15. 王妃のペンダント
食事会は、徐々に賑やかさを増していった。
ヴァルトさんの豪快な笑い声に、ノアくんの無邪気なツッコミ。ミレーユさんはその様子を静かに見守りながら、ルゥの様子を観察しては時折ノートに何かを書きつけていた。
「それで俺が見習いの頃なんてのは、まともに馬にも乗れなくてな! ドラゴンの背中なんざ夢のまた夢だったぜ」
ヴァルトさんが大仰に身振りを交えて語ると、ギルハルト団長が笑いながら頷いた。
「それが今じゃ、そのお前が一番の暴れ馬だからな。ドラゴンが逆に逃げていく勢いだ」
「それ褒め言葉として受け取りますよ、団長」
そのやり取りに、場がどっと笑いに包まれる。なんだか家族の食卓のようで、胸の奥がじんわりとあたたかくなった。
「リイナさん、もっと食べてくださいよ。このシチュー、今日のために仕込んでもらったんですから」
ノアくんが空の私の皿を覗きこみ、笑顔で勧めてくれる。
「あ、ありがとう。……本当に、みんな気さくで優しくて、びっくりしちゃう」
思わず本音をこぼすと、クレイスさんが静かに言葉を継いだ。
「それは、リイナ殿が『信用に足る人物』だと判断されたからだろう」
「……それでも、良くしてもらって驚きばかりで。こんなふうに受け入れてもらえるなんて思ってもみなかったから」
「油断しないに越したことはないが、必要以上に構える必要もない。俺たちは同じくドラゴンと共に生きる者なのだから」
クレイスさんの言葉は、まっすぐで、やっぱり少しだけ不器用だった。でも、私の不安をぴたりと見抜いてくる。
「まあ、ルゥのような外部個体を育てるなんて、今まで前列がないから、騎士団内でも不安の声はもちろんあるけどね」
ミレーユさんがさらりとそう言って、場の空気がほんの少し引き締まった。でも、それは当たり前のことだ。私の大切にしていた「ねこもふ」でも、新しい保護猫が入った時はかなり慎重になる。元からいた猫たちに違う猫が入ることで様々なバランスが崩れるから。
もちろん国の竜部隊に比べれば規模は違うけど、ルゥという存在が波紋となって大きくなっていく可能性はもちろんある。
私は目の前の温かい皿を見つめながら、心の中でそっと呟いた。
(大丈夫。焦らなくていい……。少しずつ少しずつ)
そう思えたのは、ルゥが小さく鳴いて私の足元に身を寄せてきたからかもしれない。
そして、宴もたけなわのまま、ゆるやかに夜が更けていった。
* * *
屋敷に戻った頃には、すっかり星が空を覆っていた。
中庭の噴水は静かに水音を奏で、夜の王都は意外なほど静寂に包まれている。
私はルゥとネラとともに、部屋のバルコニーに腰かけて、夜風に当たっていた。
「ねぇ、ルゥ。……あの人たち、優しいね」
ルゥはくるんと尾を揺らしながら、小さく鳴いて応える。ネラも私の膝の上で香箱座りをして、じっと夜空を見上げている。
——この世界に来て、ようやく“自分”と言う存在が形を持ってきた。
突然の転生、ねこもふとの別れ、ルゥとの出会い、王都での出来事。全てが少しずつ意味をなし、大きな流れとなって私の背中を押す。
「……私、ここにいてもいいのかな。必要とされてるって…思ってもいいのかな」
夜空に吸い込まれそうなくらい小さく零した声に返事をするように返ってきたのは、静かなノックの音だった。
扉を開けると、そこにいたのは、時折この屋敷に出入りしている宮廷従者の女性だった。淡い緑の制服に身を包み、整った所作で一礼する。
「リイナ様。王妃陛下より、今宵お渡しすべきものがあるとのことで、お使いを賜りました」
「え……王妃様が?」
従者は丁寧に頷き、小さな包みを私に差し出した。その包みを解いて中身を確かめると、一通の手紙と銀のペンダントのようなものが入っていた。
「詳しくは中に記されております。どうぞご確認くださいませ」
私は思わず中身を見ようとして——でも、ふと手を止めた。この夜が、なにかの「始まり」になるような気がしたから。
「ありがとう。……ちゃんと確認しますね」
従者が去っていったあと、私はルゥを腕に抱きながら、そっと封を切った。
——それはセレスティア様からの、直筆の手紙だった。
そこに書かれていた言葉の意味は、まだ、この時の私には、半分も理解できていなかったけれど。
胸の奥で、なにかが静かに、確かに動き出すのを感じていた。
『それは、“竜と心を通わせる者”にだけ使うことのできる鍵です。あなたが選ぶべき道を見失いそうになった時、そのペンダントが必ず役に立つはず。きっと、導きの光が差すはずです。詳しいことは近いうちにわたくしの言葉で必ずお話ししますわ』
ペンダントは古びた銀と青白い宝石の組み合わせで、中央には細かな竜の文様が刻まれている。最初はただの魔除けや装飾品に見えたペンダントにそっと触れた瞬間——それは微かに、温かく光った。
あたたかな光にルゥがぴくりと反応し、鳴き声をあげる。
ネラも静かに目を細め、何かを感じ取ったような仕草を見せた。
「……もしかして、これ……何か力を持ってる?」
じっとペンダントを見つめると、脳裏に柔らかな“気配”が流れ込むように感じられた。
言葉で説明するのが難しい感覚——まるで、誰かが優しく手を差し伸べているような。ペンダントから放たれる不思議な力に、私は心を見透かされるような不思議な感覚に包まれていた。