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天秤にかける

 学童保育に迎えに行き一緒に帰宅した俺と姪っ子。

「今日お仕事は?」

「ないよ」

「ふ〜ん」

「一人で留守番嫌だろ?」

「どっちでもいい。あれ?ここに置いといたオグリキャップは?ないよ?」

「………」


 本当にわからん。子供ってもっと素直な生き物なんじゃなかったか?こいつが特殊なのか……。俺の決心を鈍らすなよ。


「ちょっと話があるから座れ」

「オグリキャップは?」

「………昨日洗って干しただろ?」

「そうだった。思い出した!」

「とりあえず座れ」

「ランボルギーニ洗える?」

「ミニカーは無理だろ。とりあえず座れ」

「わかった」

 話がコロコロ変わるのにもだいぶ慣れた。

「いいか。大事な話だからな。ちゃんと聞けよ」

「うん」

「お父さんが来た」

「誰の?」

「お前のだよ!」

「ふ〜ん」

「正確にはお前のお父さんかも知れない人だ」

「なにそれ?」

「検査して見ないとわからないと言う事だ。だから検査してみるか?」

「注射やだ」

 そう言えばDNA鑑定って何で調べるんだ?

「多分注射じゃねぇよ。髪の毛とか唾じゃねぇのか?」

「髪の毛抜くの?全部?やだよ」

「全部じゃねぇよ!」


 駄目だ。話が進まねぇ。


「とにかく、痛くないから。だから検査してみるか?」

「………どっちでもいい」

「お父さんかも知れないんだぞ?」

「よくわかんない」

「………じゃ、じゃあ検査して本当にお父さんだったら………」


 あれ? 俺は次の言葉、一緒に住むか? に躊躇してるのか?


「引っ越しなの? 学校変わるの?」

「………」

 本当にこいつは頭が良いのか、察しがいいのかわからん奴だ。まあ、俺もわかり易い男だから、こいつに限った事ではないかもしれないが。て言うか心配それかよ!

 しかし次の姪っ子のキラキラとした眼の言葉に俺は一瞬、複雑な戦慄が走る。

「お父さんか〜。会ってみたい!」

「え?」

 そうだよな。今まで父親の存在なく育って来たんだもんな。大人だったとしても、どんな人だろうと単純な好奇心が芽生えるのは当然だ。ましてや子供だ。好奇心をくすぐられたら優先するに決まってるよな。

 でもこいつが会いたいと言い出すなんて思ってもみなかった。

 俺はガキだのお前だの、口悪く接していたが、猪木と言う男に優しくされたら、こっちがいい!とか言いそうだ。

 優しい実の父親と口の悪い前科持ち、しかも経済的に自立してない実の叔父。

 天秤にかけたら……明白だな。


 俺は一瞬躊躇したが、何かを覚悟する心境で交換した連絡先を確認して猪木へメッセージを送った。

 【一度三人で会って話し合いをしませんか?】

 俺は生涯初めて、メッセージ送信と言う行為に深い後悔の念を抱いた。

◇◆◇◆


 (来たか………)

 翌日、夜7時。

 俺と姪っ子は猪木が手配した料亭の個室で待機していた。

 メッセージを送ってからは早かった。頼んでもいないが、猪木は素早く場所や時間のセッティングを完了。

 奴の姪っ子に対して全てを優先すると言う並々ならぬ決意の表れを嫌と言う程見せつけられた気分だ。

「はじめまして淑美ちゃん。今日はわざわざ来てくれてありがとう」

「あ、大丈夫……淑美です。はじめまして」

 淑美は照れてうつむいている様に見える。違うか?いきなり礼儀正しく挨拶されたから動揺してるのか?とにかく猪木に対しては好印象の様だ。

 それに引き換え俺はなんだ?

「おいガキ。お前はウチに来い」

「さっさと上がれ」

 確かこんな感じだったと思う。

 猪木は俺と姪っ子の向かいに座り、話し始めた。

 今日は患者が多かった事、明日は朝から地方へ訪問医療に行く事など、聞いてもいない事をベラベラと。

「淑美ちゃん。ここのお魚の煮付は美味しいよ。あ、でも淑美ちゃんはお魚嫌いかな?」

「好き! あと、カニ!」

「そうなんだ~!じゃあカニも頼んじゃおうかな? ハハハ!」

「おじちゃん今日は車で来たの?」

「え? ああ。車だよ」

「なんの車?」

「なんの? 車種の事かな? レクサスだよ」

「ラグジュアリークーペ?」

「おおっ!? すごいな淑美ちゃんは?! そうだよ。ラグジュアリークーペだよ」

 レクサスだと?

 おいおい……いくらすると思ってるんだ?

 しかも姪っ子の知識、底なしだな………。

 その後、雑談と言う名の交流は一時間以上が経過し、猪木と姪っ子のオンステージで幕を閉じようとしていた。


「ねえ。おじちゃんはお父さんなの?」

「ハハハ! それは検査しないとわからないんだよ。だから淑美ちゃんにも協力して欲しいんだ」

「痛くない?」

「大丈夫。痛い事はしないよ。おじちゃんは医者だよ。約束する」

「わかった!」

 子供なんてこんなもんだ……。

 人間を深くなんて見ない。

 ご機嫌取られれば相手を好きになる。終わったな……。残念だが。俺はやっぱり敗北者。

「淑次も調べようよ!」

「は?」

 こいつは何を言ってるんだ? 馬鹿なのか? 俺が父親である可能性を見出しているのか? まさか!? お前の希望は俺か?! 俺なのか!?

「馬鹿! 俺はお前のお母さんの弟だ。俺は検査なんて必要ないんだよ!」

「だって今一緒に住んでるじゃんか」

「一緒に住んでるからお父さんじゃねえんだよ。医学的にお父さんを調べる話をしてんだよ!」

「よくわかんない」

 そうか……こいつはお父さんと言う概念がないんだ。だから……俺の事を家族……家族と思ってくれているのか?

「淑美ちゃん。お父さんって言うのは一家の大黒柱なんだよ。お母さんがおウチを守って、お父さんは働いて、それでみんな笑顔で生活出来てるんだよ?淑美ちゃんはお父さんいなかったから、寂しかったよね?ごめんね変な話しをして」

「お母さんお仕事の時は寂しかった。淑次がこないだ仕事でいない時も寂しかった。でも……よくわかんない」

「いいんだよ。大丈夫。何にも心配しないでいいからね。まずは検査しよう。それから淑美ちゃんがどうやったら楽しく暮らせるか考えてあげるからね」

「うん。わかった。おじちゃん、ありがとう」

「………」 

 猪木の子供に対しての接し方。

 俺は教科書を見ている様だった。

 しかも猪木は、この短い間にしっかりと姪っ子の特性を理解分析して、きちんとこの場を収めた。

 俺は男として猪木に勝る物はない。ただ、たまたまこいつを連れて来ただけだ。タイミングの問題だ。あの日火葬場から姪っ子を連れて行ったのが猪木だったら……。

 俺は何を優先して考え、何を大切にしなければ行けないのかわからなくなっていた。


 帰り際、封筒を渡された。

 俺は金だと察知し最初は不要だと断った。しかし淑美ちゃんに何か買ってあげて欲しいと懇願され受け取ってしまった。5万入っていた。

 俺は帰宅後、その金を四つ折りにして、缶切りを使わないと開かない貯金箱に無理矢理押し込んだ。

 くだらんと言われるだろうが、せめてもの抵抗だった。







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