試走
「ようやく形になったなぁ」
クリュウは《ディーゴ》を見上げてそう言う。
《ディーゴ》はHSAとしての機能は復元が完了した。ここに運び込まれた当初は錆びていたボディも今では艶のある黒い塗装が施されている。
通常のHSAとはまた違う重量感には圧倒される。
HSAのデザインに代表されるような風をすり抜けるような友好的なフォルムではない、《ディーゴ》はその体を走らせる為に肥大化した機構を隠す事無くある、故に走ると発生する抵抗に対して素直にブチ当たる暴力的な形状ともいえる。
完成は近い。
「後はウエマーさんのEoMだけか」
外側は完成してもHSAの核とも言えるEoMは手付かずだ。
ドサッ、という重量感あるものを置いた音が聞こえる。
「…………」
その音の発生源はいつからそこにいたのかウエマーだった。彼はトランクケース大の箱2つを床に置いていた。
その箱こそがEoMをCoMと呼ばれるソフトウェアだ。これに魔素とエネルギーをCoMに流すことでEoMが発生する。トランクケース大という大きさは、ソフトというにはハードだ。
「これが、《ディーゴ》のEoM?」
そうクリュウが尋ねるとウエマーはすぅーっと目をゆっくり合わせると緩やかに頷いた。
最近忘れられがちではあるが、ウエマーは無口で無表情な感情に乏しい人間だ。だが、一度興味があること、愉快なことに遭遇すると突然人間が変わる。
無口なウエマーは非常にやりにくかった。
ウエマーは手で人差し指、中指、薬指、小指を立てる。
「これが4つあるって事?」
EoMは4つ、つまりウエマーが運んできたCoMが後2つはあるということだ。
「後2つはオレが運ぶよ」
そう言ってもウエマーは反応しない。ただ、端のほうにいるメーメを指差す。
彼女を呼べ、ということをクリュウは悟る。
「メーメ!」
先日は突然いなくなるという事件を引き起こしたメーメであったが今日はハンガーの中で退屈そうに座っていた。
メーメはトコトコと走って此方にやってくる。
複座で乗り込む《ディーゴ》はOSである彼女が細かい調整を彼女が担うことになる。
「魔法なの、魔法なの」
メーメはトランクに手を当てる。
彼女は一見人間と変わらないように見えるが、HSAの機構にこうやって手を当てるだけで管理、発動することが出来る。
「インストール完了なの」
「いんすとーる?」
聞きなれない単語にクリュウはメーメに問いかける。
「メーメの中に、魔法をいれたのよ」
その説明は余りにも拙く、率直でクリュウには理解しがたい。
「ヒ」
だが、その短い説明で理解出来た者もいる。
「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッヒ。つまり、こういうことかい、莫大な保存容量を持つハードにソフトを、入れる――インストールする。そのハードはOSが管理しておりソフトを直接実行する。ヒヒヒヒヒヒヒなんて効率的なんだヒヒヒヒ。そうすればこんな大きな木偶の坊などいらない。ヒヒヒ。そうだ今すぐこれを海に投げ入れようじゃないか」
ウエマーが壊れた。
それをクリュウは押しとめる。ウエマーにとってはタガが外れてしまうほど画期的な運用方法だったのであろう。CoMを持ち上げて叩きつけようとするものだから押しとどめるのに大変苦労した。
「つまりバックアップも大事だということかい。確かにその通りだね、ヒヒ。消えてしまったCoMは元通りには出来ないしねヒヒ」
と、納得した。
様々な困難を解決し、《ディーゴ》は飛走れる用になった。
だが、HSAは何度も運用試験を繰り返して実用段階まで持っていく練習が必要となる。しかし、アイザのようにスタジアムを貸しきったり、対戦相手を雇う余裕などクリュウにあるはずはない。
「ふふふ、オレにいい考えがある」
不適にクリュウが微笑む。
飛走都市スカイレイル郊外、2機のHSAが飛走している。
街を守衛する夜間巡回の帝国空軍のHSAだ。
