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全然可愛くない姪っ子

 勘違いしないで欲しい。

 別に男尊女卑とかいう考えを持った男ではないが、女というのはつくづくよくわからない生き物だ。好きか嫌いかと問われれば、迷わず嫌いと答えるはずだった。


◇◆◇◆◇◆


「おい!ガキ!さっさと靴脱いで入れ」

「ガキじゃないもん!淑美よしみだもん!」

「……」

 新宿歌舞伎町にある、築30年の古びたアパート、その名も新宿荘。その1階にある101号室――夜18時、喪服イベントを済ませたのち、俺の家に姪っ子を連れて来た。

 それにしても、全く忌々しい。なんで俺の姉ちゃんは、自分の子供に俺の名前と同じ漢字を命名に使ったんだ?

 確かに淑女の『淑』は女に相応しい漢字だ。しかし俺の名前は淑次よしつぐだぞ? 親父である淑夫よしおの二番目に産まれた子だから淑次だぞ? こういう子に育って欲しいと言う願いや想いの欠片もない安易な名前だぞ? 親の愛情を感じる以前に、ふざけてるし、適当に命名したとしか言いようがない。


 俺の姉である香菜は、先日交通事故であっけなくこの世を去った。

 何処の馬の骨ともわからん男と子供を作って、挙げ句の果てに逃げられてさ。

 そしてテメェの子供を俺が一時的に預かる事になった。まったくめんどくせぇ話しだと思うだろ?

 まあ、あの呑んだくれ親父が引き取る訳ねえし。そしたら必然的に俺しかいねえしさ。姉貴が死んで悲しんでる暇もありゃしないさ。全く迷惑な話だ。ふざけた女だよ。姉ちゃんは。


 そしてその子の名前が今目の前にいる『淑美』だとさ……。


 俺の仕事はキャッチだぞ?

 和風に言うと客引きだぞ?

 繁華街で客を引いて、提携している風俗店に案内する。一人引くと客が支払った額の20%を貰う、福利厚生など皆無な仕事だぞ?

 ――まあ、もう死んじまった奴に文句を言っても仕方ないな。それに俺は有名企業のエンジニアなんて嘘を付いていたんだ。

 姉ちゃんだけだったからな。俺を信じて庇ってくれてたのは。こんな俺でも本当に感謝しているんだぜ?

 とりあえず安らかに眠ってくれ。


 ――でも、それとこれとは別問題だ。預かったはいいが、とにかく可愛くねえガキだ。一体誰に似たんだ? 俺かもな。この場合も隔世遺伝になるのか?

 ランドセルを背負ったまま、パタパタと歩き、部屋の中をキョロキョロと見廻す淑美。とりあえず現状をわからせるか。

「今日からお前はここに住むんだ。前の家には帰るなよ? 近いけど、もう誰もいねーんだからな」

「ねえ? 淑次は車持ってないの?」

 こいつは小学校三年生のくせに、叔父である俺をずっと呼び捨てだ。姉ちゃんの真似をしていたからだ。

「は? ガキ! オメェ、人の話聞いてたのか?」

「オメェじゃないもん! 淑美だもん! あとガキじゃないもん!」

「………」

 まあ、母親が死んで間もない――葬式後にこの家に直行したが、このくらい元気なら心配いらねえか?

「ねえ、淑次の車は?」

「ねえよ、そんなもん」

「こないだ、トヨタのクラウンに乗ってたじゃんか!」

「あれは借りもんだよ。社長を迎えに……どうでもいいんだよ! そんな事は!」

 何なんだこいつは? なんで女児のくせに車好きで詳しいんだ?

 ここに来る途中もいちいち「あ!トヨタのアルファードだ!」とか「ニッサンのフェアレディZ!」とか車種を言いやがって。車なんて乗れりゃなんでもいいんだよ。こう言う所は俺には似てないな。

