這い上がれなかった過去
男は精神的に弱い生き物。だから神様は物理的な腕力を与えた。
そして女性は精神的に強い生き物。だから神様は痛みや精神的な忍耐と寿命を与えた。
こんな話を聞いた事があった。
俺は男に妻を取られた。
つまり寝取られたと言う過去がある。
踏みとどまれなかった。許せなかった。そして自暴自棄に絶望した。
エンジニアはとっくに止めてフラフラしていた。そして窃盗で捕まった。初犯だったが金額が大きかった。刃物で脅した。そして強盗で刑務所に入った。
出所した人間は「弁当持ち」と呼ばれる刑務所帰りを表す隠語がある。
弁当持ちが真っ当に働ける訳がない。
いや、そういう言い訳を自分に言い聞かせて裏の仕事を始めた。もちろん姉貴には奇跡的に復職出来たと嘘をついて。
紆余曲折あったが、今のキャッチをして2年になる。今年で30。俺は俺なりの楽しみを見つけて、残りの人生ダラダラと謳歌するつもりだった。這い上がれるつもりもなかった。
◇◆◇◆◇◆
「淑次〜一緒に学校行ってよ」
「あ〜もう朝か」
一週間にも感じられた土日の二日間を終え、今日は姪っ子が俺の家から登校する日だ。
「一人で行けるだろ?」
「道、覚えてない」
こいつは頭がいいのか悪いのかわからん。
「今日だけだぞ」
「帰りも来てよ」
「は?駄目だ。その時間俺は仕事だからな」
嘘ではないが嘘でもある。
キャッチは週に一日だけ持ち場、つまり店の前にいなければいけない日がある。
いなければいけないと言うと語弊がある。一番客を引けるのは店の前だ。要は確実に稼げるのだ。その場所は公正を期す為に7人のキャッチで週に一回交代制になっている。
逆を言えばそれ以外の日は、適当にどこかの路上で過ごしてればいい。歩合制だから、後はパチンコをやろうが漫喫で過ごそうが自由だ。サボって収入がないのは自業自得と言う事になる。
だから大抵の奴は何人か引いたら、店の営業終了後に顔を出すまで何をしてるかわからない。
ちなみに休みは週一だ。今回は不幸と言う事で土日休んだが一応シフト表はあるからな。あってないような物だが。
もちろん今日は出勤だが店の前の日じゃない。迎えにも行ける。
「わかったよ。隣の学童保育だっけか?何時だ?」
「18時!」
「わかった」
「今日の夜は何屋さんで食べるの?」
「仕事だと言ったろ。色々買っておくから、22時まで適当に過ごしてろよ?」
「お風呂はまたシャワーだけ?」
「狭いユニットだからな。洗い場なかったろ?」
「駅前にサウナっていうのあったよ!あれ温泉?」
「サウナは温泉じゃねーよ。いや、確かあそこ大浴場………いや、あんなとこ夜遅く子供を連れて行く所じゃねえよ。黙ってシャワーやっとけよ」
(サウナってラブホテル街のとこだろ)
夜の仕事、つまり今のキャッチ生活だったら学校終わったらこいつだけか。
俺は昨日に引き続き真剣に今後を考え始めた。