メーメの冒険
夜も深く誰もが眠りについている時間、倉庫でガサゴソと動く月に写された影が一つ。
バリバリ
魔物が骨を貪り喰うような音が、無人の倉庫に響き渡る。
無人というのは言いえて妙だ。なぜなら影は人型をしているのだから。だがそれでいて正しい。
ゴリゴリ
なぜならソレは人ではないのだから……。
「ゲフッ」
ソレは口から噯を吐き出す。
そしておもむろに手に握っていた物体を投げ捨てる。山積みにされた石のようなものに当たり、ゴロゴロと崩れる。
「美味しくないの……とんだ粗末物なの」
袖で口を擦ると、口や頬といった顔の下半分が黒く汚れる。それを彼女は気にするでもなくトテトテと歩き出す。
工場は今日も急がしそうである。
そんなこと関係ないとでも言うようにハンガーの端で、少女が足をぶらぶらさせて座っている。彼女は珍しい亜麻色の髪をしており、その身にはスカートのフレア部分がフワリと広がるドレスをまとっている。白と黒のコントラストが眩しい。
ハッキリと言えば油まみれのジーンズすがたで働く老人達が多いこの場所で彼女の姿形は見事に場違いであった。
彼女の名前はガラメーメという。本人や周囲の者達は彼女をメーメと呼ぶ。
メーメはこの目の前で修理される《ディーゴ》のOSだ。だから、飛走る以前では彼女の出番は無い。同じ身分であるはずの彼女の主人といえば、
「おじさん、ハイこれ」
「おうよ、アンちゃん働くねぇ」
と、倉庫内を駆け回っている。その姿はメーメから見ても人間の子ども同然であった。
そうクリュウを感じたとしても、メーメ自身もその容姿通りに子どもである。
「よし!! 冒険に出かけるの!」
思い立ったが吉日、メーメは立ち上がる。
スタスタと行進しながら外へと出るがそれに気がついたものは無かった。
飛走都市の工業区をメーメが歩く。工房の敷地内を出ても彼女が周囲の視線を引くのは代わりが無かった。
メーメはそんなことお構い無しとまでに道を知るわけでもないのに歩いていく。
工業区は、居住区ほど整備はされてはいない。道は石畳ではなく砂利道で舗装などされていないし、建物も歪に建築されている。そして、シャッターの下りた朽ちた工房も目立つ。
それでも、飛走都市スカイレイルと冠するだけあり、出歩いているライナーも多い。
中小工房が多い工業区というだけあり、職人やライナーも一見するとゴロツキに見えるガラの悪そうな者が多く、女、子どもはまったくという程見ない。
メーメは生い茂る乱雑な大木の合間に咲く一厘の花。木が倒れてくれば踏み潰されるそんな儚い存在に見える。
「おい、これ以上削れねぇとはどういうことだ」
周囲に聞こえるほどの怒鳴り声が突然響いた。その声の持ち主ははまるで対する相手を怖がらせる為に存在すのかという人物であった。まずは、その身なりである。平均男性よりも遥かに大きな2メーヤという身長、そしてその巨体を飾りつける鎧ともいえるであろう全身筋肉、極めつけがスキンヘッド……男はどこから見ても肉体言語派だった。
「そうは言ってもね、お客さんこれ以上は無理だよ」
工房の店員は客を刺激しないように言う。
「どこも彼処も削り過ぎだ。これ以上やったら、HSA自体が危なくなるよ」
確かに軽くすることはHSAのスピードと関連している。だが極度の重量軽減はそのまま強度の減少に直結する。
「それじゃあ、これ以上は早くできねぇっていうのかぁ……ああん!?」
メーメはチョコチョコとした走り方で、強面の男に近寄る。
「ん? なんだぁ、お嬢ちゃんは?」
突如足元に現れた少女に対して、男はそう反応する。
「そんなに、重量を落としたければ――自分自身のその無駄に無駄なく付いた無駄な筋肉を落とせばいいのよ」
HSAに乗るのであれば、確かにHSAから削るのではなく、体重を落としたほうが賢明かもしれない。見ただけでもその男の体重は成人男性の2倍はあるように見える。
確かにもっとも機体の重量を落とすよりも遥かに効率的な方法だ。だが誰もがその方法を提案しなかったのには理由がある。
「……」
