18. ルゥの変化
護符をつけてからのルゥは、ほんの少しだけ違っていた。最初は本当に小さな違和感だけで、気のせいだと思った。でもここ数日でその違和感は確信に変わる。
夜、私が寝台に入ると、ルゥが枕元にやってきてちょこんと座った。それに合わせて護符の石がほのかに光る。
「もうねるの?」
「えっ? ルゥ?」
唐突に、ルゥの話す声が聞こえた。空耳かと思って周囲を確かめたけど、やっぱりルゥみたい。
「ぼくも、もうねむい」
あんまりびっくりして、私は目を瞬かせた。私以外の人に、ルゥの声が聞こえているのかどうかは分からなかったけど、私は恐る恐る「おやすみ、ルゥ」と伝えてみる。
「おやすみ、リイナ。だーいすき」
ルゥはそのまま私の寝台ですやすやと寝息をたて始めた……って、可愛すぎかー!!
ずきゅーーん!と胸を撃ち抜かれ、私は動悸で心臓のあたりを掴んだ。ちょうどそこに、例のペンダントが触れる。…まさか、このペンダントと護符が共鳴を増幅させてる……?
声が聞こえ始めると、ルゥの顔が途端に表情豊かに見え始めた。本当にもう、愛おしすぎてたまらん!という気持ちが溢れてくる。
翌朝、ふと目を覚ますと、私の夢に入り込んでいたかのように、ルゥが「きゅ?」と首を傾げてきた。
「おはよう、リイナ。夢の中でお菓子たくさん食べてたね」
そんなことまで!? 確かに美味しいスイーツに包まれる幸せな夢だったけど……。まさかお互いの夢までも共有できるようになってるの?
そんな出来事が何度か重なるうちに、ただの気のせいではないと思い始めた。
「ルゥ……もしかして、私の気持ちも全部分かってる?」
問いかけると、まるで応えるように喉を鳴らして顔を擦りつけてきた。
「前から、全部わかるよ」
小さな変化。
でも確実に、ルゥの中で何かが芽生え始めていた。
「……やっぱり、この護符のせい、なのかな」
そう呟いた私に、ネラが尾を揺らして一声「ニャゥ」と鳴いた。
まるで「まだ全部じゃないよ」と告げるように。
その日、夕暮れの庭で、ルゥと一緒に芝生の上に転がっていると、どこからともなくカランが分厚い本を持ってきて近くの木陰に腰を下ろした。
調べ物が一通り落ち着いたらしく、カランは時折この屋敷にやってきては、国や竜の話のほかに、他愛もない話しをしてくれる。部屋を持て余していることを伝えたら、遠慮なく滞在していくようになっていた。
たぶん、私とルゥの様子を見るために。
ルゥの胸の護符が夕陽を受けて淡く光っている。何でもない時にはルゥの声は聞こえなかったけど、私に対して何か伝えたいことがある時、その可愛い声が安定して聞こえるようになってきていた。
「リイナさん、……気づいてますか?」
隣で本を閉じたカランが、珍しく声を落として声をかけてくる。
「ルゥたんの魔力の流れが変わっている。護符と共鳴して循環しているようにみえる」
私は首を傾げた。ルゥの声が聞こえるようになったことを客観的に言い換えると、そうなるのかな。そういえば、左手の紋やルゥの額の印も、以前はひっきりなしに光っていたけれど、このペンダントと護符を身に付けてから落ち着いた気がする。
これが…循環?
「そう、ルゥの力が“自分の外”と繋がりはじめている。……普通の竜ではまず起こらない現象だ」
その言葉に心臓が跳ねた。やっぱり、ただの気のせいじゃなかったんだ。
「最近、ルゥの声が聞こえるの」
ぽつり言葉をこぼすと、カランは眼鏡の奥で目を見開いた。
「……そうですか。二つの器により共鳴の循環が起こり、やがて進化が起きる。調べた通りです」
おもしろい、と呟いた後、カランはすっと立ち上がり「もう少し、情報を集めますかね」と言い残し、足早に夕陽の中へと立ち去っていった。
「……俺の家にあった古い竜に関する書物に、似たような話が載っていたな」
そこへ、訓練を終えたクレイスが入れ替わりにふらりと現れ呟いた。って、いつからそこにいたの?気配を全く感じなかったんだけど。
珍しく言葉を探すように、彼は視線を宙に泳がせながら続けた。
「進化を遂げる竜は、必ず“心を映す器”を通じて力を変えると。……昔は子供向けの寓話だと思っていたが」
私は思わず、胸のペンダントに触れる。
そしてルゥの胸元の護符を見て、背筋がひやりとした。
二つが揃ったとき、何かが始まる。そんな確信が喉の奥にこみあげてくる。
「心を映す……器」
思わず呟きを落とすと、彼は首から下げたペンダントに視線を落とした。その目はいつもよりずっと優しかった。
「器はただの物じゃない。竜を大切に思う者の心が込められた時に、本当の力を宿すんだと……そう書いてあった」
夕暮れの光が彼の横顔を照らして、言葉以上の温度を伝えてくる。
胸の奥がじんわり熱くなるのは、護符のせいじゃなかった。
「……お前とルゥなら、それが現実になるかもしれないな」
囁くような声に、心臓が跳ねる。私はその動悸を笑ってごまかした。
けれど彼の視線は逸らされることなく、まるで私の笑いを見透かしているみたいだった。
――だめだめ!今はそんなことを考えている場合じゃない。クレイスが急に優しくなったのにはびっくりしたけど、今は他に考えなきゃいけないことがある!
ルゥを守らなきゃ。謎を解かなきゃ。
高鳴る心臓を、自分に言い聞かせるように抑え込みながら、私はそっとその優しい瞳から目を逸らした。
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