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13. 訓練場見学からの一波乱

 翌朝、屋敷の中庭でルゥと軽く身体を動かしていると、騎士団の制服を身にまとったクレイスが静かに姿を現した。


「調子はどうだ?」


「こんにちは、クレイスさん。屋敷の方たちもとても親切にしてくださいますし、ルゥも元気です。私も昨日はぐっすり眠れました」


 クレイスは私の言葉に「そうか」と小さく返事をすると、真面目な声で続ける。


「……リイナ殿に、正式に頼みたいことがある。今日からしばらく、訓練場へ同行してほしい」


「え?」


「王妃陛下からの了承も得ている。君の“共鳴”は、あの場にいる全員にとって学びになる」


 私が戸惑う間にも、ルゥは興味津々といった感じでクレイスの足元にじゃれついていた。クレイスはルゥの好きなようにさせながら、私の返答を待っている。


「危険な任務ではない。だが……訓練中の使役獣や、制御が難しい魔獣を扱う場面もある。もちろん竜も」


「つまり、見学者ではなく、時には“共鳴者”として仕事をするかもしれないってことですね」


 クレイスは静かにうなずいた。


「君のやり方にはまだ異論も出るだろう。古い時代にはあった方法とはいえ、竜と共鳴する者である契竜者(ドレイア)はここ何百年も現れていない。特にヴァルトあたりは反発するだろうが、俺は……君の力を試す価値があると考えている」


 小さく鳴き声をあげるルゥを両手で抱きしめながら、私はクレイスの瞳を見上げる。特に何かを感じ取ろうとしなくても、彼の言葉には裏表がないことが分かった。


「ギルハルト団長もご存知なんですか?」


 竜騎士団団長の威厳のある姿を思い出し呟いた時、まさにそのギルハルト団長が屋敷の入り口からこちらに向かってくるのが見えた。団長は私とクレイスを交互に見ながら、大きな肩をすくめて見せる。


「クレイスの話通りだ。よければ、ルゥと共に竜部隊の訓練場に来てくれ。正直なところ、私は“共鳴“に関しては慎重派だが、王妃陛下たっての希望でもあるのだ」


「でも、訓練って機密とかがあると思うんですけど……」


「一部はな。だがリイナ殿は、“招待者”であると同時に、すでに“関係者”でもある。今後を考える上でも、見ておいたほうがいいだろう」


 ……関係者、かぁ。なんだか、責任のある重たい響き。でも、今は何でも経験してみないことには、話が進まない。私はルゥのつぶらな瞳を見てから、心を決めた。


「わかりました。一緒に行きます」


 少し不安だったけれど、私はルゥと一緒に訓練場へと向かうことにした。





 訓練場は、王都の外縁に築かれた堅牢な石造りの施設だった。広大な敷地の中、硬そうな鱗を持つ竜たちが鎧をつけられ、騎士の命令に従って動いていた。


 私が思わず立ち止まったのは、その目を見たときだった。


(……目に表情が、ない……?)


 訓練を受けるドラゴンたちは、皆一様に静かで、ただ指示通りに動いていた。感情のない、まるで機械のような目をしてる。


 私の足元にいるルゥが、不安そうに身体を震わせた。同じ種族の仲間と出会えたのに、ルゥは全然嬉しそうに見えない。


 そのとき、傍にいたミレーユが解説を始めた。


「使役型のドラゴンは、孵化直後から“精神固定処置”を受けています。情動の発達を抑え、命令にだけ従うように設計された個体群です」


「……感情を、抑えてるんですか?」


「ええ。それが軍事運用における“安定性”という観点では、最も効率的ですから」


 効率的。合理的。でも。


(……この子たちは、それでいいの?)


 私は、ルゥと一緒に眠るときのぬくもりを思い出した。あんな風に甘えたり、震えたり、感情を露わにする——そんな反応は、ここには一つもなかった。


 そんな中、あまりにも突然あたりに警報の音が鳴り響きわたる。


「北東の森林地帯に魔獣の群れが出たとの急報! 緊急出動の準備を!」


 ヴァルトが大剣を肩に担ぎながら叫び、ノアは魔導装置を抱えて駆け出す。


「リイナ殿、急で申し訳ないが同行してもらえるか? 万が一に備えて、君の力を……」


 ギルハルト団長の言葉に、私は迷いなくうなずいた。怖いけど、私はそこに行かなくちゃならない。そう本能が伝えてきた。


「行きます。私にできることがあるなら、全力で」


 すぐに準備された騎乗用のドラゴンに案内された私は、その黒い背に跨がせられた。ルゥをしっかりと抱きしめながら手綱を握る。後ろには当然の如くクレイスが乗り込む。どうやらこのドラゴンはクレイス専用竜みたい。


