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3. 丘の上の農園と小さな再会

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 ──確か、あの丘を越えれば。


 胸の奥にふわりと広がる不思議な感覚に従って、私は森を抜ける小道を歩いていた。

 腕には布にくるまれたルゥ。その重さは私をなぜだか強くしてくれる。私は日本で恋人もいなければ結婚もできなかったけれど、もし妹のように出産を経験してたら…、親になれていたらこんな気持ちなのかな、と思ったりした。


 どれくらい歩いただろう。森を抜けた先、やさしい風が草を揺らす丘陵の向こうに、どこか見慣れた風景が広がっていた。


「あ……」


 言葉にならない声が漏れる。懐かしい石垣、小さな菜園、道具小屋の横に干された洗濯物。そこにあるのは、私が“この世界”で暮らしていた場所。

 私の家──農園の片隅にぽつんと建つ、小さな小屋だった。


 足元にふわりと風が吹いた。土の匂い、ほのかな花の香り、そこには少しだけ干し草の香りが混じっている。なぜだか目の奥が、じんわり熱くなった。安心感なのかな。まだここに来て時間も経っていないのに。不思議な感覚。


「ただいま……」


 誰に言うでもなく、私はそうつぶやいた。

 ルゥがくるりと身体を動かして、ぴとりと私の胸に顔を寄せてくる。小さな鼻先が、安心したようにすんすんと鳴った。


 玄関の扉はちゃんと閉まっていて、鍵もかかってた。……私がいなくても、この家はちゃんと私を待っていてくれたんだ。


 首から下げていた家の鍵で中に入ると、質素だけど整えられた部屋が目に入ってきた。木のベッド、手編みの毛布、壁際に積まれた薬草の束と、天井から下げてある乾いたハーブの香り。

 お気に入りの漫画も、テレビも、スマホもない、なんてことのない小さな家だけど、なんでだろう、すごく落ち着く。


「ルゥ、ほら、ここが私の……ううん、私たちの家だよ」


 ルゥをふかふかの毛布にくるみ、小さな枕の上にそっと寝かせる。安心したのか目を細めて、ルゥは喉を鳴らすように眠りに落ちていった。赤ちゃんだからか、よく眠るな。もう少し大きくなったら、もっと活発になるのかも。