戦時中であればHSAを製造する都市は真っ先に攻撃対象となる場所だ。その名残が現在まで残っているのである。だが、守護する意味合いが薄くなり現在ではたった2機のHSAがバディを組んで定時に巡回するだけに留まっている。
空を駆るHSAはD系HSA|《T-40》《ヨンマル》と|《T-201》《ニイマルイチ》の2機だ。軍用のHSAは2RB用のHSAに比べれば明らかに旧式と言いえる。安定性を求めるために2RBで使い古された技術を用いている。その為、不測の事態は起こりにくい。
そもそも運用方法が違うのだ。一対一で戦う2RBと違い、HSAの戦争は複数の機体がチームを組んで戦う。それに2RBHSAとは違い、スピードに特化させていない分、攻撃EoMが実に強力だ。
「それにしてもヒマだなぁ」
|《T-40》《ヨンマル》に乗るデオは、通信に乗せて同僚に愚痴る。
『もう、しっかりやってくださいよデオさん』
彼の部下|《T-201》《ニイマルイチ》に乗るロドはそう忠告する。
「そうはいってもなぁ」
これはもう彼の口癖であった。もう数十年握っていない武器のトリガーを見れば、ため息も一段と増す。
「おめぇの新型も泣いてるぜ」
『ハイハイ』
ロドの受け流しも何時ものことだ。
飛走都市の治安が……というよりもライナー達が馬鹿をやって許可もなく飛走びまわっていた時期は毎日のようにトリガーを握っていたと思い出す。
最近はそんな馬鹿をやる者もいない。
「俺のイチモツが錆び付いちまうよ」
嘆息は尽きない。
今日は風もなく飛走るには良い日だ。
「なぁ、俺とヤりあわねぇか」
『馬鹿言わないでくださいよ』
「だよなぁ」
ロドは真面目過ぎるのが玉に瑕だ。
『これは……HSAの反応?』
「どうしたぁ?」
詰まらなそうにデオはそう返す。
『飛走許可の出ていないHSAが背後から接近!!』
「ほう」
どうやらデオの望みが叶いそうな気配だ。
問題のHSAは2機の後ろへと着く。
『どうしますか?』
相手にはこちらが軍のHSAであることは分かっているはずだ。
ロドがデオに判断を求める。
「ちょいと待ちな」
暗がりなのでどんな形状をしているかは分からない。ただ燃焼反応……物を燃やして飛走っていることを考えるとD系HSAだろう。
HSAが今は珍しいモノライトをパカパカと照らす。
「"いい夜ですね"だとお……クックック」
『どういう意味です?』
デオは後ろのHSAがパッシングしてメッセージを送ってくることを読み取る。
「つまりはデートのお誘いだ!!」
デオは操縦石に手を置きなおす。
「奴を押し倒せ!!」
デオは部下にそう命令を出した。
『いいか。二手に分かれるぞ』
デオから指令が飛ぶ。
『どちらかを"大筒"が狙うはずだ』
デオは背後から近づいてきた正体不明のHSAを"大筒"と呼んだ。後方のHSA――"大筒"の動態部分が円形状になっている特徴を見てそう名づけたのだろう。
「つまり狙われなかったほうが、奇襲をかけると」
『さすが、呑み込みがはええな』
ロドには彼が操縦席でニヤリと笑みを浮かべている様子が目に浮かんだ。
併走していた|《T-40》《ヨンマル》が右に曲がる。それに合わせるようにロドは|《T-201》《ニイマルイチ》を左へと曲げた。
「さぁ、ドッチを選ぶ?」
"大筒"は右へと曲がった。
|《T-201》《ニイマルイチ》は奇襲を行うために上昇する。
「着いて来れるか!?」
デオは、|《T-40》《ヨンマル》を蛇行運転しながら後方を確認する。
|《T-40》《ヨンマル》は軍用HSAの中でも今となっては旧式の機体である。だが、あえて|《T-40》《ヨンマル》を使い続けてきたデオはその有利不利も手に取るように分かる。
|《T-40》《ヨンマル》は過去現在に置いても抜き出るモノの無い汎用性を誇っていた。それは戦闘の際だけではなく、パーツ等の整備面でも言えることであった。戦時中に開発されたHSAなだけあり、少しの加工でいかなるHSAのパーツを積むことが出来るのだ。
