエマーがクリュウのOSに視線をやる。
「まったく、過去の遺物にあんなものが存在するなんでどうかしてるよ……ヒヒ」
正体不明、いったいどんな性格破綻者が作ったのか分からない。到底、今の技術では再現のしようもない、未知の技術で作られたメーメ、彼女はクリュウを導くのであろうか?
そんな会話をアドウとウエマーはしたがクリュウの耳には届かない。
「それにしても、今更S系HSAなんて機険出来る奴っているのかいヒヒ」
クリュウの行く道は前途多難である。
HSAは様々に社会に浸透している。《ディーゴ》を運んでいるトレーラーだけで無く人が移動に用いるHSAも全てHSAである。
飛走都市スカイレイルは、今かつて無いほど賑わっていた。一種のお祭りムードが街を支配している。
アイザが唐突に開催を宣言したSCは、WCCとあえて競合させることによりファンを二分した。アイザの目論見は成功した。WCCという、ほぼ一つの企業が支配する王様候補を御輿に担ぎ上げる大会より、SCという何が起こるか分からない2RBの方にファン達は魅了された。
WCCが行われる帝都から遠い、飛走都市に観客が集まった。
今回はアイザが突発的に開催したものであるが、これが定例化した暁には今は奪われているHSAの聖地の座もいずれは取り戻せるかもしれない。
飛走都市の住人は沸き立っていた。
そんな中、中小企業の期待を背負う期待の星が飛走都市公営スタジアムに到着する。幾つも存在する、飛走都市の中でも最大の物……そして、クリュウとアイザが試走したのもここである。
アドウのトレーラーが停止すると、クリュウは《ディーゴ》に被されたブルーシートの隙間から顔を出す。
そこには既に先客とも言えるトレーラーが幾つか既に止まっている。そのトレーラーの貨車には例外なく見えないようにシートが被されている。HSAの戦いは情報戦ともいえる。こちらがうまく戦うには相手を知っているのが一番である。
先に並んだ物から順に機険……機体検査が始まる。
ここでは搭載されてるエネルギー等ルールに違反していないかが厳重に検査される。
そして、クリュウの番が回ってくる。トレーラーが会場内へと歩みを始める。
SCの参加条件は事前に登録をし参加許可を貰っていることである。だから、参加ライナーは係員に自分の所属ランクと名前を当然言う。
ただ例外があるとしたら、クリュウ当人が到着した場合だろう。そうクリュウには特権に近い参加資格が与えられているのだから。
「名前と所属ランクをお申しつけ下さい」
受付嬢が問う。
「クリュウ・イワザキ。ランクは……Cです」
2RBでは免許を持って、特に功績を上げた者でなければ初戦ではCランクに所属しているとされる。
「あと……これ……」
いつだしたらいいかと思っていた、アイザからのラブレターを提出する。
「これは?」
受付嬢は困惑しながらもそれを受け取る。
招待状を開いたとたん受付嬢の顔が驚嘆する。
アイザの招待状の送り主はマスコミがいろいろ推測をした。白羽の矢が立ったのはギドレーという予測がほとんどであった。アイザがクロバ工業を好いていないからこその挑発ではないか、と各社が取り上げたことから招待状の持ち主はSCに現れないと誰もが思い込んでいた。
それはクリュウの目の前の彼女も例外ではなく。まさか、受取手がまさか冴えない無名の新人だとは、驚愕の事実であった。それどころか招待状が本物かどうか疑ってしまうほどに。
だが、彼女も受付嬢……ポーカーフェイスを決して崩さない。
まずは、虚偽を確かめる必要がある。だが、万が一本物であった場合こちらに非が無いように時間稼ぎが必要だ。
「では、新規ライナーの方にはこちらの書類をご記入下さい。その後HSAの機体検査に移らせていただきます」
クリュウは極めて純粋な人間だ。まさか受付嬢が自分を疑っているとは露知れず、喜んで書類に記入を始める。
その間に受付嬢は、アイザの関係者に招待状が本物か確認するように手配した。
アイザは落ち着かなそうに、スタジアムの貴賓室をウロウロしている。
彼女は意中の相手を待っていた。
飛走都市スカイレイルに着いたのは二日ほど前であったのにアイザは待ち人が気持ちを受け止めてくれたのか確認できずに、モヤモヤとした気持ちを引きずっていた。そして今日、とうとうSC前日を向かえてしまった。
静かに、丁寧にドアを叩く音がする。
「ゴンド?」
『はい。お嬢様』
「入っていいわ」
ドアの向こうにいたのは、アイザの執事ゴンドだ。
「どうしたの?確か設営を手伝っていたはずでしょ?」
「実は、係員方からこちらを預かりまして」
ゴンドの手から一枚の手紙を預かる。
「これは」
見覚えがある、とある一名に送ったラブレター。
それが来たということは……。
「あぁ……来たのねクリュウ……」
アイザは熱いため息を漏らす。
「それが、お嬢様問題点が一つあるのですが」
「ああ、貴方はどんなHSAに乗っているの。私の誘いを断ったのだから、きっととてつもないものに乗ってるのよね。ああ、知りたい、でも知りたくないわ」
