勇者と王冠。
勇者と、王冠。
誰がための、嘘か。
眩しい。
王宮の謁見の間に入るのは、魔王城に向かったあの日以来だ。
相変わらず、やたらと豪奢な床、壁、天井。
砕かれて装飾の一部になっている魔石の欠片が煌めく。これだけで、いくつの村の食料危機を救えるのだろう。
「みごと魔王を討伐なされた勇者殿の、おなーりー」
宮中行事担当官の、張りのある声が響く。
衣装が、意匠が。眩しい。
すべてが、くだらない。悉く。
虫唾が走る。
それに比べ、漆喰の壁の中、無造作のようで実は魔法陣の図に沿って押しこまれていた結界や魔石たち。
装飾のすべてが防御や攻撃のために存在していた魔王城は、居心地がよかった。懐かしい。
貴族どもが皆、俺に頭を下げている。
そうだ。
見るな、そして、俺の前で、なにかを想うな。
俺が思うことは、それだけだ。
王女と、王妃と、国王。
俺を見据えるのは、この三人だけ。
最初に口を開いたのは、王女。
「勇者様、この国をお救いくださいましてまことにありがとうございます」
『なぜ王女たるわたくしがこのような平民に労いを……。顔と体はよいけれど、所詮は平民』
心配するな。お前などに興味は無い。
くれると言われたら要らぬとつっぱねる。
小さな小さな村の村長の子ども。平民中の平民。それが俺こと勇者である。
誇り高き平民を、舐めるな。
そもそも、俺は、お前らの勇者ではない。
『この国で最も小さき村の長の子が勇者であるとの聖剣のお言葉なり』
そんな予言を王宮の大魔導師がくだしたおかげで、『背くならば村の税金を十倍に跳ね上げる』と脅された村。
泣きながら、洟を垂らしながら『すまぬ、すまぬ』と俺に詫びてくれた村長である父。
そして、兵士に縋ってまで、『息子を連れて行くな』と。
ひたすらに俺の名を呼んでくれていた母。
子を呼ぶ母の声。あの声以上の力を、俺は知らぬ。
さらに、泣きわめきながら、あるいは、叫びながら。
豊かではない貯蔵から、干し肉やなにやらを俺のために渡してくれた村の民たち。
そういえば。
大事なそれらに『黴が』『斯様に質素な』などとぬかした騎士がいたので、羽虫がいた、と幾人も張り飛ばしたことを、今、思い出した。
あれは、悪かった。
例えた羽虫には。
ほんとうに、悪いことをした。
俺が勇者である理由。
即ち、この世で俺が護りたい存在。それは、あの村と民だけだ。あとは、村の飼い犬や飼い猫たちと、家畜や畑なども。
宮中吟遊詩人が、聖剣と勇者の旅を語る。
宮中楽士の音の溢れる中、声が響く。
聖剣を翳し、荒れた海を凪とせしむ。
勇者は、渡る。
そんなやつは、知らない。
汚泥溜まりには、何度か入ったが。
魔物を屠るは、輝く聖剣。
これは、事実。
鞘から抜くことができるのは、勇者のみ。
振ることもまた、という王国代々の国宝、聖剣。
それを抜いたのは、俺。
あのとき。
高級馬車に乗せられ、王都に着いた日。
生まれて初めて、川や雨で体を洗うのではなく、湯浴みというものをさせられた。
母が繕った服を洗濯後に返却してくれと言えば、『ならば、雑巾布にいたします』と言われ、侍女を叱り飛ばした。
手を出さなかったのは、母のことを思ったからだ。
あの侍女はそのあと、見たことがない。
用意された首回りが痛いだけの衣装に着替え、謁見の間に入ったとき。
聖剣と、相対した。
抜くも抜かないもなく、俺のもとに、聖剣がやってきた。
『待っていた』
そう言われた気がした。
鞘などは、やたらと派手なものを用意されたので、『地味ながら、質のよきものを、と聖剣が申している』と伝えたら、そういったものが出てきた。
あるのならば、最初から出せ、だ。
大魔導師は聖剣が抜かれた歓びの姿のまま、天に還った。
人族ながら、勤めたのは百八年。
