『純・情・闘・争』
恋愛は戦争だ。
結婚もまた然り。
戦いに勝利するためには手段など選んでいられない。
さあ、闘争の開幕だ。
* * *
「女性の体の中で、どの部位が一番魅力的か」という問いに対し「太ももっ!」と即答するわたくしの婚約者、ローレンス様。
二十八歳、ちょっと残念な美形。でも好き。
そんなローレンス様のためならば……と、太ももあらわな短いスカート丈のドレスを特注し、それを着用した上で、ローレンス様の執務室に飛び込んで差し上げたというのに。
「丈が短いだろうエドウィーナっ! 減るぞ! 見せるな! はしたないっ!」
開口一番こんなセリフ。
「婚約者とはいえ、男の前に、足をむき出しにして飛びこんで来るなど危機感が足りないっ! 飢えた獣と化した私に、頭のてっぺんから足の先まで貪り食われたらどうするつもりだっ! 初夜は結婚式の後だっ! 私が政務を行うための執務机の上が、君の初体験のベッド代わりだなんて、冗談じゃないっ!」
ローレンス様はわたくしにそう怒鳴る。
が、わたくしはにっこりと微笑んだ。
「寧ろ望むところでございます。ローレンス様とわたくしは婚約者同士。男女の恋愛における肉体的な交流を行ったところで、どこからも文句は出ないでしょう」
がぎぎぎぎぎぎ……と、ローレンス様は苦虫でもお口の中で大量に嚙み潰したようなお顔になった。
「男の理性を試すような言葉を軽く告げるのはやめなさいっ! 君が貴族学園を卒業し、結婚式を執り行った後なら文句はない。が、今は駄目だ」
「二年後に結婚式、そして初夜。それはもう決まっているのですから、今、この場で、即座に、前倒しで行ったところで問題はございません。そんなもの、人生の長さからすれば、誤差の範囲です」
「二年もの時間を誤差の範囲にするなっ! 婚前交渉などもってのほかだっ! 君の評判にもかかわるのだぞっ!」
太もも好きの婚約者に、その太ももを見せたというのに、拒絶されてしまったわ。
こうなったら、一糸纏わぬ姿になって、ローレンス様の寝台に横たわるくらいのことをしないとダメかしら……。
だけど、そこまでしても、手を出していただけなかったら、わたくし、本気で落ち込みそうだわ……。
はあ……。
とっととさっさと一線を越えたいというのに……。
やはり、二十八歳と十五歳。これだけ年の差があると、わたくしなどいつまで経っても子ども扱いなのかしら……。
仕方がない。強制的に欲情していただきましょうっ!
わたくしは、椅子に座っているローレンスの、そのお膝の上に乗っかりつつ、ローレンス様の手を取り、わたくしの太ももに、その手を触れさせようと、した。
なのに。コンコンコンというノックの音が。
「失礼します、ローレンス様。書類をお持ちいたし……」
入ってきたのはローレンス様専属の執事であるハリソンだった。
ローレンスの膝の上に乗っかってるわたくしを見て、あんぐりと口を開けた。
鳥の巣のような癖のある暗灰褐色の髪の毛の大男、ハリソン。
ローレンス様も男性としては高身長だけど、ハリソンはそのローレンス様よりも頭三つ分くらい背が高い。
体の横幅も、細身のローレンス様の倍以上あるように見える。
ちなみにわたくしは、十五の娘としてはかなり小柄だ。
身長なんてハリソンの半分ちょっとしかない。
細い。胸も……ない。ツルペタよ……。
……ええと、動物に例えるのなら、ハリソンがゴリラ、ローレンス様が黒ヒョウという感じかしら?
ああ、ローレンス様は身長だけでなく、そのしなやかなお体も、黒い髪も、本当に黒ヒョウのよう。素敵。
わたくしは……そうね。
弟のアイザックには「……えーと、エドウィーナ姉様を動物に例えるの? うーん、一見可愛らしいんだけど凶暴な性格……。金色混じりの茶色っぽい髪の毛に、琥珀色の瞳……。後ろ足で立ち上がってバンザイポーズをするレッサーパンダって、かわいいんだけど、あれ、威嚇のポーズなんだってね。そんな感じで、やっぱりレッサーパンダかなあ。ああ、アライグマかもね。かわいいけど、どう猛って……。あ、ああ、いや、姉様が凶悪とかどう猛って言っているんじゃあないですよ。えっと、そのあの……」と口を濁されたこともあったわね。
なんて、余計なことを考えていたら。
「失礼します。エドウィーナ様」
どさっと、手にしていた書類をローレンス様の執務机の上に置いてから、ハリソンはわたくしをひょいと持ち上げた。
ローレンス様のお膝の上から、長椅子の上へと強制移動。
そうしてハリソンは、わたくしをローレンス様から守るように、間に立つ。
「ローレンス様。婚約者とはいえ、若い令嬢を膝の上に乗せるなど、言語道断。それセクハラです。我が国の軍部における、性犯罪者撲殺撲滅推進委員会の初代会長であるレベッカさんに殺されますよ。今は引退なさっておりますけれど、現会長のマーガレット女史より、まだまだまだまだレベッカさんのほうが恐ろしいですよ?」
あら、レベッカさんて、そんな活動もなさっていたのね?