その汎用性は、HSAを開発する企業からは煙たがられ現在はほとんどの|《T-40》《ヨンマル》が退役を迫られているほどだ。
だがそのHSAを駆り続けるデオの|《T-40》《ヨンマル》は見た目以外はほとんど別物である。
スペックだけを見れば、現役HSAに少々劣る程度でしかない。それに長年の経験が加われば、現役HSAを凌ぐことすら容易である。
「さすがに玩具は早いな」
軍人は、2RBに使われるHSAをそう侮蔑することがある。デオは貶している訳ではないがそう呼ぶ。
|《T-40》《ヨンマル》が現役HSAと並ぶことが出来るのはあくまで軍用HSA間での話である。2RB用と比べれば、相手が惜しみなく性能に安定性を裂いてくる分、特に速度面は劣ってくる。
デオはテクニカルな動きを続け、相手のHSAにスピードを出させない用に飛走する。後を追ってこようとするHSAにはこういった走法が効果的面である。
「うん?」
デオは"大筒"の奇妙な点に気がつく。
(思ったより、加速が悪いな)
両方のHSAに問わずHSAで最も求められるものそれは加速性能と旋回性能である。最高速度の差はEoMで埋めることが出来る。だからといって加速のたびにEoMを使うわけにも行かないだろう。
2対1である以上"大筒"は各個撃破を狙ってくると読むことが出来るからこその飛走りである。
まして、相手は加速性能が低いのでこちらがテクニカルな動きをするだけで距離を保つことが出来る。
「そろそろだな」
|《T-201》《ニイマルイチ》が奇襲をかけるタイミングをデオは予測し、蛇行運転から直線運転に切り替える。
デオはそれでいて相手の攻撃に備える。
直線操縦をするということは、"大筒"からすれば絶好の攻撃タイミングだ。
だが……来ない
「それならそれでいい。さぁ、ロド頼むぜ」
デオは相方に思いを託す。
ロドは攻撃のタイミングを見計らっていた。|《T-40》《ヨンマル》と"大筒"は蛇行運転でお互いに絡みあうスカイレールを描く。それ故、|《T-201》《ニイマルイチ》は攻撃タイミングを図ることが出来ずにいた。
(来た!!)
デオのHSAのスカイレールが攻撃開始とのサインを描く。
|《T-201》《ニイマルイチ》は下降を始める。EoMを撃つ為のトリガーに手を掛け……2機のHSAが蛇行運転を止めた所を見計らって、
トリガーを引いた。
砲門から"火射"のEoMが無数と飛び出す。
軍用と2RB用ではEoMの攻撃力に差が出る。前者は相手を如何なる手段を用いても落とすことを目的にしているのに対して、後者は魅せることを前提としてスピードを追求する中でいかにEoMを割り避けるかと設計されているからである。|《T-201》《ニイマルイチ》が装備する射筒もEoMを撃ち出すものだ。
EoMは使用法を限定すればするほど性能が上がる。例えば火のEoMを上げる。攻撃するのも速度を上げるのも手段は変わらない。だが、攻撃に限定することで敵機に与える威力は上がる。速度に関しても同義だ。だから、EoMは汎用性を求めるより特化させる。
|《T-201》《ニイマルイチ》の弾幕が"大筒"を襲う。
だがその直前、"大筒"が視界から消失する。
「な!!」
それに驚くがロドの手は無意識に反応して|《T-201》《ニイマルイチ》は旋回する。
|《T-40》《ヨンマル》と|《T-201》《ニイマルイチ》は再び左右へと分かれることとなる。
『馬鹿!! 後ろだ』
デオの叫び声が操縦席に響いた。
ロドの奇襲は失敗した。
突如として、"大筒"が夜闇へと消えたのだ。
いや、消えたのではない。
「雲?」
夜間なので見難いが突如発生した雲のような物が"大筒"を包み込んだのだ。
そうデオは判断する。
そして次の瞬間、雲から飛び出た"大筒"が旋回した|《T-201》《ニイマルイチ》の後方に付けるの目視した。
「馬鹿!! 後ろだ」
そう檄を飛ばす。
"大筒"が手に持った武器のような物から炎が沸き立つ。
(炎装からの火速か)