よくぞ、の大往生だったらしい。確かに、百八年の前に大魔導師としての長い習いの期間もあったことだろう。
つまり、聖剣の言葉を知るものは俺以外にはいないというわけだ。
『ならば、あいつを』
縋る母を蹴りつけた兵士の顔は、覚えていた。
忘れるものか。
『勇者が騎士を選び、試し斬りをせねばならぬ』
聖剣の言葉だと言うと。
『聖剣の言葉は絶対。自由に選んでよい』
国王は、言った。
そのため、そいつの面相を伝えた。
間違いないと確信したやつを両断することにしたのだ。
先に、似た面相の平民を差し出そうとしたことは、すぐに看破した。
あの薄汚い魔力を、勇者が覚えていないとでも思ったのだろうか。
『替え玉とは、聖剣と勇者を舐めているのか』
「……と、聖剣が申しているが、いかがか」
聖剣の言葉であると。
いま一度、伝えた。
どうやら、大貴族の縁者だったらしいが。
「聖剣の言葉を二度も無視するのか。果たして、聖剣の許しがあるのかどうか。俺は、知りませぬが。試されますか?」
こう伝えたら、国王も誰も彼も、静かになった。
連れられてきたそいつは、なにかを言っていた。
聞く価値などないので、もちろん、斬った。
両断したところで、なにが変わるわけでもなかった。
そうか。
舐めていたのは、勇者ではなく、平民か。
得心した。そして、俺の腹は決した。
それはそうと、装備や食料などには、金をかけさせた。
無駄な装飾ではなく、効果だ。
仲間を、と言われたが断った。
『魔王城に単身で向かうこと、そして、勇者の村への税の徴収は今後一切、罷り成らぬ』
聖剣が言ったと。
そう伝えたら、玉璽入りの書類が作られた。
「作るだけで守らぬときには、王とその一族、王宮に関わるもの、そのすべてに呪いがあるそうにございます」
俺は、実に、にこやかに王宮を出た。
王宮の調査員らしきものが追尾してきたが、ほおっておいた。
気配を消しているつもりなのが、笑えたからだ。娯楽は大事だ。
そんなとき。
俺の噂を聞き、単身で野営の場所にあらわれた魔族がいた。
『勇者と闘いたくて、探していた。闘ってくれ。あと、これ。勇者を付け狙っていたので退治したぞ』
土産のつもりか、肉塊を出してきた。
調査員だ。
追尾するのに高価な絹を着ていたのは何故なのだろうか。
「よかったら食ってくれ」と伝えた。
魔族はそうかといい、頭からばりばりと齧っていた。
『不味いな。やはり、鶏や牛や豚や羊がいい。猪や熊もいいが』
「そうか。いい好みだな。ならば、酒と浄化した水と、どちらを好む?」
「酒を。赤葡萄酒はあるだろうか」
「やはり、いい趣味だ。なあ、闘うのは明日にしないか。お前と話をしたい」
革袋を投げてやると、旨そうに飲んでいた。
『旨い酒を奢られた相手に、断る理由はないな』
焚き火を囲み、チーズとパンを焼き、話をした。
そこで、初めてきちんと魔族を見た。
魔王の側近という鬼の魔鬼人だった。
胸板が厚く、角が立派で、快活。
勇者の俺と、魔鬼人。この二人なら火の番もいらぬだろうと、二人、隣合って寝た。
日が昇り、顔を洗い、飯を食べ、闘った。
楽しそうに闘っていた。
たぶん、俺も。
聖剣で、斬ったときにも。
笑っていた。
一刀両断。
不快な痛みはなかったはずだ。
『楽しい闘いだった。ありがとう』
最期まで、笑っていた。いい表情で。
「こちらこそだ」
さらさらと、溶けていった。
溶けた塵は、地に還った。
俺は、少しだけ、泣いた。
「勇者殿、魔王を討伐して頂いた恩、この国の王として深く礼を言う。褒美はなにを望まれるか?」
『失ったものは貴族の令息一人の命とあの小さな村の税収のみ。それで、魔王を倒すとは。確かに、この国から魔族はかき消えた。この者は勇者に相違なかろう。それにしても、戦利品は魔王の王冠のみ、しかも、勇者以外には触れられぬとは……。金銀財宝でも持ってくれば、王女はともかく、公爵家の婿にでもしてやったのに』