たしか我が国の軍部に所属していたけれど、ローレンス様にスカウトされて、この侯爵家にやってきたとかなんとか聞き及んでいるのだけれど。
ああ、ハリソンさんも、同じような経歴の持ち主で、ローレンス様がスカウトされたとか。
「…………セクハラというのなら私の方がされていたのだが……」
「どーせローレンス様が言葉巧みに誘導したんでしょうに。アンタ、口はうまいから」
おかげで軍部での出世街道、サクッと捨てて、アンタに仕えてますよ。なんて、ハリソンさんは笑う。仲の良い主従ねえ。
「……主人に向かってアンタとは、ハリソン、不遜だぞ」
あ、あらあらあらあら。
これでハリソンとローレンス様の仲が悪くなっては大変だわ。
それに迫ったのはわたくしからのほうなのだし。
「……誘導されたわけじゃないの。だけど、ローレンス様がいつまで経っても食べてくださらないものだから」
何をとは言わなかった。そうしたら、ハリソンは執務机の上のクッキーをちらと見た。
「ああ、これ、もしかしてエドウィーナ様の手作りですか?」
ひょいと、机の上に置かれていたまま手つかずだったクッキーに手を伸ばし、それをパクリとハリソンは食べた。
「すごくおいしいですよ。甘すぎなくてオレでも食えますこのクッキー。ローレンス様、ちゃんと食べてあげてくださいよ」
「……その茶菓子を作ったのはレベッカだとも。茶菓子であれば、いくらでも食うとも」
「じゃあ何を『食べてくださらない』なんですか?」
途端にローレンス様の顔が顰められる。
わたくしはハリソンに訴える。
「ローレンス様はわたくしを食べてくれないのですわ。せっかく頑張って、ローレンス様の大好きな太ももが顕わなドレスを着てきたというのに……」
「……エドウィーナ。君ね……」
ローレンス様はため息を吐かれる。
ハリソンは、わたくしの言葉の意味が理解できないようで、首を横に傾けた。
「えっと……何を、食べるって……?」
「わたくし、ですわ。わたくし、ローレンス様にわたくしを食べていただきたいの。だって、わたくしもうすぐ十六歳ですのよ。婚姻年齢には達しますし、学園卒業後の結婚式を待たずとも、もう、肉体的に夫婦になってもよろしいと思いませんこと?」
はっ? という顔のまま固まったハリソン。
ローレンス様は苦虫をつぶしたようなお顔になって、地を這うような低いお声を出されてしまった。
「だから、エドウィーナ。結婚式まで待てと、何度も何度も何度も何度も言っている……」
椅子に深く沈みこんでため息なんかを吐く姿は、セクシーですが。
ですが、たかだか乙女一人程度、お食べになってくださらないとは、ローレンス様、ヘタレ野郎ですか⁉ そんなこと、ありませんわよねっ!