メーメのその一言に周りが凍りつく。皆が恐れて言えなかった一言、それを誰ともわからない少女が言ってしまったのだ。
全ての者がメーメの悲惨な未来を予想した。大男がその気になればその少女など一捻りである。
「ああん?」
店主が目を瞑った。
(ごめんよ)
店主だって自分の命が惜しい。願わくば命を落とさないように、とそう祈る。
だが、待っても少女の悲鳴も殴るような音もしない。
店主がうっすらと目を開ける。
大男は確かに手を出していた。
その手を少女の方へと出し……その大きな手で……少女の手を握っていた。
「おお、その方法があったか!!」
「へ!?」
その強面の顔を破顔させた。笑っている……とはいっても歪で恐ろしいがその男は、感謝していた。
「どうしてそのことに気がつかなかったか、灯台下暗しとはこの事だな。ハッハハ、俺もまだまだだなぁ」
男は、店長もその事に気がつかなかっただろう?、と笑う。
店長は取り繕うように微笑む。
「いい加減に痛いのよ」
メーメは掴まれていた手を振りほどく。
「おお、スマンスマン」
「それじゃあ、メーメは行くのよ」
メーメは手を振り立ち去った。
工房を去ったメーメは居住区へと来ていた。
居住区は道も建物も整備されている。
正直メーメはここがどこかも分かっていない。
思うのは、HSAが全然無いの、それぐらいであった。
「あやー、カワイイ嬢ちゃんやねぇ」
そう言う声と共にメーメは頭を撫でられる。
メーメが後ろを振り向くとそこにはサリナと同じ服を着た女学生――ソラが立っていた。
「うわ、近くで見るとホントかわええなぁ……。でもなんだろ、昔こんな格好した誰かを見たことある気がするなぁ」
ルリが製作したドレスを見てソラはそう思う。
「なぁなぁ、アンタお持ち帰りしたらアカン?」
「アカンの!」
「そうやよなぁ……」
「メーメはごしゅじんさまの所有物なの。メーメが勝手に決めることは出来ないの」
メーメはそれとなく爆弾を投下した。
「えっ! それって……青少年だとか健全でないとか子どもの育成に悪影響を与えるだとかそういったことを……」
ソラは目の前の少女が不憫な目に会ってるのではないかと思った。
「それにごしゅじんさまはメーメがいないとHSAを走らせることも出来ないの」
(あ、そっちの方なんか)
ソラは安堵する。恐らくライナーの従者か何かなのだろうと察する。
(それにしても、こんな小さな娘に「ご主人様」と呼ばせてるんか。それに見るからに趣味が入った服着せとるなんて、とんだ変態やな……この娘大丈夫やろか……)
ソラの中では完全にメーメは可哀想な娘だと勘違いされていた。
だから、なんとか明るい雰囲気を出そうと話題を変えることにした。
今、飛走都市はSCの事で大盛り上がりだ。ソラの会話も自然とそちらの方に向く。
「それにしてもなんで、ギドレー様はこの街に来てくれんのや」
クールで俺様系なギドレーは女学生の中では人気があった。
「メーメは知らないのよ、そんな人」
「そうなん? メチャカッコいいで。あーでも、彼氏にしたいかと言えば別やな。なんか扱いにくそうやし」
「SCといえば、メーメのごしゅじんさまも出るのよ」
(うわ、薮蛇やった)
せっかく忘れさせてあげようと思っていたのに再び出てきてしまった話題にソラは頭を抱える。
空に夕日が浮かぶほどソラとメーメは話こんだ。とはいっても、ソラがメーメを猫可愛がりしただけであった。途中、露天で焼き菓子を買ったりしたのだが、メーメは、
「焼き方が足りないの。もっと、黒くなるまで焼くの」
と、素っ頓狂な注文を出して、店員とソラを驚かせた。
「アカン、そういえばウチ今日オカンに頼まれごとされとったんやった」
ソラはメーメとの会話を終わらせる。
「ええか、メーメちゃん。何かセクハラされたら大声出して助けを求めるんやで」
ソラはメーメに釘を刺す。
メーメはソラの話の半分も理解してはいなかったがコクコクと頷いた。
「ほな、またなあ」
メーメはソラに言われたように歩き再び工業区へと戻ってきていた。