そうだ、これがまだ、続いていたのだ。
ああ、くだらない。
魔鬼人との邂逅の回想のほうが、百万以上の倍、楽しい。
だが、俺が話さねば、この茶番は終わらない。
「褒美。ならば、我が村への約定はもちろんのこと、わたしには、誰も訪わぬ、遠い遠い地方を下賜頂きますことを望みます。あとは、苗や種や、家畜などを。そして、今後一切、誰一人、わたしの領地には入らぬというご確約を、玉璽入りにてくださいませ」
あの村には、帰らない。
俺が帰ることで、あの村が、勇者を利用しようという屑の餌食にされてはならない。
いつか、勇者が戻るかも知れぬ村。
そうしておくのが、よいのだ。
「……まことか?」
『その程度でよいのか? 王女を、などと言われたらどう躱すかと考えておったほどであるのに』
「はい」
茶番は、終わった。
『……勇者よ。うまくやったな』
「ああ、お前が最期に残した、嘘が分かる呪いのおかげでな。家畜たちも、お前に預かってもらえてよかった」
俺たちは、既に王都を出ていた。
俺が肌身離さずにいた王冠から、声がした。
魔王の声だ。
王冠の、預かる術。
家畜たちや、植物の種やいろいろも、王冠の中。亜空間魔法とかなんとかいうらしいが、よく分からない。
ただ、王冠の重量のままであることは、すごいとは思う。
王冠。
これは、聖剣と、それからもともと憎くて伐ったわけでもない、魔王の魔力の残滓が融合したものだ。
一応、魔王の意識も残ってはいるらしい。
思い出す。
俺が三年かけてたどり着いた、魔王城。
『よくぞここまで。ならば、俺を倒していけ』
そう笑った門番は、職務に忠実だった。
最期に、勇者の名を聞きたいと請われ、名前を伝えた。
『ありがとう』
笑いながら、門番は塵になっていった。
門番を屠ると、すぐに魔王の側近とやらが現れた。
角は隠れていたが、魔鬼人のようだった。
側近同士、おそらくは仲間なのだろうと、あの魔鬼人の最期を伝えた。
いい奴だった、と言うと、『ありがとうございます。実はあいつは、妹なのです。魔族でも、女と知るや手心を加えるものがおりますが、勇者殿、貴方は違った。ありがとうございます』
妹。やはりそうか。
もしや、とは思っていたのだ。
これは失礼をした、と、言い換え、革袋を渡した。
「あいつは、いい奴で、そして、強かった。あいつが旨いと言った赤葡萄酒だ。貴殿も飲んでくれ」
『ありがとうございます、勇者殿』
頭部の布を取り、側近は角を見せた。
『角を見せますのは、敬意の証にございます。魔王のもとにどうぞ、勇者殿』
『よくぞ参られた』
大きな角を顕わにした魔王は、一対一の勝負を望んでいたのだと言う。
ただ、魔王の角は一本だった。
『気になるのは角のことか。いずれ』
魔王は、心が読めるらしい。
だからなんだ、ということもなかった。不快では、なかった。
まずは、食事と休養をと、豪華な食事を用意された。
豪華なとは言っても、豪勢さを見せつけ、なにも考えずに食い散らかし、その余りが城の勤め人たちの貴重な食事となるのだということなど、理解どころか想像さえしてはおらぬ屑どもへ供されるようなものではない。
「勇者よ。言っておくが、ここまでに斃した魔族たち、魔物たち、そして、側近ならびに門の番人のことを気に病むことはない。彼奴は皆、誇りを保ち、魔国の塵となったのだからな。安心せよ、斃れしは人の国であろうと、塵となれば必ずこの地に還るのだ。我が国の民に誇り在る死を与えし、勇気あるもの。そう、勇者。勇者には、敬いを。たとえ、あの国に侵略をしたとしても、勇者の村には一切の手出しはせぬ。むしろ、護ろう。これは、魔王として誓おうぞ」
俺から村を。村から俺を。
取り上げたあの国よりも。