「俺がついている。落ちることは……まずない」


「は、はい。クレイスさん。よろしくお願いします」


 私が覚悟を決めたのを確認すると、クレイスは竜の腹を軽く蹴る。それが合図らしく、黒竜は大きな翼を広げた。


 その場で垂直に浮き、そのまま空へ上がるのは一瞬だった。……こ、怖い!! そういえば私、ジェットコースターとか乗れないタイプだった。

 恐怖はあったけれど、少し空を飛ぶと、私は空からの景色に夢中になってしまった。クレイスの操縦(?)はかなり安定していたし、竜は彼の指示に完全に従っている。


(……でも、ルゥと全然違う)


 このドラゴンの体温はとても冷たくて、呼吸のリズムが合わない。そして気持ちを感じ取れない。


 ドラゴンはただ、命令に従って飛ぶだけだけで、私はただの“乗せられている人間”だった。


 それでも、私たちは現場へと向かった——魔獣の群れの蠢く森の端へ。





 現場に着くと、すでに戦闘は始まっていた。


 ノアが魔法陣を張り、ミレーユが指示を飛ばす。ヴァルトは先頭に立ち、剣で魔獣を一閃していく。クレイスは竜に騎乗しながらも空から矢を放った。

 しかし、そんな威嚇攻撃をものともせず、熊のような大きな体躯の魔獣はどんどん増え続けていた。


 私は、不意に震える魔獣の存在を感じ取り、ルゥと同じようにまだ幼いことに気づいて——思わず叫ぶ。


「待って!あの子、怯えてるだけだわ!」


 魔獣はたちは暴走していたわけではなかった。環境の変化に戸惑い取り残された幼獣が、仲間を求めて森をさまよっていたのだ。それを追って、魔獣の群れが現れ、さらにその群れを狙う他の魔獣の群れが集まりつつある。


 降りたいことをクレイスに伝えると、竜は小さな魔獣のすぐ近くの地面に降り立った。私の顔を見上げて怯えるその小さな魔獣にそっと手を伸ばす。


 心を落ち着け、息を合わせる。


 ——そこには言葉は必要ない。気持ちを重ね、存在を認め合うような、静かなやりとり。

 私の手の紋がほのかに輝くと、ルゥの額にも呼応するように印が浮かび上がった。


 ルゥが私の腕から飛び出し、小さな羽音を立てて魔獣に近づいていく。グリムが影のように回り込み、使役竜に乗る騎士たちは反射的に動きを止めた。戦いの喧騒の中、私の呼吸と魔獣の小さな鼓動を合わせる——無言のやりとりが、世界をひと呼吸止める。


 幼い魔獣はぴたりと静まり、鼻を鳴らして私の足元にすり寄ってきた。ルゥは小さく唸ってその魔獣を守るように耳を伏せる。そこにいた誰もが、その光景を見て息を詰めた。


 やがて光が舞い、ルゥの気配と魔獣の鼓動が重なった瞬間——。


 ルゥの翼がふわりと揺らぎ、鱗のひとつひとつが輝くように色味を濃くした。


 それとほぼ同時に、辺りで錯乱していた魔獣たちは我に返ったようにその場で動きを止め、やがて幼い魔獣と合流すると、森の奥へと消えて行った。





 訓練場へ帰還したあと、騎士たちの私を見る目が変わった気がした。それをいい意味として受け取っていいのかは分からない。

 この国で、ドラゴンがどのように扱われているのか、ほんの少しだけ分かった気がした。

 まだ暴走したドラゴンを見たことはないけれど、もし、あの巨体が制御できなくなったら……。想像したくはないけれど、それは恐ろしい事態だと思う。


 だからこそ、フェンリル王国ではドラゴンの個体を管理し、扱いやすい子の精神状態を、産まれた時から固定する。確かにそれは、効率よく軍事に組み入れられる1つのノウハウだ。


「でも、私は違うやり方でルゥと向き合いたい…」


 私が呟いた言葉を耳にしたギルハルト団長は少しの間だけ黙ってから、こう言った。


「……だが、それが“軍”では不安定要素となることも、また事実だ。ドラゴンとの共生は理想だが、現実は残酷で困難が多い」


 その言葉を否定できなかった。


 でも私は、胸の中にある想いを捨てることはできなかった。


(それでも——私は、ルゥと歩きたい。自分の想いを、大切にしたい)

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