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未経験の戦慄

「つぐ……淑次起きてよ!」

「……」

 何か顔に当たっているな。夢か?

 いや違う。姪っ子が俺の顔をペシペシ叩いて、覚醒させようとしているのがわかった。

「なんだ? もう朝か?」

 これも違う。明らかにカーテンは闇夜を照らしている。朝日じゃない。

「早く!」

「は? なんかあったか?」

「トイレ!」

「トイレ? 早く行けよ」

「怖いよ!」

「怖い? ったく………仕方ねえな」

 このやり取りで全てを理解出来た俺は、携帯の時計を見た。

 まだ2時じゃないか。まあ生意気だが、子供だし慣れない家だから仕方ないのか……


「ほら。閉めるぞ」

「怖いよ!」

「は?」

「閉めちゃ駄目!」

「…………」

 子供だしな……。

「ほら、もう一回ちゃんと寝ろよ」

「寒い。布団冷たいよ?」

「は?」

「温めてよ」

「………じゃあ一緒に寝るか?」

「やだよ。狭いじゃん」

「………」

 何なんだこいつは?

 てか、子供はよくわからん。

 それにしても、たった一日一緒に過ごしただけで、この妙な疲労感はなんなんだ? 子供は本当にめんどくせぇ。だが、ストレスと言う負の物とは違う。充実感か? 違うな。よくわからん。


 翌日は日曜。別に平日なら自炊するという訳ではないが、朝定食がある牛丼屋に行った。

 子供連れは当然俺らだけだ。当然こいつの父親だと思われてるだろう。知ったこっちゃないが。

「淑次、今日はどこに行くの?」

「どこも、行かねぇよ」

「じゃあ山に行こうよ!」

「は? 山だと? てか、どこにも行かねぇって言ったろ? 人の話を聞けよ」

「じゃあ動物園」

「おい」

 こいつは脳内誤変換の病気なのか?会話が成立してないぞ。

「生玉子食べれない。淑次にあげる」

「いらねーよ。2個も3個も食えねーよ」

「ねえ、これ何?」

「……紅しょうが」

 また始まった。

 思いついた事をポンポン口に出す。

 子供ってそんなもんなんだろうが、予測つかん。そうやって人間は色々な事を知っていくのだろうか。はたまた、こいつの個性なんだろうか?


「よお!淑次じゃねぇか………なんだこのガキは?」

「ガキじゃないもん!淑美だもん」

「………随分気の強いガキだな」

 こいつは鉄男。俺と同じ30歳。

 新宿の繁華街のど真ん中にあるコンビニのオーナーだ。親からの譲り受けだが。新宿産まれの新宿育ち。一応情報屋だ。

「俺の子供じゃねぇからな」

「お前の隠し子だろ?」

 嗚呼、こいつも人の話を聞かない奴だな。

「淑次、隠し子って何?」

「いいんだよそんな事は。お前にはまだ早い。鉄男、とりあえず後で話すから今日は退散してくれ」

「淑美……ちゃん?だったか?いくつだ?」

「えっと、三年生!」

 だから……俺の話を聞けよ鉄男。

 それに姪っ子よ。お前は年を聞かれたんだぞ。返事になってないぞ。

「淑美って……お前と同じ【よし】じゃねぇか?」

「漢字も同じ!」

「そうかそうか! 凄いな!」

「…………」

 鉄男。お前の方がこいつの扱いうまいじゃないか? 代わりに育てるか?


 結局俺たち三人は一緒に朝ごはんを食べた。その後鉄男とは別れ、とりあえず姪っ子の服を買いに新宿駅前のデパートへ行く事にした。一応一通りの生活必需品は持参して来たが、これから本格的に訪れる冬用の上着のサイズだけはどうにもならなかった。

 確かに子供の成長は早いかも知れないな。去年の服は小さくなっているのは当然だ。

 は? 子供服ってこんなに高いのか?

 なんの予備知識も持たず、デパート内のブランド店らしきテナントへ適当にやって来た俺は驚愕。

 大人より布の使用量少ないだろ? ぼったくりじゃねえか?


「あっちにユニクロあるって書いてある」


 俺の驚きを察したのかは知らんが、姪っ子は値段が安いだろう店を指さす。子供が金の心配なんかする訳ないだろうな。

 そしてその後も俺は子供用品の現実を見せつけられる。

 おいおい。ランドセルって赤か黒だけじゃねーのか?

 姪っ子が持ってきたランドセルは赤だ。小学生の通学風景は、リアルやテレビで見ていたはずだが興味ないので全く頭に入ってなかった。

 靴も以外とたけえ……

 は? シャネルの子供服だと?!

 子供用のビキニの水着だと? ふざけてんのか?

 百科事典高くね?


「淑次、顕微鏡欲しい」

「は? 顕微鏡……だと?」

「あと望遠鏡」

「望遠鏡? どこ覗くんだ?」

「車!」

「…………」

 とにかく疲れた。子供に会話を合わせるってのはこんなに大変だったのか。三年生だからいいものを、もっと小さい時はどんなんだったんだ?そしてこれから先も――これから先?

 これから先ずっとこいつといるのか?

 てか、他にこいつは行く所がない。施設か? 駄目だな。死んだ姉ちゃんは許さんだろうな。

 俺は今置かれている現実に戦慄を覚えていた。

 そう言えば住民票や戸籍はどうなるんだ? 学校は同じで転校手続きはなかったら、深く考えてなかった。俺と親父、それと姉貴の友人が数名、叔母が一人だけ来ていた火葬場から勢いで連れて来ただけだった。

 やらなきゃいけない手続きはもっとあるんじゃないか?

 それに俺もこのままキャッチをして自由気ままに生きて行く訳にはいかないのか?

 今のこいつにとっては俺だけが唯一の家族。そんな事さえも昨日から考えていなかった。

 それにこいつの父親は?

 探すべきか?

 いや、そもそも産まれる前に男は逃げたと聞いていた。戸籍上空欄の可能性が高い。

 俺の時間は一瞬のパニックで止まっていた。そして姪っ子の姿も視界にない。


 しまった!どこか行ったか?

 ヤバい!

 この人ごみだぞ!

 誘拐?

 探さなくては!


 しかし姪っ子はすぐ真裏のガチャガチャコーナーにいた。

 おい………。

 いなくなって一瞬寒気がしたぞ。

 「勝手に離れんじゃねぇ! 心配したじゃ……」

 俺が心配していただと?

 自分が発した心の叫びを途中で辞退した俺は、いなくなってしまったという一瞬走った未経験の戦慄、そして今まで感じた事がない安堵に戸惑うしかなかった。

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