はるかに誠実な申し出だった。
『このものに、この国にならば、屠られてもよいな』
この国で野ざらしになるのならば、悪くはないと。
俺は、そう思った。
魔王との闘いは、三日三晩続いた。
飲まず食わず、眠りも排泄の要もなく。
おそらくは、魔王の魔法だったのだろう。
そんな、魔王の最期。
俺が心の臓に突き刺した聖剣を取り込み、王冠へと変化をしたのだ。
そして、こう言った。
三つの言葉を。
『お前に呪いを掛けた。人の嘘は、すべて、お前に伝わる』
『魔王の配下たる、すべてのものよ。勇者を呪うてはならぬ。挑んではならぬ。勇者が生きる間は、人の国に行くこと、罷り成らぬ』
『勇者よ、お前が天に還るときまで、呪いは続くぞ。魔王たる我は、姿を変える。邪魔はせぬから、勇者の終わりを愉しませてくれ』
魔王は俺と、それから魔王城に属するすべての魔のものたちにそう伝えた。
そして、王冠となった魔王は、俺の傍を離れなかった。
俺だけが触れることができたその王冠は、辺りに飛ばしても、いつの間にやら戻ってくるのだ。
まあ、追いやるつもりなどはなかったのだが。
王冠と共に居るようになったあの日以来、俺は一度も魔族に会っていない。
玉璽などなくとも、約定を守る。
魔族のほうが、あいつらなどよりはるかに信頼できた。
『どうした』
王冠に聞かれ、言葉を返す。
「なんでもない」
与えられたのは、ほんとうに、小さな土地であった。
それでも、崖はそびえ、魔木は生い茂り、籠もるのにはよい環境だった。
そこに、家畜たちを放つ。
王冠のおかげか、土壌を豊かにする魔法などは、容易かった。
筋力を向上させる魔法くらいしか操れない俺よりも、はるかに役に立つ魔法だ。
家畜たちもしぜんに増え、一人には充分な実りもあった。
飲料として使える地下水も湧き出し、大地の乾きも、潤せた。
一人で、たった一人で。
だが、俺には王冠がいた。話ができた。
『魔王はな、人であることに飽きたものが成るのだ』
「強すぎて、孤独なものか」
『そうだ』
世間話のように、こう言われた。
魔族としてはそうとうな秘事であろうが、書き残すつもりなど、なかった。
王冠の話は、面白い。
俺だけが、聞けばよい。
数年の後。
俺は、そうだ、と。
この地に来た最初の頃に、王冠に聞いた話を思い出していた。
『あの魔導師はな、実は魔族、我の側近であったものだ。我ら代々の魔王は、死期を悟ると、自らの力で最も忌み嫌う剣、聖剣を成す。その材料が、角だ。ゆえに、我は片角であったのよ。それを用いてとどめを刺しにくるもののために。そして、残りし角は、魔王が平らかに眠るために使われる。お前もいつか、角を生やすのかもな』
「なんだと? では、魔王もかつては人族であったのか?」
『どうであろうな。ああ、勇者を呼んだ魔導師、いや、大魔導師か。あのものは、百八の前に、千八、九百は生きておった。人の国を見たいというもの好きだったので、聖剣をあの国に置いて来るように命じたのだが、まさかそのまま国に残るとはな』
そうとうな年数……百八年もそうとうなものだが、それよりも以前から聖剣が王国に存在していたというのは、大魔導師のまやかしか。
『そのとおり。書なども自らが書き、王宮の秘匿書物庫に忍ばせたのだろうよ。あのものは、そういう細かな騙しを好んでいた。最期はよい顔であったろう?』
「ああ、こうありたいと願うものが多いだろう」
『魔族は、自らの欲を果たしたときは塵となり、魔国の土に還るのだ』
「俺たちが闘う前にも、そう言っていたな。そうだ、俺に挑んできたものも、門番も。うん? 大魔導師は……」
『ああ、そうだ。あのものは塵にならず、王国に残ったらしいな。我らの国か、人の国か。他者のためになにかをしたからであろう。己の欲のみ、ではなかったということだ』