「ん、なんだかいい匂いがするの」
クンクンと匂いを嗅ぐと、メーメ好みの美味しそうな香りがした。
「ココなの」
古いレンガ作りの建物がある。工業区にあるHSAが入るような大きな建物ではなかった。
メーメがその建物をドアを開ける。
「わぁ~」
その中は、ビーカーに入った魔油液や魔炭石といった様々な燃料が置いてある。
「おや……随分小さなお客さんじゃのう」
カウンターに座る黒いローブを被った人物がそう言った。
「メーメと対して変わらないのよ」
「な、なんじゃと!! う、うおっほん」
黒いローブの人物は咳払いをする。
「で、何のようじゃ」
「特に用なんてないのよ」
店主と思われるその人物は驚嘆する。
この店は、言ってしまえば燃料屋なのだが店の雰囲気が黒魔術的というか、いかにも門を潜りにくいと、敬遠されていた。
子どもに言わせれば、一種のお化け屋敷のような物だった。
「ただ美味しそうな匂いがしたのよ」
「はて……そんなもの無いがの」
店の中には、燃料ばかり……後は店主の前にあるマグカップぐらい。
「これなのよ」
そういってメーメはカウンターの上にあったマグカップを手に取る。
「こ、コラ!!」
店主は椅子から取り戻そうとするも、背が低く安定していなかったため椅子から転げ落ちる。
「ヘブっ」
その間にメーメはマグカップの中で湯気を立てる黒い液体に口をつける。
「それはワシ以外が…………」
「お、美味しいの」
「う、嘘じゃ」
「本当なの、美味しいのよ」
転げ落ちて顔まで隠れるローブが剥がれ顔が露になった――少女は驚きを隠せないようであった。
「な、ならこれはどうじゃ?」
そういいながら、少女は小さな球状で青く透明な物をメーメへと差し出す。
「はむ」
メーメはそれを手で受け取る出なく、少女の手から直接口に入れる。
「手で受け取らんか!」
「とっても甘いのよ」
「なん……じゃ……と」
少女は顎にてを当てる。
「……まさか……ワ……魔…………体……?」
その声はぶつぶつと呟くのでメーメの耳には届かない。
「これも美味しそうなの」
ゴクゴク
「いや……」
「こっちは?」
バリバリ
「なんじゃ、この音は?」
店主が考え事をしている間にとある異音に気がつく。
ふと目の前を見ればメーメがいない。
「な、なんじゃあああ!!」
見れば店内が荒らされている。もちろん犯人はメーメだ。
「こ、コラ。それは食べ物じゃ……」
少女の怒りが奮闘する。いくら言っても言う事を聞かない。
「いいかげんにせぬかあああああ!!!」
「うわっわわ、お、怒ったの!」
メーメは一目散に店から飛び出る。
「こらああああ!!」
少女も落としたローブを再び身に纏うと外へと飛び出す。
「ぎゃん」
メーメが男とぶつかる。
「観念するのじゃ」
黒いローブをはためかせ距離を詰める。
「ててて、なんだクリュウんとこのガキん娘じゃないか」
メーメがぶつかった相手はタヌキだった。
「もっとよお、どうせぶつかられるならグラマラスな……いやでもこの体格の割には意外とオッパイが……」
タヌキの手はメーメの胸の部分にあった。
「へ、変態なの!!」
「はあ?」
タヌキはドンと突き飛ばされる。
「グヘ」
と、タヌキは子どもの力で弾かれた。
「……フフフお主、あの子どもの知り合いか……」
そして倒れた先には黒魔術師風の人が立っている。
その纏うローブ姿をタヌキも知っている。
「ゲ、お化け屋敷のババァ!!」
「誰がババァじゃ。その娘が台無しにしたワシの商品の代金を払って貰おう」
「な、なんで俺様が……」
「問答無用じゃ!」
「ひ、ヒィ!!」
タヌキはしぶしぶと「なんで……」と呟きながら店へと連行される。
その店は、飛走都市で最も古い……いつ代替わりしているのか分からない店主が営業する燃料屋である。
現在は、源の賢者と賢人会で謳われるタネという老人が経営する近づくのも恐れられる怪しい店として都市伝説になっている場所であった。
先週アップ出来なくてごめんなさい。
という訳で、続きます
変換出来てなかった文字を修正しました