そうデオは攻撃手段を予測した。
だが、"大筒"はまだ遠い位置から武器を振りかぶると……炎刃を飛ばした。
さすがにこれは予測不能であった。いや、敵が2RB用という時点で射撃EoMを用いない代わりになんらかしらの遠距離武器があることを予測するべきであった。
2RBの本質が敵の裏をかくということを体では覚えていた。だが錆び付いた思考は咄嗟にその考えを表すことが出来なかった。
解き放たれた炎刃が|《T-201》《ニイマルイチ》を切りつける。
『うわあああああ!!』
|《T-201》《ニイマルイチ》はグラグラと体を揺らされながらも、なんとかスカイレールの上を走る。|《T-201》《ニイマルイチ》は高度を落とす。
その瞬間、再び視界から"大筒"が消失する。
いや、消失する前にデオはその目で見た。
"大筒"の両肩から雲――排気ガスを撒き散らす光景を。
「煙幕か!!」
夜闇に紛れる黒煙……確かに効果的な戦術である。
(おいおい、アイツは本当に玩具か……)
煙幕を張るHSAなど見たこと無い彼は、驚嘆する。
それでもデオは、|《T-201》《ニイマルイチ》のカバーへと向かう。
"大筒"は体制を崩した|《T-201》《ニイマルイチ》を不意打ちするはずだとそう判断したのだ。
僅かに目を見張れば黒煙がトグロを巻きながら下降している。
デオは|《T-40》《ヨンマル》は予めほぼ直角な角度でスカイレールを引く。これを下ることで|《T-40》《ヨンマル》は凄まじいスピードを得ることが出来る。これならば|《T-201》《ニイマルイチ》のカバーに向かうことが可能なはずだ。
だが、その走法は危険を伴う。その走りはほぼ落下と呼ぶに等しい。
しかし、デオはその走法――アングルダウンを身に着けた類まれな者だ。
|《T-40》《ヨンマル》が下る。風と空気の抵抗がコックピットをガクガクと揺らす。揺さぶられ吐き気を催すをほどだ。
ブレーキとスカイレールのカーブを利用して速度を落とす。
「カバー!!」
そうデオが叫んだ瞬間だった。
黒煙の中から"大筒"が|《T-201》《ニイマルイチ》ではなく、|《T-40》《ヨンマル》に襲い掛かったのは。
HSAとは思えない強靭な力で|《T-40》《ヨンマル》は"大筒"に体を掴まれ武器である刀を|《T-40》《ヨンマル》の首へと突きつける。
『デオさん!!』
ようやく体制を持ち直した|《T-201》《ニイマルイチ》がEoM発射の為の銃口を"大筒"へと向ける。
「……待て」
それをデオは|《T-40》《ヨンマル》の片手を前に出し静止する。
「俺達の負けだ」
そうロドを押し留める。
その瞬間、|《T-40》《ヨンマル》の拘束が緩んだ。デオの見立て通り"大筒"は両肩の煙突から煙を巻き上げると、一目散に逃げ出す。
『追いましょう』
「馬鹿、言っただろう。俺達の負けだ」
負けを認めたら、見逃す――それが飛走都市のライナーと軍人のいつからか出来たルールだ。
それにしても、とデオは過去を振り返る。
(昔は追いかけるほどが出来ないほどHSAを壊したりされたもんだが、とんだ甘ちゃんだな)
走り去った異型のHSAを思い出し苦笑する。
(この街も廃れたもんだと思ってたが。だが、あんなライナーがいるならSCっていうのも捨てたもんじゃねぇかもしれねぇな)
知る良しもないが、この二人が負けた原因があるとすれば、相手が一人であると誤解していたことだろう。確かに彼らが戦った相手は単機であった。しかし、"大筒"と呼ぶHSAは確かにチームで戦っていたのだ。旧式よりも更に旧式と呼ばれる黒き重身は飛走都市へと帰路に着いた。
こんばんは、呉璽立児です。
今回は2話連続投稿になりました。
さてとうとう、ディーゴも完成。スカイレールカップも目前となりました。
クリュウがSCでどのような飛走りをするのか。是非お楽しみいただきたいと思っています。
それにしても、ウエマーがキャラ濃すぎますね。
ご意見ご感想お待ちしております。