9. 王都エルメイア
「着きましたよ、王都エルメイアに」
カランの声が響き、私は眠りの中から呼び戻された。馬車の揺れでいつのまにか寝てしまっていたみたい。膝の上のルゥも「ふにゃー」とあくびをしてる。
農園を出発して4日目。野を越え山を越え、ようやくフェンリル王国の中心地へ入った。
グリムと遭遇した後は特に魔獣に襲われることもなく平穏な旅だった。馬車に乗っている間、グリムは私の影の中にいてもふもふの体は見えなかったけど、もしかしたらその影を通して魔獣を寄り付かせないようにしてくれていたのかもしれない。
整備された安全な街道とはいえ馬車の狭さと振動に、体はもうバキバキだ。早く広い場所で思い切り体を動かしたい。ルゥやグリムと遊びたい!
そんな私の思いをよそに、騎士団の先導で馬車がゆっくりと石畳の坂を登りきると、目の前に、王都エルメイアの壮麗な街並みが広がった。
高くそびえる白亜の城壁。大小様々な石造りの塔と民家の屋根が連なり、陽の光を反射してきらめいて見える。城郭の中心には、フェンリル王国の象徴である白を基調とした荘厳な城が建ち、その周囲を取り囲むようにして市街地が広がっていた。
訓練中なのか、数匹の武装したドラゴンが城郭の外側を旋回している。さらには見たこともない飛行艇。動力はなんなのだろう……魔法なのかな。楕円形の船体の左右には魚のヒレのようなものが緩やかに動いていて、風を切る羽音が遠くかすかに届いてきた。
「……ここが、王都……」
私はその美しい都に思わず息をのんだ。
目に映るすべてが、これまでに見てきた村や町と
は比べ物にならないくらい大きく立派だった。建物はどれも堅牢で装飾的。道行く人々の衣服も華やかでお洒落な感じがする。王都という名にふさわしく、どこもきちんと整備されていて、活気に満ちていた。
城門を抜けると、石畳の大通りには露店や荷馬車、商人や旅人が行き交い、子どもたちの笑い声が路地から響いてきた。
路傍の花壇には色とりどりの花が植えられ、花弁が風に揺れている。どこからか竪琴の音色が流れていた。
「うわあ、にぎやか……!」
私の声に反応して、ルゥがぴょこんと私の肩から顔を出し、赤い瞳をきらきらと輝かせた。
その様子に、私も微笑んでしまう。ルゥは新しい場所に興味津々といった様子だ。
「緊張してたけど、少し安心したわ。王都って思ったより平和で、楽しげな雰囲気なのね」
「そう思えるうちが華だね」
冗談めかした声に振り返ると、カランが馬車の窓越しに外の景色を見ながら、頬杖をついている。
「王都には、いろんな人間が集まってる。笑顔もあれば、鋭い牙もある。ここから先は人を見極め空気を読まないと、足元をすくわれるかもしれませんよ」
その目は軽い声音とは裏腹に真剣で、私は少し気を引き締めた。
やがて、馬車は指定された宿屋の前で停まった。
旅のあいだ付き添ってくれた騎士の面々はそれぞれ別の任務に就くことになっていて、ここでひとまず解散となる。
「さて。僕はこれから野暮用を片付けるつもりです」
荷物を整えながら、突然カランが言った。
「え? どこか行っちゃうんですか?」
私の不安げな声に、カランは苦笑いする。まさかそんな反応されるとは思っていなかったとでも言うように。
「王都は色んな情報が集まる場所なので、色々と知識の補充に。僕は一旦別行動しますが、またすぐにあなたたちの観察に戻るつもりですよ。リイナさんは王妃陛下の使いが呼ぶまで、ここの宿で待機って話でしたよね」
「……ええ。クレイス副団長からはそう聞いてる。カランさん、すぐ戻ってくるの?」
「もちろん。後でリイナさんの滞在先が落ち着いたら伺います。るぅたーん、また後で会いに来ますからねー」
荷物を背負い馬車を降りたカランが、相変わらずルゥにそっぽを向かれるのを見ながら、私は頭を下げた。
「ここまで一緒にきてくれてありがとう。とっても心強かったです」
私の素直な礼の言葉に、カランは少しだけ照れたように肩をすくめた。
「礼なんていらないですよ。僕はただ、面白いものを見たくて付き合っただけだから」
そう言うと、彼は少し真面目な表情で、私とルゥにもう一度向き直る。
「でも。……もし王都で何かあったら、僕がいつでも相談に乗るから」
「……うん、わかった」
カランはようやく満足したように笑い、静かに手を振って去っていった。
これが完全なさよならではないと分かっていても、どこか寂しい。道中の他愛もない会話で、いつの間にかカランが心の頼りのようになっていたから。飄々として掴みどころのない人だけど、カランの深みのある人柄は、一緒にいて安心できた。
この世界には簡単に連絡を取り合うアイテムもないし……。いや、探せばあるのかもしれない。しかもここは王都だ。そういうお店もあったりして?
少し元気が出てきて、私は小さい声で「よしっ」と気合をいれた。
その様子を遠目から見ていたらしいクレイスが、馬番に馬を預け終えてこちらにやって来る。
私を見下ろしてくるのは、相変わらず冴え冴えとした視線。……もう少し仲良くしようって言う気持ちはないのかな。……まぁ、クレイスに限ってそれはないとは思うけど。
「リイナ殿。俺たちはこれから騎士団の宿舎へ戻り、王宮へ報告に向かう。あなたには申し訳ないが、この宿でしばらく待機して頂きたい。正式な使者が改めて迎えに来るだろう」
「分かってます。大人しく、ルゥと待ちますので」
「念の為、俺の部下をこの宿に配置する。何かあればその部下に伝えてくれ」
なんの「念の為」なのかは敢えて聞かずに、私はただ頷いた。
そうして、カランは街の雑踏の中へ、クレイスたちは王城へと向かっていった。
残された私は、唐突に訪れた静かな時間に戸惑いつつ、軽く呼吸を整え、腕の中のルゥを撫でる。
「さあてルゥ。しばらくはここで静かにしてようね。どんな出会いがあるのか、ちょっと楽しみ……かな」
赤ちゃんドラゴンは、小さく「クルル」と鳴いて、頷くようにしっぽを揺らした。
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