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16. 暴走竜と共鳴の力

 王妃様からのペンダントを見ながら、私はいつの間にか眠っていたらしい。朝食を知らせる屋敷の使用人からのさりげない呼び鈴の音で、私ははっと寝台から起き上がった。


(なーんか、色々あってよく眠れなかったなぁ…)


 寝台の下にある大ぶりの籠の中で、ふわふわの布にくるまったルゥがまだ寝息をたててる。同じ籠の隅で、ネラも丸くなっていた。ふふ、かわいい。


 グリムはもう起きていて、窓際で毛繕いをしてる。出会ってから数日、グリムは基本的に私たちの目の前では何も食べなかった。お腹空かないのかな?と気にはなっていたのだけれど。

 グリムは夜中になると完全に影の中に消えてしまい、明け方になると姿を表す。もしかすると、深夜に狩りか何かしてるのかな? 私の推測だけど。


 朝の陽射しが差し込み、小鳥のさえずりが響いてきた。屋敷の使用人たちは皆良い人ばかり。王妃命令がかなり効いているんだろう。私は何不自由のない生活ができていた。

 使用人がいなくても、基本身の回りのことは自分でできたけれど、いかんせん農園と違って、水の用意やら食材の調達などが大変なこともありーー王都の城下町に行くには徒歩で少なくとも30分以上はかかるーー屋敷を管理する人たちには感謝しかない。


「リイナ様、お召し替えのお手伝いは必要ですか?」


 扉の外から侍女のマロウが声をかけてきた。マロウは転生前の私とほぼ同年代の落ち着いた女性で、夫婦一緒に住み込みでこの屋敷で働いていた。ちなみに旦那様はガルドという名前で厨房担当。以前は王宮料理人だったんだって。料理がとっても美味しくて、すっかり胃袋を掴まれている。


「マロウさん、ありがとう。いつもみたいに髪の毛だけ結うのを手伝ってくれます?」


 そう返事をすると、私の部屋の扉がすっと開いた。

 マロウは深緑の使用人服を隙なく着こなし、凛とした姿勢で私の側までやってくると、ドレッサーからブラシを取り出して私の髪をとかし始めた。


「リイナ様の髪の毛はとっても柔らかいので、この、豚の毛のブラシがおすすめですよ」


 丸顔の童顔だけど、芯の強そうな茶色の瞳。包容力のある雰囲気と優しい声は、私をとっても安心させてくれる。


「なるほど。普段あんまり櫛とかブラシとか使わないからなぁ…。いつもは手櫛で済ませるだけで…」


「まあ、そうなんですか! 髪をとかすのはとても大事ですよ。頭皮を刺激すると頭もスッキリしますし」


 そんな感じで会話をしていると、いつのまにか綺麗な編み込みがされ、私の髪は丁寧に結い上がっていた。はじめて支度を手伝ってもらった時、これが侍女ってやつか!なんてありがたい!と感動しまくってしまったものだ。

 髪の毛なんて、前世では全く興味なかったからなぁ。邪魔じゃなきゃいいや、くらいにしか考えてなかったし。


「はい、できましたよ。今日も訓練場に行くご予定のはず。お召し物は動きやすいものの方が良いですね」


 マロウはそう言いながら、クローゼットの中から騎士の平服ーー前世で言う乗馬風ーーのようなパンツコーデを持ってくると、あっという間に着替えさせられてしまった。


「朝食の準備もできています。ルゥ様とネラ様の分は後でお待ちしますね」


 仕事できすぎ!!可能なら、一緒に「ねこもふ」で働きたかった!王妃様、人選最高すぎです。


「いつもありがとう。本当に助かります」


 毎回お礼を言うたびに、マロウは驚いて大きな目をさらに大きく見開く。


「リイナ様、お礼など必要ありませんと申しているではありませんか。これはわたくしの仕事なのですから。……でも、リイナ様のようなお人の為に働けるのは、私もとても嬉しいですし、楽しいです」


 マロウ、めっちゃ良い人過ぎる。そんな風に言ってもらえると私も嬉しいな。うんうん。今日も1日頑張れそう!


 私は王妃様からの賜ったネックレスを最後につけると、小さく気合を入れた。





 広々とした空間に整然と並ぶ武具、砂埃を巻き上げながら剣を振る若い騎士たちの掛け声、そしてその奥には、柵で区切られた使役竜たちの訓練区域。


 先日は訓練場に到着してすぐに緊急の任務が入ったため、あまりゆっくりと訓練場を見れなかったけれど、今日は普段の訓練を見ることができそうだ。


「……うわぁ」


 私が思わず声を上げると、腕の中でルゥがぱちくりと目を瞬かせる。どうやら人の多さ、獣の気配、鋭く張り詰めた空気に戸惑っているみたい。


「大丈夫よ、見てるだけ。今日は“お仕事”だからね」


 訓練場に到着すると、すぐにクレイスとノア、そして第三小隊長のミレーユがやってきた。クレイスの推薦により、私は「魔獣・使役竜の心理傾向を観察し、報告する協力者」として臨時参加を認められているという。


「……今日は軽く全体の様子を見るだけにしましょう」


 ミレーユが手帳をめくりながら淡々と説明する。


「この時間帯は、第二訓練班が若い使役竜の調教を行っているところです。訓練といっても、まだ成長途中の竜ですので、使役は完全ではありません」


「驚かさないように先に言っておくと、たまに暴れるんだ。こないだも柵壊しかけたよね、あの赤黒いちび竜」


 ノアが口を挟み、クレイスが小さく息をついた。


「……訓練用のドラゴンは人間との接触を優先して育てられるが、根本的な“従順性”は個体差が大きい。特にあの個体、『グラン』は気性が荒い。先日は指導役の魔導士が腕を火傷した」


