12. 新居と騎士団メンバー
色んなことが起きた謁見の翌日、私はセレスティア王妃から与えられた「新しい住まい」へと案内された。
石畳の上を走る馬車の窓から、王都の街並みが過ぎていく。城の南端に広がる一角――騎士団の訓練場や軍施設が多く集まるエリア、その少し外れに、その建物はあった。
苔むした塀に囲まれた二階建ての洋館。ひっそりと佇む外観は驚くほど美しく、古びてはいるが手入れは行き届いていた。敷地内にはちいさな中庭があり、中央の噴水のまわりをルゥが嬉しそうにくるくると飛び回る。
「ここ……思ってたより、いい場所かも」
屋敷のすぐ隣の敷地には、王国騎士団の第三宿舎があるという。どうやらクレイスの配属する小隊は、そこを拠点にしているらしい。
案内された部屋は、どれも広すぎて少し持て余しそうだったけど、ルゥやグリム、そして新たに仲間になった星紋猫のネラ――昨夜そう名付けた――も一緒なら、すぐ賑やかになりそうだった。
到着し、部屋の確認も終わらないうちに、扉をノックする音がした。
「リイナ殿、いるか?」
この低く落ち着いた声はクレイスのもの。もう来たの? まぁ隣が宿舎だから来やすいのもあるんだろうけど。
「どうぞ!」
私が開け放った扉の向こうから、彼と、それに見慣れない騎士が数名現れた。
その中でも特に大きな人影が見えた時、私は一瞬、空気が変わるのを感じた。
入ってきたのは、堂々たる風格を持つイケオジだった。銀色の混じる髪に鋭い目をして、筋骨たくましい体。まるで一国の将のような存在感。
「初めまして、リイナ殿。私はギルハルト・バルモントという。王国騎士団を預かり、団長を拝命する者だ」
「団長……!こちらこそ、お目にかかれて光栄です」
深く礼をすると、彼は僅かに口元をほころばせた。
「そう畏まらずとも良い。……君の存在は、クレイスから色々と耳にしている。我々にとっても希望のような存在だ」
彼の眼差しは、優しさと厳しさが混ざり合っていた。判断を急がず、まずは見極めようとする、そんな賢明な人の目。
(この人なら……信用しても、いいかもしれない)
ギルハルト団長は私に果物のたくさん入った籠を手渡すと、部屋の中に入ってきた。
「引っ越し祝いだ。……といっても、今は警戒も兼ねての見回りだがな。紹介しよう。こちらは第三小隊のミレーユ隊長と――」
「ミレーユ・クラヴィスです。以後、よろしく」
眼鏡をかけた黒髪の女性騎士が、食い気味にこちらへやって来て柔らかく会釈した。頭の回転が速そうな雰囲気。本を小脇に抱える姿は、騎士というよりどこか科学者のような感じに見える。
その隣からぬっと姿を見せたのは陽キャど真ん中な体育会系の赤毛の青年騎士だった。いきなりずいっと距離を詰めてきたので少しびっくり。ちょっとだけ距離感がおかしい。
「ヴァルト・イグレインだ! ミレーユと同じく、いちおう小隊長させてもらってる。…お前、竜を飼ってるって本当か?」
「ルゥは、飼ってるというより……保護して一緒に暮らしてる、かな?」
私が答えると、ルゥがちょうど部屋の隅から跳ねて飛び出し、ぴよぴよと空を舞ってきた。まだ小さな翼をぱたぱたさせながら、私の肩にちょこんと乗る。
「――なんだこのサイズ。思ったより、ちいせぇな」
「けれど、影食い獣を共鳴で鎮めたと聞きました。……すごい」
ミレーユさんが、ルゥをじっと観察しながらメモを取っている。なんだか研究対象にされているみたいで、ルゥがくすぐったそうに首を傾げた。
最後に現れたのは、小柄で華奢な銀髪の青年。ひょこっと顔を出すと、ぱぁっと笑顔になってこちらに走り寄ってくる。
「はじめましてリイナさん!ぼく、ノアっていいます!魔導士見習いで、みんなのお手伝いしてるんですけど……。あ!!この子がルゥですか!?めっっちゃ可愛い!!」
「ぴっ?」
突然抱きつかれたルゥは、びくっとなって慌てて私の後ろに隠れる。ネラも「ふん」としっぽを立てて威嚇ポーズ。
「……あ、嫌われた……」
「……まあ、うん、急すぎたかもね……」
だけど、ノアの人懐っこさは、どこかホッとするものがあった。この面々の中でこんな風に明るく素直でいられるのは、ある意味才能かも。
「でも、絶対仲良くなってみせます!ルゥともリイナさんとも!」
その意気込みが、思わず笑ってしまうほどまっすぐで嬉しかった。
こうして、私と騎士団のメンバーとの奇妙な交流が始まった。
「この通りの先にある建物が騎士団の詰所だ。何かあれば、すぐ来るといい」
クレイスが、大きな窓から見える建物の屋根を指さした。確かに近い。というか、ここ、事実上の監視下なのでは……?
けれど、まあ悪い気はしなかった。たとえ監視下であっても、何かあれば頼りにできる場所があるというのは、慣れない土地での暮らしには大切なことだから。これからの生活が、少しずつ良くなっていく予感がした。
「時間があれば、騎士団の訓練場を見に来るといい。お前とルゥを見たいという団員も多いからな」
「……わかりました。ありがとう、クレイスさん」
彼は一瞬、何か言いかけて、言葉を飲み込んだ。
「無理はするな。……王都は、リイナ殿が想像するよりもずっと複雑だ」
その言葉だけ残して、彼らは去っていった。
小さくなっていくクレイスの背中を見ながら、私はルゥのぬくもりを腕の中に感じていた。
「さぁ……王都での生活、始めよっか」
ルゥが一声「くぅう」と鳴いた。ネラは部屋の隅の陽だまりが気に入ったようですでに丸くなっているし、グリムはもふもふの尻尾を揺らしながら、居心地の良い位置を探している。
――ここから、また新しい日々が始まるのね。
興味、好意、そしてまだ見ぬ何か。それぞれの感情が、この屋敷に複雑な色を加えていく。
それでも私は——やっぱりこの世界が、ちょっと好きみたい。
……次に何が起きるかなんて、まだ知らないまま、私は大きく深呼吸した。