ウナギ
「授業参観!」
「は?」
家庭裁判所の調査員来訪を3日後に控え、淑美は学校から帰宅するなり、プリントを振りかざし叫んでいた。
「帰り、ウナギ!」
「……」
どうやら、俺が授業参観に来るのは淑美の中では確定なようだ。帰りも一緒に帰るのを承知で、たかっているのだろう。
生活も最初の給料が出て少しは落ち着いた。給料日の日、今度なんでも好きな物を食わせてやると言った事を覚えていたようだ。
「今日の夜行くか?」
「え? うん!」
この時の俺は、なんだかわからんが今日行くべきだと思った。
そして、久しぶりに来る外食。
「今日、センチュリー見た!」
「そうか」
「あと、求人アルバイト〜♪ も見た!」
「……」
だから、女性向け求人宣伝カーの歌は恥ずかしいからやめてくれないか?
当たり前のように展開される淑美との噛み合わない会話。
「美味し!」
「良かったな」
二人で食べる夕食。
これが何気ない幸せというやつか? もしくは俺が望んでいた、淑美と一緒にいると感じる妙な刺激というやつか?
とにかく……こんな時間が長く続けばいいとさえ思った。
しかし――
その夜中、眠らない街新宿の住宅街にこだまするサイレンと共に俺は搬送された。
慣れないウナギなんか食ったから食中毒か? 救急車の中……痛みで悶え、動けない身体の薄い意識の中で自問自答する。
――食中毒なら、同じ物を食べた淑美は大丈夫か? 俺は一人か? ああ……そうだ。淑美が俺の携帯で119番通報したんだった……。携帯はほとんど触らせてなかったが、よく使い方を知っていたな……
「淑次っ!」
「淑美? ウッ!」
半端なく痛ぇ……
出所後、半グレと殴り合いした時より痛ぇ……身体の芯から来る痛みだ。
「飛んでけ!」
痛いの痛いの飛んでけ〜ってやつか。淑美……もう、お前は小学生だ。泣きながら、そんな民間療法以下のおまじないなんか……
◇◆◇◆◇◆
「……」
「淑次! 気付いたか?」
「て、鉄男か?」
「ああ、そうだ」
「淑次!」
「淑美? 無事なのか?」
「痛い?」
「……だ、大丈夫だ」
ホントは痛みの余韻の様な疼きを感じていたが、咄嗟に否定した。これが心配させまいという親心ってやつか?
どうやら俺は病院に搬送された後、処置を施されそのまま入院となったようだった。淑美には食中毒の症状は出ていない事に安堵した。
「なぜ鉄男が?」
「淑美ちゃんがお前の携帯から連絡してきたんだよ」
鉄男はそういいながら俺の携帯をちらつかせる。淑美はあの状況で携帯を持って救急車に同乗したのか? てか、アドレス帳よく操作出来たな。まあ、俺の所に来る前は姉ちゃんのをいじって遊んでたんだろう。そういえば、初めて来た時にiPhoneのバージョンなんてもんを気にもしていたな。
「とりあえず、今日は淑美ちゃんは俺の家で預かるから安心しろ。嫁にも伝えてある」
「いいのか? たしかお前のとこには女の子いたな……」
「ああ。5年生だ」
「すまんな……ところで、俺は一体どうしたんだ?」
「……わからん。さっき医者に聞きに行ったが今調べてる、意識混濁があるから入院しろとの事だ」
「そうか。淑美、とりあえず鉄男んちに行け」
「なんで? やだよ」
「……わがまま言うな。明日も学校がある。お前一人でアパートに居させるわけにはいかんだろ」
「ここでいい」
「は?」
「淑次といる」
「……」
あの時に初めて聞いた淑美の意思――淑次でいい。俺とこの先も一緒に暮らしたい――だが、今回のは病院で俺に付き添うという意味。どちらとも、俺と一緒にいる事を選んだ淑美の気持ちに人の暖かさを感じた。
「淑美ちゃん。淑次はこれから大事な検査があるし、子供は付き添い出来ないんだよ。おじさんの家に泊まって、明日またお見舞いに来よう」
「……」
鉄男の援護射撃には否定も理解もしない淑美だった。
「淑美、明日俺の歯ブラシとか着替え持って来てくれ。それくらいはお手伝い出来るよな?」
「……う、うん。わかった」
俺はいつから父親になったのだろう……。まさか、子供を優しく諭す事になるとは……。
その後、俺は安堵したのか薬が効いたのかはわからないが深い眠りについた。
◇◆◇◆◇◆
「病名は大腸ガンです。胃にも転移してる可能性があります。と、なるとステージⅢ相当になります」
翌日、レントゲン、内視鏡、血液など様々な検査を実施。そして夕方、医師はベッドをL字に起こして座る俺にはっきりと告知した。ここまであっと言う間に時間が過ぎた気がする。
「そうですか。となるとやはり切る事になりますか?」
「詳しく調べてみないと判断しかねますが、それが最善かと思います。現状、抗がん剤や放射線療法など内科的な治療ですと、5年生存率が低くなります」
不思議だ。
意外と落ち着いている自分がいた。
精神的ストレスから来る血便や腹痛だと思い込んでいたから、まだ実感がわかないというのが本音かもしれない。