「えっ……!」


 私はびっくりして、口に手を当てた。かなり危険な訓練のような気がする。


「火傷とはいってもすぐに癒し魔法を施したこともあり怪我は軽傷だ。が、グランは騎士団の中でも“問題個体”として報告が上がっている。従魔契約にも不安が残る。このままいけば、“不適合個体”となるだろう」


「“不適合個体”って……?」


 その言葉があまりに冷たさを含んでいて、思わず聞き返してしまった。クレイスは竜の訓練区域に目をやり、小さく息を吐いた。


「そう見なされれば、“深淵の谷”行きだ」


「捨てられる、ということですか?」


「……深淵の谷で生きながらえる生き物はほぼいない」


 ということは、“不適合個体”と判断されれば、「死」が待っているということだ。クレイスは多くを語らないけれど、きっとそう言うことなんだろう。


 その時、私の腕の中でルゥが身じろぎをした。見るとじっと訓練区域の方を見つめている。


 その瞬間――。


 突如、空気が弾けるような爆音が響いた。


 柵の向こうで若いドラゴンが咆哮を上げ、大きな翼をばたつかせていた。赤黒い鱗に覆われたその体が、憤怒に染まりながら柵を押し倒し、暴れ回る。


「グランがまた暴れたぞ!」


「押さえろ! 魔導陣、急げ!」


 騎士たちが一斉に動く。魔術師が魔導陣を展開するけれど、グランは炎を纏って跳ね回り、宙に舞った騎士が地面に叩きつけられた。


「くそ! 救護隊、むかえ!」


 クレイスが低く鋭い声で命じ、自らも剣を抜き放つ。


 ――グランの暴れ方は、明らかに異常だった。


「……なにかが違う」


 私は気づいた。グランは暴走というよりも、「恐れて」いた。何かに怯え、混乱し、すがるように吠えている。


「クレイスさん、私に止めさせてください!」


 私はルゥをノアに預けると、迷いなく暴れるドラゴンの方へと駆けだした。


「おい、危険だ! リイナ!」


 クレイスの焦ったような声が辺りに響いたけれど、私は夢中でその竜の元へ走った。


 ――あの子は、怖いんだ。ひとりぼっちで。


 柵の近くまで走り寄り、私はそっと両手を差し出した。瞬間、空気が揺れる。胸の奥から光が広がるような感覚。


(……聞こえる? ねえ、怖くないよ。大丈夫。私がいるから)


 私の中で“何か”が沸き起こり、次の瞬間、私の胸元のペンダントも青白く光り輝く。


 グランの赤い瞳が私を見た。瞬きをひとつする間、グランの中の狂乱がほどけるのが分かり、怒りの焔がゆっくりと揺らいでいく。


 そして、グランはその場に静かに座り込んだ。呻くような息を吐きながら、ただの幼い竜に戻っていく。


 静寂が、訓練場を包んだ。


 やがて、誰かの呟きが落ちる。


「……今のは、何だ……?」


 クレイスが静かに私の隣に歩み寄ってきた。その表情には驚きと、僅かな戸惑いが浮かんでいた。


「……これが共鳴の力、か」


 彼の小さな呟きが、私の耳に届く。


 自分の力が、またひとつ、新しい扉を開いたのだと――そう確信するには、十分だった。


 暴れていた竜――グランは、すっかり力を抜いて座り込み、荒い息を吐いていた。

 私の手のひらには、まだあの鼓動の余韻が残っている。


 他のドラゴンからは感じない“意思”のようなものをグランから感じた。ルゥに似たその感覚。まだそれが何を意味するのかわからないまま、詰めていた息を吐き出す。


 ルゥを抱えたノアが足音を立てて駆け寄ってくるのが見えた。


「リイナさん! すごかったよ! ねえ見て、ルゥもなんか光ってた!」


「え?」


 振り返ると、ルゥの全身が淡く光り、その光に呼応するかのように、セレスティア様から預かったペンダントも、淡く脈打つように輝いていた。

 ……いや、それだけじゃない。ルゥの瞳の色が、ほんの少し、いつもより深い紅色に見えた。


「今の、魔力共鳴……ですか?」


 ミレーユさんがメモを取る手を止めて、じっとルゥを観察する。


「軍用ドラゴンは従属のための契約で魔力を縛りますが……これは、魔力とは違う……なんなのでしょうか」


 その言葉に、ヴァルトが鼻を鳴らした。


「はっ、そんな甘い契約じゃ戦場は生き残れねぇよ」


「でも、ヴァルド隊長も見たでしょう? あの暴れ竜が、あんなふうに落ち着くなんて。やっぱりリイナさんはすごいや!」


 ノアが屈託のない笑顔で私を見つめる。


 ……私はただ、怖がっていた子を安心させただけ。


 ――でもペンダントの光、そしてルゥの変化。

 あれは偶然じゃない。私の中に流れたあの温かい感覚は、ルゥにも届いていた。


 ルゥは、軍の訓練用ドラゴンたちとは違う……私は「従わせる」んじゃなく、「一緒にいる」ことに重きを置いているから。

 でも、もしかすると、ルゥだけでなく他の多くのドラゴンたちとも心を通わせることができるのかもしれない。

 それがもしできたら……と、考えると、嬉しくもあり、ひどく不安にもなるのだった。

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