 私はその横に腰を下ろし、深く息を吐いた。

 どっと疲れが出て、私はもう何も考えられなかった。こんなに緊張していたんだ。自分でも気づかないうちに。


 窓の外はもう夕暮れだった。

 この世界に来て、私が一番はじめに見た夕日の色──群青と橙色のグラデーションが、空を染めていた。


 私はそっとルゥの背に手を置いた。ちいさな鼓動が、確かにそこにある。あたたかくて、優しくて、脆くて、でも、生きている命。


 ──もう絶対、独りにさせないからね。


 そんな約束を胸に、私は初めての夜を、この小さな家で迎えたのだった。



     * * *



 その夜、私は夢を見た。


 とっても気掛かりだった、「ねこもふ」のその後。

 私がいなくなった後、お店がどうなったのか、どうしても知りたくて、知りたくて、誰かが見せてくれた願望だったかもしれない。


「泣いてられないよ、茉里ちゃん。お姉ちゃんはもういないんだし、私たちで頑張ろう」


 妹の沙耶が、産まれたばかりの赤ちゃんを抱っこしながら、「ねこもふ」のカフェスペースで茉里ちゃんと話し合ってる。


 茉里ちゃんは泣き腫らした目をしてたけど、何度も頷きながら「もちろんです…。頑張ります、頑張りたいです」とつぶやいた。


 茉里ちゃんの涙につられるようにして、沙耶の赤ちゃんがふにゃ、と泣き始めた。その声に反応してか、うちの可愛い猫たちが、沙耶や茉里ちゃんの元に集まってくる。


 ──ごめん。ごめんね。沙耶、茉里ちゃん。全部遺して、いなくなって、ごめん。


 私の声が二人に伝わるわけないんだけど、私は必死にそう思った。そして、私は強く願った。


 ──どうか、どうか「ねこもふ」のみんなが、元気で幸せで、生きていってくれますように。


 私は手を組んで必死に願った。


 モカ、ラテ、虎丸、スバル、まろ、大福、みんな、みんな、どうか元気でいてね。一匹一匹を思い出しながら、私は祈ることしかできない。


 でも、その時ふわっと私の手の模様が光って、目の前にフォリアがぽんっと現れた。ふわふわで美しいその生き物は、「ねこもふ」の様子を見てから、私に向き直って言った。


『心配しないで、リイナ。ちゃんと祝福にはあなたの願いが含まれてるから。それに、ちょっとおまけしておいたの』


 フォリアはそれだけ言うと、『また来るわ』と言い残して突然消えた。


 私は「おまけ」に首を傾げながらも、薄れていくその夢の中で、少しだけ安心して、胸を撫で下ろすのだった。



     * * *



 夢の名残りを感じながら目を覚ます。朝日が差し込む窓。まだ薄暗い室内に、ほんのりと暖かく柔らかな気配が満ちていた。


 ルゥは私の腕の中で、すやすやと寝息を立てている。赤く金色に輝く小さな鱗が、陽の光をうっすらと反射して、美しい宝石みたいだ。


 私はそっと起き上がり、洗顔を済ませ、火を起こす。干しておいた薬草と保存食で朝の煎じ茶をつくっていると──。


「リイナさ〜ん!? ……あっ、生きてた!」


 ガラリと扉が開いて、元気な少女の声が飛び込んできた。あ、この子は…。私の記憶の中に、その少女の記憶が突然蘇る。


「お、おはよう、レミィ……ただいま」


 そこに立っていたのは、農園で働く奉公人の少女、レミィだった。

 栗色の髪を三つ編みに結って、エプロン姿のまま駆け込んでくる。


「もうっ、森で遭難でもしたのかってラトじいが心配して……!」


 レミィは私の顔を見るなり、安堵したように笑い、次の瞬間、ルゥに気づいて目を丸くした。


「えっ、えええっ!? な、なにこの子、ドラゴン!? ちっちゃ!?」


「しー! 静かにね。まだ眠ってるの。森で捨てられてたの。怪我してて……」


「うそ……ちょ、ちょっと待って、それ王国的にヤバいんじゃ……」


 レミィがあわあわしはじめたところで、さらにのそのそと小屋の外から足音が。


「おや……本当に帰っておったか、リイナ。心配したぞ」


 現れたのは、農園の持ち主・ラトじい。

 ごつごつした手と皺だらけの顔。でも、その目はやさしくて、孤児だった私をいつも見守ってくれる大切な人。


「ラトじい……ただいま。ご心配おかけしました」


「ふむ。無事ならよい。……して、その小さき鱗の主は?」


 私は事情をかいつまんで話した。森の中で赤ちゃんドラゴンと出会ったこと、どうしても見捨てられなかったこと。そしてこうして連れ帰ってしまったこと。

 ラトじいは何も言わず、黙ってルゥを見下ろし、それから目を細めて、ぽつりとつぶやいた。


「竜を拾うとは、妙な縁じゃな。だが、おぬしなら……育ててしまいそうじゃな、その命ごと」


「ええ。できる限り、この子を守り育てたいと思ってるの」


「よかろう。わしは誰にも言わんよ。ただし、おかしなことがあれば即知らせるんじゃぞ」


「……ありがとうございます」


 ラトじいの言葉に、胸がじんとした。

 この人は多くを語らないけれど、いつも黙って見てくれている。


「ふむ、ではもうひとり、これに詳しく話が早い者を呼んでくるか」





 その日の午後。農園にやって来たのは、長い外套に身を包んだ、年齢不詳の旅人だった。


「はじめまして。僕はカラン・フォード。旅の魔導学者です。……君が、この子を拾ったという女性?」


 低く落ち着いた声。灰銀の髪と鋭い琥珀色の瞳をした彼は、見るからにただ者じゃない雰囲気を纏っていた。


「はい……この子は、ルゥです」


「……ふぅん。ルゥ、ね。森に捨てられていた、と」


 私が小さく頷くのを見てから、カランはゆっくりとルゥに近づき、しゃがみ込んだ。驚いたことに、ルゥはまったく警戒せず、ぺたりと頭を彼の手にすり寄せた。


「なるほど。共鳴の証ですね。確かに……これは“竜の紋”が現れている」


「竜の……紋?」


 私は自分の手の甲を見た。あの夜、ルゥと心を交わしたとき、光って浮かんだ不思議な印。今はただの痣のように見えるけれど、あの時は確かにほんのりと光っていた。


「古い伝承にある紋のことですよ。君も本で読んだことがあるんじゃないかな? かつて“巫女”や“竜の伴侶”と呼ばれた者たちにのみ刻まれた、“絆の紋章”」


「それって……何か特別な意味が?」


「非常に、特別だよ。竜と魂で繋がった者は、竜の進化に影響を与える。それは武器であると同時に、脅威でもある」


 カランの言葉に、胸が冷たくなった。

 “脅威”……つまり、ルゥと私の関係が知られれば、何か大きな問題を引き起こすかもしれないってこと?


「……でも私は、この子を守り育てたい」


「ならば、その覚悟を胸に秘めておくことだね。君がこの子を拾った時、運命はすでに動き出している」


 そう言って、カランは微笑んだ。その目は、何かを見透かしているような、どこか寂しげな色をしていた。

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