「婚約者に手を出さないとは、もしや、ローレンス様、不能でございますか⁉ であれば、婚約者として、わたくし、治療のお手伝いを積極的にさせていただく所存ですが」
「エドウィーナ……私は不能ではない。それはきっぱりと断言する」
「では、それを証明してくださいませ。ささ、このままローレンス様の寝室へと向かいましょうっ!」
「だ、か、らっ! 何度も言っているっ! あれやこれやそれは、結婚式の後っ! 結婚後ならば、朝から晩までノンストップの愛欲の世界に連れて行ってやろうではないかっ! 一ダースでも二ダースでも私の子どもを産むほどになっ! だがなっ!エドウィーナっ! それは君が大人になってからっ! 十五の娘に手が出せるかっ!」
「将来いたすのなら今だってっ! なんも問題もございませんわっ!」
「あるっ! あるから耐えているっ!」
「耐えなくてよろしくてよと、このわたくしが申し上げているでしょうこの不能っ!」
「だから不能ではないと言っているっ!」
「それを今すぐ証明してみせてくださいませっ! わたくしの準備は万端でございますっ! さあローレンス様っ! 今すぐわたくしを押し倒してっ!」
「するか馬鹿者っ!」
ぜいぜいハアハアと、荒い息を吐きだしながら、わたくしたちは睨みあった。
お互い一歩も引きはしない。
ううううう、このままではわたくしが押し倒される未来は遠い。
「……ローレンス様」
作戦変更。真正面から押しの一手では勝ち目はないわね。
「……何だエドウィーナ」
「あなた様が童貞を捨てたのは、いったい何歳のときでございましょうか?」
「うっ!」
「わたくし、知っております。わたくしと婚約を結ぶ前は、ローレンス様の名は女ったらしの代名詞であったことを。我が国随一の種馬と、仇名されていたことも」
「種など蒔いたことはないっ!」
「そのような過去の話を、わたくしが今まで一度たりとも口に出さなかったのは、わたくしと婚約を結んでからは、ローレンス様に女の影が全くなかったから……でございますが。婚約以前、過去のこととはいえ、ローレンス様のあれやこれやそれは、もはや我が国の伝説と化しております。そんなローレンス様が、十五の娘に手が出せないはずはございません。ローレンス様が御年十五のときに、女性を知らなかったはずもございません。したがって、男女の肉体遊戯に年齢など関係があるはずがないですわ」
「君に出会ってからは君ひとすじだっ! どんな女なども眼中にないっ!」
「わたくしに出会う前の過去の過ちを吐けと申し上げているのですよ! さあ、十五で男女の交わりができるのか、できないのか。ご自分の過去に聞いてみてくださいませ‼」
腹が立つから今の今までは言いたくなかった。
だけど、絶対に十五歳の時のローレンス様がキヨラカな体のわけはない。
どこぞの大人なお姉さまに押し倒され、めくるめく快楽の世界にご案内されて、手練手管をその身体に教え込まれたのは想像に難くない。
正直、想像なんてしたくない。
わたくしとローレンス様では年齢差がありすぎるから、仕方がないとは思ってみてもむかむかして、くしゃくしゃして、世界を破壊したい衝動に駆られる。
きっと胸なんて、バーンっドーンって盛り上がって、化粧ばっちりで妖艶な、大人な女性がローレンス様にあれやこれやと手ほどきしたのだろう。
ローレンス様は侯爵だ。
しかも、切れ長の黒い瞳も麗しい、整った容姿のもお持ちなのだ。
下手な相手に惑わされないように、女性の扱いも、相当に習わされているはずだ。
うっかり女性の罠に引っかかり、醜聞……なんてことが起こらないように、絶対に、今まで数多くの女性を相手にしてきたに違いない。本気の恋愛だけではなく、訓練としても。
ああああああもうっ!
想像するのも嫌っ!
悩むののも嫌っ!
どうせわたくしは十五の子どもよっ!
大人のローレンス様に相手にされていないのよっ!
婚約だって、わたくしのほうから無理を言って、結んでいただいたに過ぎないのだものっ!
