第一章 エピローグ
深い宵闇に包まれた夜半。石畳を踏みしめる微かな靴音が、夜啼鳥の声に混じり王都の片隅に響いた。
フードを目深に被ったその影は、灯りを避けるように路地裏を進む。
――ノア・フェリス。
昼間は無邪気な笑顔で騎士団の輪に溶け込んでいた彼の表情は、この闇の中でなんの感情も浮かべていなかった。
しばらく歩みを進めた先、人気のない廃教会の前でその影は動きを止める。
半ば崩れ落ちた礼拝堂の奥に、漆黒の外套を纏った男が待っていた。
その気配は、王都の空気とは混じり合わない異質なもの――鋭利な刃のような鋭さを秘めている。
「……報告は?」
ざらついた低い声が、短く問う。
ノアはわずかに眉を寄せると、外套の下から丸めた報告書を差し出した。
「骸骨竜は昇華され、残ったのは羽化前の卵。今はリイナと“あの竜”が守っている」
まるで闇そのもののような男は、受け取った報告書を懐に収めると、冷笑を浮かべた。
「やはり、あの女……“竜の母”は厄介だな」
ノアはその女性の笑顔を不意に思い浮かべ、思わず顔を上げた。
「彼女は……まだ何も知らない。ただ……ただ竜を――」
「黙れ」
冷たい声が刃のようにノアの言葉を割く。
「お前の役目は監視し、情報を渡すことだ。……帝国はいよいよ、竜の力を完全に封じることになるだろう。喜べ。お前の詳細な報告により、全てが順調に進んでいる」
ノアは、胸の奥で鈍い痛みを感じていた。なぜその痛みを感じるのか己自身が理解できないまま、ただ胸を押さえる。
男の言葉を否定したい衝動に駆られるのに、幼い頃から訓練で刻み込まれた“命令に従え”という抗えぬ声が、ノアを完全に支配していた。
外套の男はさらに一歩踏み出し、囁くように言った。
「……忘れるな。お前の命も、女の命も、すべて帝国の掌の上にあると」
ノアの瞳に、苦悩と怒りと、そして消しきれない微かな迷いが浮かんだ。
ーー俺は……どこまで裏切ればいいんだーー
その声なき呟きは夜の闇の中に溶け、誰の耳にも届かない。
ただ月だけが、彼の孤独を見下ろしていた。
――遠く離れた砦の片隅で眠るリイナとルゥはまだ、ノアの震える鼓動を知らない。
次なる嵐は、もうすぐそばまで近づいてきている。
第一章、これにて終幕になります。
ここまで読んでくださりありがとうございました!
この後、短い閑話が3話ほど続き、二章へ向かいます。まだ読んでくださる方いらっしゃるのかな? 全然アクセスが増えないので、やる気がー……!!
気を取り直して。第二章、帝国編も引き続き執筆予定ですが、ストックがほぼないため、更新速度は落ちるかもしれません。
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