アイザはコツコツと革靴靴を鳴らしながら近づいてきたゴンドに気がつかない。そして、ゴンドは手に持ったメモするノートを降りかぶる。
このノートはゴンドが立ったままでも使えるよう黒く加工された板が付いている。当然それを頭に降り下せば。
「聞けよ。HSA馬鹿」
「私は正気に戻った」
アイザは頭をさすりながら、涙目でゴンドを睨みつける。
ゴンドは暴走しがちなアイザを唯一律することが出来る人物だ。アイザとゴンドは主人と従者という間柄とはいえ兄妹のように育ってきた。アイザがゴンドを兄のように慕っていた時期もあった。
「いいですか! このままじゃ、意中の彼は大会に出られないのですよ」
「嘘! どうして?」
「それは彼のHSAを機検出来る者がいないからです」
アイザは疑問を感じる。私設大会だとはいえ、整備士の費用を抑えたつもりはない、最高のスタッフを用意しているはずだ。
「彼……クリュウ氏が言うには」
「ダメ!! 言わないで!!」
アイザは口止めする。
アイザは、SCを開催するにいろいろな建前を言った。だが、建前に隠れた本音がある。アイザの戦いの裏をかけるライナーと戦いたい、それがアイザの欲望だ。
「かといって、どうしたらいいかしら」
アイザは小首を傾げる。
ただのHSAに詳しい者では駄目だ、もっと詳しい者を呼ばないと。
一番最初に思い浮かんだのが、アドウ・オークスだった。だが彼は駄目だ。彼自体は公私を分ける信用が置ける人間だが、周りの人間はそうは思わないだろう。
「そうだ!! ママがいたわ」
彼女が言うのは母親のことではない。アイザは貴族故に母親のことは「お母様」と呼ぶ。
「あの方ですか……確かに今この街にいるらしいですけど」
「それなら膳は急げよ。早く連れてきなさい」
「かしこまりました」
ゴンドは貴賓室を後にする。
――少々お待ち下さい
そう受付嬢に言われてから、大分待った気がする。一向に《ディーゴ》の機体検査が始まらない。
「やっぱりか」
煙草を銜えたアドウがそう言う。
「何不思議そうな顔をしてやがる。おめぇがS系なんつう変な物持ち出すから弄れる整備士がいねえんだろうが」
このまま機体検査を受けられずに大会に出られない、そう言われた瞬間クリュウは激しく落ち込むだろう。
「ハァ~イ」
突如、そんな空気を断ち切るように気味の悪い声が聞こえた。
「こ、校長!?」
オカ……もとい、アカデミーの校長が現れたのだ。
「ドレス20着でアナタのHSAの機険をしてあげに着たわヨ」
そういってボウホは肉ダルマの体をクネクネとさせる。
正直言って、
(気持ち悪い)
口に出していうと、鬼教官が降臨しそうなので決して口にはしない。
「ワタシに任せておきなさい……隅から隅までこのワタシがみ・て・あ・げ・る」
クリュウの後ろでメーメが震えだす。
ボウホは人外のメーメすら怖がらせる破壊力を持っていた。
「ごしゅじんさま……《ディーゴ》が……《ディーゴ》が汚されちゃうの」
「が、我慢しろ背に腹は変えられない」
ドナドナとトレーラーで引っ張られていく《ディーゴ》を見送りながらクリュウは苦虫を噛んだ。
遠くから声が聞こえる。
『アラ? パーツが一個足りないワ』
遠くからボウホがモデル歩きで……だが、漂ってくる気配は殺し屋の気迫で戻ってくる。
足りないパーツと聞いてクリュウは後ろを向く。
「っ!!」
ピキリとメーメが凍る。
逃げ出そうとするメーメの腕をクリュウはがっしりと掴む。
「放すの、放すのよ、ごしゅじんさま。メーメはただの人間なのよ」
「グットラック」
そう言ってクリュウは、ボウホに生け贄を捧げる。
「アラ、こんなカワイイ娘がOSなの? 」
そう言ってボウホはメーメを抱きかかえる。
「向こうで一緒にヌギヌギしましょうネ~」
ボウホはメーメに頬ずりをしながら、再びモデル歩きで去っていく。
「いやぁあああ!!」
そう真剣に叫ぶメーメをクリュウは見送った。
戻ってきたメーメは、角でブツブツと一人言を呟きながらどこか遠くを見つめていたと言う。
そして日を跨いで、
スカイレールカップ――当日がやってきた。
音花火がパンパンと空を鳴らす。
快晴の青空が眩しい。
『さぁ、とうとうこの日がやってきたぞ!! スカイレールカップの開催だ!!』
テンションの高いMCが飛走都市中に聞こえる程の大音量でアナウンスをする。
SCはWCCと平行して行われる。そして、最終日のエキシビジョンはWCCの決勝戦と同じ日程で行われることになっている。
今日は開会式の後、トーナメント表が発表され、その後すぐに一回戦へと移る。
『さぁ、己が洗練されたHSAで、勝て! 飛走れ!! 』
クリュウは気持ちが高揚して落ち着かない。
『そして、エキシビジョン。女王・アイザ・ヨーと戦うのは一体誰なのかぁ!!』
こうして、スカイレールカップは開催を告げた。
こんばんわ、呉璽立児です。
ネットがtmt……正直アップできないかもとあせりましたが無事投稿できました。
とうとう、次回からスカイレールパッチが開催されます。ご期待下さい。
感想ご意見等を絶賛募集中で、是非気がついたことなど是非お知らせ下さい。