あ、あ、あ……、悲しくなってきたわ。
早く早く早く。わたくしをローレンス様のモノにしていただきたいのに……。
涙がこぼれそうになったとき、ローレンス様の執務室に、ドンドンドンと銃声三発、鳴り響いだ。
短銃を手に、現れたのはレベッカさん。
現在の、ローレンス様の護衛の女性だ。
「ローレンス様、今は執務の時間でございますよ」
にっこりと実に麗しいお顔で微笑んでいるけれど、纏う空気は恐ろしいほどにどす黒い。
「ひっ!」と声を出したのはハリソンだ。
ローレンス様と言えば明らかに安心したような声で「すまないね、レベッカ」とにこやかに謝ってる厚顔さ。
うーん、レベッカさんの機嫌は、わたくしと言えども損ねたくはない。
護衛の皮をかぶった実力者。
レベッカさんに逆らったら、きっと明日はない。
けれど、わたくしも、ここで大人しく引き下がるわけにはいかないの。
わたくしは即座に泣く一歩前の表情を作る。
「レベッカさああああああんっ! ローレンスさまが、ローレンス様があああああ、わたくしのこと、抱いてくださらないのよ……っ!」
わたくしは、目尻に涙を浮かべながらレベッカさんにしがみつく。
あらあらあらと、レベッカさんは優しくわたくしを抱きとめてくれるけど。……このふくふくしているレベッカの胸は正直憎い。
そう、わたくしの胸は、真っ平のぺったんこ。
ローレンス様が、揉んで育ててくれれば、あっという間に大きくなるはずなのに……。
「レベッカさんみたいな気持ちいいお胸に、わたくしだって早くなりたいのにっ! なのにローレンス様が……ローレンス様が……」
すんすんと泣きまねをする。
頭をなでてくれるレベッカさんの手は気持ちいい。だけどやっぱり嫉妬してしまう。
「不安になることはないのですよ、エドウィーナ様。ローレンス様はあなたにメロメロですし。もしも浮気をするな、この銃で蜂の巣にして差し上げます」
銃を構えるレベッカさんはカッコいい。
嫉妬もしてしまうけど、実はちょっと憧れの人。
「ローレンス様が浮気しましたら、わたくし、自分の手で、直接葬りますから」
「浮気などするものか。私は君ひとすじだと何回言えばわかるのかね、エドウィーナ」
憮然としたローレンス様の声が横から入った。
「男としての甲斐性がないローレンス様のせいでしょう。エドウィーナ様が肉体関係を早期に結ばなければ……などと、思いつめるほどに不安にさせているとは言語道断です」
援護射撃をしてくれてるレベッカさん。でも……。
「ごめんなさい、レベッカさん。不安とは、ちょっとちがうの……」
ローレンス様とレベッカさんとハリソンが、じゃあ何か? という疑問の目付きでわたくしを見た。
「……思春期真っ盛りの十五歳。めくるめく大人の世界に興味津々……」
「エドウィーナ……、君ねぇ……」
「エドウィーナ様……。さすがにご令嬢の発言としてはいかがなものかと……」
白い目で見られると……、さすがのわたくしも……辛い。
本当の理由を言わないままに、ローレンス様に初体験を奪っていただきたかったのだけれど……。
ああ、やっぱり駄目ね。
ちゃんと、いわないと。
「……そう言うのは半分本気で半分冗談ですわ。でも、わたくし、本当に困っているの……」
「なにかあったのか、エドウィーナ」
意を決して、わたくしは告げた。
「貴族学園の、わたくしと同じ学園に王太子殿下がいらっしゃいますわよね」
「ああ。デレク・グリフィン・アクランド王太子殿下……でございますね」
「馬鹿殿下がどうかしたのか?」
そう、王太子殿下。わたくしが急いで初めてをローレンス様に奪っていただかねば……と、焦っている原因のうちの一つ。
「平民の娘から高位貴族の令嬢まで。毎日とっかえひっかえ女性を侍らせているのですが……」
レベッカさんの表情が一気に凍った。ひょおおおおおおお……と、擬音が付きそうなくらい、背後に寒風が吹きすさんでいる。
「……最近、頻繁に、わたくしに、お声をかけてくださるようになりまして……。それだけではなく、二人きりで会いたいとか、その、空き教室に連れ込まれそうになるのも、しばしばで……」
バキッと、なにかが壊れる音がした。
見れば、ローレンス様が座っている椅子のひじ掛けが、ばっきりと折れていた。
「これまで何とか逃げてこられましたけど……。王太子殿下のご命令にいつまで逆らい続けられるか……。貞操の危機……、もっと言うならば、強姦の憂き目にあう前に、せめてハジメテは、ローレンス様に、と……」
言い終わらないうちに、レベッカさんが恐ろしいほどに美しい笑みをその顔に浮かべた。
美しすぎて、人間には見えないほど。しかも、寒風吹きすさぶではなくて、暗雲が……立ち込めて……というか、雷鳴轟いているような……。
「そう……、あの馬鹿王太子が、ね……」
ぼそりと呟かれたその声に被さるようにして「ジャッキンッ」という重々しい金属的な音がした。
あの、レベッカさん? そのライフルは、どこから取り出したのですか? 先まで手にしていたのは短銃だったはず……。
「そんな理由であなたの大事な初めてをドブに捨る必要はないわよ……」
ふっふっふ、と低く響く笑い声。
え、えっとレベッカ、さん?
「盛大な婚約披露パーティに結婚式披露宴。新婚旅行に旅立って、そこで初めて君を抱く。そして二度離さないと私は決めているっ! 簡単に茶でも飲むようにあっさりと大事な君の処女を奪うつもりはないっ!」
「危険な目に遭うからって言うのなら……。それくらいのこと、即座に解決して差し上げますから、ご安心くださいませね」
解決ってあの……レベッカさん?