 いやいやいや、俺の子供じゃねえし。 さてどうするか。とりあえず持って来た荷物を整理させるか。


「ねえ。淑次の部屋、色々見てもいい?」

「………散らかすなよ? 言っとくがゲームとかおもちゃはないからな」


 六畳一間、風呂釜はあるが使用していない。シャワーのみ。

 てか、何もないのはパッと見てわかるだろ。

 姪っ子はちょこまかとした動きで部屋を漁り始めた。開放可能な、ありとあらゆる引き出しを開ける。まあ、五段のタンス、食器棚、後は押し入れくらいしかないが。


「ねえ? 淑次〜これ何?」

「……壊れたキーボード」

「捨てないの?」

「置いといてくれ」

「これは?」

「……WiFiのルーター」

「あれ? スマホあるよ?」

「iPhoneだ。古いやつだよ。置いとけよ」

「バージョンは?」

「……知らんな」

 子供はあれやこれやと聞くと言うが、それは言葉を覚えたての年齢の話だろ? こいつは姉ちゃんに似てよく喋る奴だな。受け答えがめんどくせぇ。バージョンなんて知らんし。

「タンスの下3段空けておいたから、そこに持って来た服入れろ」

「アルコールスプレーは?」

「は? そんな物ねーよ」

「シュッシュッしないと」

「…………」

 おい。お前は思春期か? まだそんな歳じゃねーだろ? 汚物扱いは勘弁してくれよ。そう言えばさっき玄関でキョロキョロしていたのはアルコールスプレーを探してたのか……。

 姪っ子は持って来た服と大切な物らしきミニカーを10台、そして馬のぬいぐるみ2体をタンスにしまっている。しかも、きっちり綺麗に並べている。

 こいつは几帳面な性格だな。

 まあ話す気分じゃないが、ちょっと聞いてみるか。

「なんだ? このバス?」

「夏休み期間限定、キティちゃんコラボバス」

「これは?」

「マツダのデミオ」

「全部言えるのか?」

「これはね~ホンダのシビック、トヨタのカローラワゴン、こっちは三菱のデボネア5……」

「………」

 いちいちメーカーも言うのか……。

「この馬のぬいぐるみは?」

「UFOキャッチャーでママがとってくれた有馬記念のオグリキャップとトウカイテイオー」

「そうか」

 ほんとだ。よく見るとゼッケン付けて書いてある。

 競馬なんて教育上良くないだろ。何教えてんだよ。

「とりあえず明後日から学校だけど一人で行けるよな?」

「うん」

 持って来た服や下着をタンスに入れながらうわの空で生返事をする姪っ子。聞いてねえな。

 姉の家は反対方向だったが、俺の家からは歩いて10分程だった。だから学校も転校する事なく、面倒な手続きは最小限で済んだ。学童保育にも通っていたからそのまま継続だった。

「とりあえず学校まで行くぞ。道を覚えろよ。帰りは買い物に行くぞ」

 まったくめんどくせぇ。

 土日は平日よりも、早い時間に客が引けるのに休む事になってしまった。

 早々に三人でも引ければ、最低一時間コースでも18000円の20%3600円手に入る。だから1万以上にはなる。

 後は適当にブラブラ過ごしてりゃいい。終わり時間になったら番頭の所に顔を出せば日払いで貰える。

 もちろん一日声掛けて引けない時も週一くらいはある。業界用語でお茶を引くと言う表現だ。

 キャッチはそんな仕事だ。まあ、仕事と表現するのは微妙だがな。

「さあ行くぞ」

「どこに?」

「は?」

 やっぱり聞いてなかったか。子供は集中してると何も聞こえなくなるらしいからな。俺もそうだったか? 記憶にないな。

「学校だよ。道を教えるから覚えろよ?」

「うん。わかった」


◇◆◇◆


 新宿歌舞伎町から少し離れた甲州街道沿い。車がひっきりなしに通る薄暗い道を俺達は歩いている。

 そしてそこから狭い路地に入り、学校までの道を確認するように歩く。

 こいつは意外と歩くの早いな。いや、よく見ると小走りだ。俺が速すぎたか? こんな事気にしたのは、学生の頃の初デートの時以来だな。

 一応危ないから手を繋ぐか。怪我でもされたら面倒だしな。

「おい。手を繋げ」

「なんで? やだよ」

「………」

 どうでもいいな。

「じゃあ走るなよ」

「買い物どこ行くの?」

 都合の良い所だけ聞こえてやがって、こいつは。

「とりあえず100円ローソンだな」

「シュッシュッ買わなきゃ駄目だよ?」

「そんなもん売ってるのか?」

「わかんない」

 じゃあ聞くなよ。

 本当に子供って奴は思った事をすぐに言葉にする生き物だな。

「あ! ニッサン新型マーチ!」

「………」

 コロコロ話題を変えるのやめてくれないか?

「バーニラ♪アイス♪求人♪アルバイトー♪」

「………」

 おい。あれは女性向け求人雑誌の宣伝カーだぞ。恥ずかしいから公道で歌うのは止めてくれないか?

 その後も姪っ子のお喋りに心の中でツッコミを入れながら歩く。

 笑いなのか、呆れなのか疲れとも取れる様な、よくわからない思いを感じていた。

 しかし、それは俺にとって刺激である事には間違いなかった。


 そして、シュッシュッ……ではない。アルコールスプレーと食料を買い帰路についた。



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