Ep1:消えた食パン
星見小学校の校庭には、大きな桜の木があった。春には花びらが舞い、子供たちの間で「願いの桜」と呼ばれている。でも、シュウは知っている。この学校には、桜の木よりもずっと深い秘密が隠されているってことを。
5年2組の教室は、いつもより騒がしかった。給食の時間が終わり、片付けをしていたら、クラスメートのカナエが大声を上げた。
「ちょっと! 今日のパン、誰か食べたでしょ! 私の分がない!」
カナエはクラスのまとめ役で、明るくて元気な女の子だ。彼女が騒ぎ出すと、みんなが一斉に自分のトレイを見直した。
すると、タクミが小さな声で呟いた。
「僕のも…ないかも」
タクミは電子機器が得意な発明少年。少し内気だけど、頭がいい。教室がざわつき始めたその時、担任の山田先生が慌てて言った。
「はいはい、みんな落ち着いて。給食当番が間違えただけかもしれないよ。明日からは気をつけるから、今日は我慢してね」
でも、僕は納得できなかった。昨日も一昨日も、給食のパンが減っているという噂を聞いていたからだ。偶然にしては多すぎる。
僕の探偵の勘が、ピリッと反応した。
「これは…事件だ」
僕はメガネをクイッと直し、ポケットから小さなノートを取り出した。そこには、いつも事件の手がかりをメモしている。
カナエが僕の横にやってきて、眉をひそめた。
「シュウ、またそのノート? ただのパンの話だよ。犯人探しなんて大げさじゃない?」
「カナエ、よく聞いて。3日連続でパンが消えてる。給食当番のミスなら、もっと早く気づくはずだ。誰かが意図的に持ち出している可能性が高い」
カナエは少し驚いた顔をしたけど、すぐにニヤリと笑った。
「ふーん、面白そうじゃん。じゃあ、私も手伝う! 星見キッズの初仕事にしようよ!」
「星見キッズ?」僕は首をかしげた。
「うん、私たちで探偵チーム作っちゃおう! ね、タクミ、リナ、ケンタも!」
カナエが振り返ると、タクミのほか、リナとケンタが集まってきた。リナは美術部で、観察力と記憶力が抜群。ケンタはサッカー部で、足が速くて体力がある。みんな、興味津々な顔で僕を見ていた。
「いいね、賛成! 僕、盗聴器もどき作れるよ!」タクミが目を輝かせた。
「私は現場のスケッチができるよ。犯人の特徴、ちゃんと覚えておく」リナがスケッチブックを見せた。
「俺は追いかけるの得意だぜ! 犯人、見つけたら逃がさない!」ケンタがサッカー球を蹴るマネをした。
こうして、僕たち「星見キッズ」の初めての事件が始まった。
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放課後、僕たちは給食室の近くに集まった。
給食当番の6年生に話を聞くと、確かにパンの数を確認して配ったという。となると、配った後に誰かが持ち出した可能性が高い。
「カナエ、今日の給食の時間、誰か席を外してた?」僕は尋ねた。
「うーん…そういえば、6年生のユウトがトイレに行ってたよ。しかも、戻ってくるの遅かった!」カナエの情報網はさすがだ。
「ユウト…ちょっと怖い先輩だよね」タクミが少し震えた。
「怖くても、真相を突き止めなきゃ。リナ、ユウトの特徴を教えて」
リナはスケッチブックを開き、ユウトの顔をサラサラと描いた。背が高くて、いつも赤いキャップをかぶっている。給食の時間、彼が席を外したタイミングでパンが消えたなら、怪しい。
「よし、ケンタ、ユウトが今どこにいるか探してきて!」
「任せろ!」ケンタは校庭に飛び出していった。
数分後、息を切らして戻ってきた。
「シュウ、ユウト、校庭の裏で友達と話してる! なんか…カバンにパンの袋みたいなのが見えた!」
「決定的な証拠だ。行こう!」
僕たちは校庭の裏に急いだ。ユウトは確かにそこにいた。赤いキャップが目立つ。カバンの中から、給食のパンの袋がちらりと見えた瞬間、僕は声を上げた。
「ユウト先輩! そのパン、5年2組の給食のものですよね?」
ユウトは一瞬ビクッとしたけど、すぐに睨みつけてきた。
「何だよ、ガキ。俺が取ったって証拠あんのか?」
「証拠なら、ここにあります」僕はノートを見せた。
「給食当番の証言、ユウト先輩が席を外した時間、そして今のカバンの中身。全部繋がります。どうしてパンを盗んだんですか?」
ユウトはしばらく黙っていたけど、突然うつむいた。
「…家に、食べるものがなくてさ。弟が小さいから、せめてパンくらい…」
その言葉に、僕たちは驚いた。
カナエがユウトに近づき、優しく言った。
「それは…大変だったね。でも、盗むのはダメだよ。先生に相談すれば、きっと助けてくれるよ」
ユウトは小さく頷いた。
結局、僕たちはユウトを先生に連れて行き、事情を説明した。
山田先生は驚いていたけど、すぐにユウトの家庭に連絡を取って、支援を約束してくれた。
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事件解決後、僕たちは桜の木の下に集まった。カナエが笑顔で言った。
「シュウ、さすが名探偵! でも、ユウトのこと、ちゃんと助けてあげられてよかった」
「うん。探偵って、ただ犯人を見つけるだけじゃない。真相の先に、誰かを救うことがあるんだ」僕はノートにそう書き込んだ。
その時、ケンタが叫んだ。
「ねえ、旧体育館の方から変な音がする! なんか…ドンドンって!」
リナがスケッチブックを握りしめた。
「まさか…幽霊?」
タクミが目を輝かせた。
「僕、録音機持ってる! 調べに行こう!」
カナエが僕を見て、ニッと笑った。
「シュウ、次の事件だよ!」
星見キッズの冒険は、まだ始まったばかりだ。
(第1話 完)