あ、あの、わたくし、ローレンス様と一線越えたいだけなんですが。
馬鹿殿下なんて、ちょっとして口実で……。などと言いだせる雰囲気では全くない。
いつの間にやらローレンス様も、その手に、侯爵家に代々伝わる伝説の、ドラゴンをも倒すというロングソードが握られていた。
ローレンス様も、それ、どこから取り出したのでしょうか……。
「行くぞ、レベッカ」
「はいローレンス様」
そうして二人は颯爽と執務室から出て行こうとして。
「えっと、あの……レベッカさん? ローレンス様?」
わたしは思わず呼び止めた。
とにっこりと、笑顔が更にグレードアップ。
まさに地獄の天使の降臨だった。
あの……超満面のその笑顔、怖いのですが……。眼が全然これっぽっちも笑っておりませんわよね……。
「君は安心して待っていなさい」
大魔神みたいなローレンスも笑顔の大盤振る舞いなのだけど、目の奥は北海の海の荒波よりも、荒々しい。こ、こわ……。そのような鋭い眼光、初めてみましたわ……。
「えっと……あのその……?ローレンス様? レベッカさん……?」
どこに、なにをしに行かれるのかしら……。
暗雲背負い、そして邪魔をすれば殺すと言わんばかりの鋭すぎる眼つき。
行くぞレベッカ、はいローレンスなんていう阿吽の呼吸というのかしら、お互いの意思の疎通がはかれているお二人に、嫉妬なども出来る余裕すらない。
けれど、わたくしには何が何だかわからない。
ハリソンさんは、壁に張り付いたまま、微動だにしていない。
「……ハリソン」
「い、イエッサーっ!」
重低音の艶ボイスに指名され、ビシッと軍隊式に、直立不動で敬礼したハリソン。今は執事であるけれど、元々軍人だった経歴が、こういうとっさのときに、ほの見える。
「私たちが帰ってくるまで、この屋敷でエドウィーナを保護しておけ。ああ、アイザックも呼ぶように。エドウィーナの客間はいつもの部屋。護衛はレベッカ直属の、精鋭女性部隊を全員、速やかに所定の位置に配置せよ」
「か、かしこまりましたっ!」
「ああ、エドウィーナ。夕食の時間までには帰るから。ここで大人しく待っていなさい」
「わ、わかりましたわ……」
そして、どこの国の軍隊が攻めてきたとしても、絶対に守り切れるとローレンス様が以前に言いきった部屋の中で。弟のアイザックも呼ばれ。
何も聞けないまま、待つことしばし。
にこやかなお顔のローレンス様とレベッカさんが帰ってきた。本当に、夕食の時刻に間に合うようにして。
「安心しろエドウィーナ。デレク・グリフィン・アクランドは去勢の上、廃嫡となった」
「は?」
あ、あの……ローレンス様?
レベッカさんも、珍しい満面の笑み。
「これで焦ることなく、ちゃんと初夜は結婚式当日に送れるでしょう?」
「あ……ハイ……」
「久しぶりに、性犯罪者撲殺撲滅推進委員会の元会長としての実力を発揮したな、レベッカ。頭脳のさえも弁舌も、何もかも衰えておらん。むしろ、以前よりも輝きを増しているのではないのかな?」
さすがだ……などと、ローレンス様はレベッカさんを褒めて。
レベッカさんは澄ました顔で「恐れ入ります」なんて、返事をしているけど。
いったい何があったの……?
わ、わたくしは、単にさっさとローレンス様との初夜を過ごしたかっただけなのに。
弟のアイザックは「僕、なにも知りません、見てません、聞いてません」と、ハリソンさんと一緒に部屋の壁際で小さくなっている。
ローレンス様たちが、なにをどうして王太子殿下廃嫡に持っていったのか。
その手腕を知りたい気もするけれど……。
何はともあれ、わたくしの、とっととさっさとローレンス様と初夜を! という目的は、果たされることなく終わってしまったということね……。
がっくり。
ああ、いつになったらめくるめく愛欲の日々に突入するの?
まだ二年も待つなんて嫌っ!
キヨラカ生活なんて、もう耐えられえないっ!
悔しい……。
悔しいわ……。
いいえ、めげてなるものですか。そう、リベンジよ。
一度や二度や三度や百度程度の失敗で、諦めてなるものですかっ!
次こそ、ローレンス様とのベッドインを果たすわよっ!
カラダを洗って待っていなさい、ローレンス様っ!