「……大魔導師が、勇者を、俺を探させたのは、王国のため?」
『さあな』
王冠は、笑っていた。
なぜか、それが分かった。
そんな日々の、あるときに。
たびたび、俺は異常な痒みを感じるようになった。
痒い、痒い。
そのうちに、左右の耳の上に、瘤のようなものが浮いてきた。
「これは、まさか」
『ほう。以前、話したな、その痒み。角擬きだ』
人に飽きたものが魔王になるのではなかったのか。
「俺は村のことは思っているぞ」
『知っている。だが、ほかはどうだ』
確かに。俺はあの村以外がどうなろうと、正直、どうでもよい。
待てよ。
「まさか、王冠。お前も?」
『さあ、どうだか。我は嘘つきなのだ』
そうか。
その答えが面白くて、痒みはなんだかどうでもよくなってしまった。
それから、さらに。
俺たちは、話をした。たくさん、たくさん。
『魔族に襲われたというのは、ほとんどが人同士の諍いだな。魔族は基本、人族には近付かん。肉や血なども、家畜のほうが旨い』
「だろうな」
『だが、お前の噂があるからな。あの村だけは、平和だ』
「ああ、そうだな。王冠よ。俺たちは、いろいろな話をしたなあ」
『そうだな』
そうだ、この土地での日々は、楽しかったのだ。
だが、いつの間にか。
時は、経っていた。
『すまぬ。話はもう、できそうにない。魔力を使い切ったようでな。勇者よ、魔王になりたくないのならば、ずっと、ここに居ろ。ここに居るならば、お前は自由ぞ』
王冠は、こう述べた。
突然すぎると思ってはみたが、もう、二十年、三十年は経っていただろうか。
そうだ、聖剣の、あの声。
『待っていた』
待ってくれていたのは。
そうであるからこそ。
まさか、その間の。
俺の、この暮らしが楽であったのは。
王冠、いや、魔王よ。
「角の力を用いたのか」
『ばれてしまったか。安心しろ。お前が天に還るまでは、この暮らしは守られる。植物も、家畜もな』
なにを、なにをしていたのだ。
片方の角が残りしは、魔王が平らかに眠るためのものではなかったのか。
『お前を気に入っているのだ』
「なにを言うのだ、俺は、お前の仇だろう。それに、俺が天に還るまでは、共に在るのだろう? そう、そうだ。もし俺が次代の魔王であるならば、貴様は魔王にならねばならぬのだ、と、偉そうに述べろ。嫌な奴になれ。そうだ、そうしろ!」
その刹那。
あの痒みが、戻ってきた。
やっと、やっと分かった。
王冠は、魔王は。
限られた魔力を少しずつ、少しずつ、使ってくれていたのだ。
その行いは、まるで、蝋燭の芯に油を染み込ませていくかのように。
そして、ついに。油は、尽きたのだ。
なんということだ。
「嘘だと、言え。俺のためになど、なにもしておらぬと、言え。待ってなどいなかったと。憎いと、言え……醜く老いさらばえた勇者を嘲りたいのだと、言え。そうだ、気に入っているのだ、などと言ったのは、嘘だろう。なあ、嘘だと、言えよ、なあ」
『ああ、あれは、嘘だ』
王冠は、魔王は。
嗤っていた。
嘘では、ない。
それは、分かった。
だが、あれは、とは。
明かさぬままに、王冠は、静かになった。
あれだけ痒かった俺の角擬きは、すっかりなりをひそめていた。
だが、それは確かに俺の耳のうえにあった。
そのうち、立派な角になるのだろう。
そして。
塵にはならず、ただ、話さなくなった王冠を、抱きしめて。
俺は、ただ。
嘘は、どれだ。
どれだ、どれだ、どれだ、と。
ひたすらに、啼いた。
啼いて、啼いて、啼いて。
そして、ただ、ひと言。
よくも嘘をついてくれたな、友よ。待っていろよ、と。
そう、呟いた。
≪完≫
誰がための、嘘だったのか。
ご覧くださいました皆様に厚く御礼を申し上げます。
もしもよろしければ、いいね、ブクマ、ご評価など、どうぞよろしくお願いいたします。




