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096_アイドルのユニ

「オレはユニと一緒に死ぬんだあああ!」


 とんでもない内容の怒鳴り声がした。私も周囲の人達も硬直する。声の方向を確認すると、列の先頭の男がナイフを振り回していた。もう片方の手には薄型魔導書まで握られている。これは絶対に演出ではない、緊急事態だ。


「刃物を持った男が暴れています! 皆さん身の安全を第一に――」


 手荷物検査のスタッフが叫ぶ。会場は一瞬にしてパニックに包まれた。


 ――それは困る! まだ私握手してない!!


 私は慌ててバッグの中から石の礫を探した。殺さない程度の大きさにしなくては。ところがバッグの中にはラムスがみっちりと詰まっており、石が取り出せない。


「このクソドラゴンが!」


「お前、理不尽すぎるだろ!!」


 チビドラゴンと揉み合っていると、犯人の怒号が響いた。


「許さねぇ! 喰らえ、アーズラ・ショット!!」


【アーズラ・ショット_土弾を放つ魔法】


 犯人の手元、オレンジ色の魔法陣が輝きを放つ。ヤバい、出遅れた。私はユニの元へと走る。だが間に合いそうにない。私は人混みを掻き分けて列の前に出た。しかし同時に犯人の土弾が発射される。

 

「…ユニが!」

 

 勢いよく土煙が上がり、何も見えなくなった。ユニはどうなった!? 私やスタッフは慌てて状況を確認しようとする。そして霧が晴れると…私達は皆、息を呑んだ。

 ナイフ男は白目を剥き、地面へ伏している。そして犯人の顎があった位置にはギラリと輝くハイヒールが浮いていた。ビビットピンクのハイヒール…ユニのキックは一撃で男の意識を刈り取ったのだ。そして犯人の放った土弾は彼女の後方、ステージの装飾に被弾していた。それは高速で迫る魔法を、彼女が紙一重で回避したことを表している。無駄のない、完璧な見切りだった。歴戦の格闘家を思わせるような鋭い殺気も垣間見える。私達は息を呑んでユニへと視線を移す。しかし彼女は私達の方へ顔を向けると、ニコリと笑顔になった。こんな時でも、彼女の笑顔は新鮮な果物のように瑞々しくてハリがある。


「もう、ダメじゃないですかー。ユニのプニぴょこ王国にナイフは持ち込み禁止でーす!みんなが持ってきていいのはペンライトとフワフワ綿菓子だけだぞ?」


 瞬間、会場中から歓声が上がった。皆がユニを賞賛する。私もその一人だ。この身体能力なら、下手な冒険者よりずっと強い。やはり彼女は本物だった。流石は推しだ! 私は胸の奥が熱くなるのを感じていた。

 十分後、現場に自警団が到着。ユニを襲った男は最後まで目を覚ますことはなく、そのまま自警団員に連行されていった。誰もがほっと胸を撫で下ろす。時間を置いてから握手会は再開となった。中止にならなくて本当によかった。私たちは各々が元居た場所に並び直す。

 そして更に十五分後…ついに私の番が来た。心臓の鼓動がえぐいくらいに伝わってくるし、手は激しく汗ばんでいた。刃物アリの犯人が現れた時より遥かに緊張している。私はそういう奴だ。私はアセロラに背中を押されつつ列を進む。すると目の前のスタッフが私に尋ねた。


「何冊ご購入になりますか?」


「すみません、一冊で…」


 一冊しか購入しないことをつい謝ってしまった。クソ、情けない性分である。


「はい、お会計四千レムとなります」


「よ、四千レム!?」


 ――二千レム程度で済むと思ってた!!


 ちくしょう、足元見やがって…まあ出すけど。私は両手でしっかりと本を受け取る。そして後ろの握手会ブースへと進んだ。受け取った写真集の重さが現実であることを告げている。勿論私に余裕はない。額とかテカッてないだろうか。それがユニに会う前、最後の思考だった筈。ブースに入ると…すぐ目の前にユニが居た。


 ――ぬあ…。


 私は硬直する。既に五秒は経過したかもしれない。すると彼女の方から「早く、早く!」と急かしてくださった。私は慌てて両手を差し出す。ユニはニッコリ微笑むと私の両手を優しく包み込んだ。私より手が小さい! でもそれなりに筋肉は感じる! なんか凄い!! パニックに陥る私に彼女は笑顔で語りかけて下さる。


「アナタ、あのナイフの子と戦おうとしていたでしょ?」


「え、いや、あ、は、はいっ!」


 突然ユニに言い当てられた。私は更に固まってしまう。とりあえず全力で首を縦に振った。それを見た彼女は目を細くして優しい表情になる。


「あまり危ないことはしちゃダメよ? でもユニ、勇敢な女の子は大好き」


 ――そうでございますか。


 何もしてない。が、何かが報われた。とにかく「ありがとう」と言いたい。私は必死に表情筋を動かす。何故か手も震え出した。


「あ、あああり、りりがと…」


 そんなこんなで握手タイムは終了。私はスタッフに剥がされるとフラフラの足で何とか出口まで歩いた。待っているアセロラを妙に懐かしく感じる。握手自体は一瞬だった。しかし無限の時間を過ごしたようにも感じる。


「よい握手会でした…」


 私はアセロラにポツリと告げた。正直に言うと今日は不安だったのだ。他ファンとの温度差を感じることを覚悟していたし、それに実物のユニが想像よりイマイチな可能性もあった。しかしそれら全ては杞憂だったのだ。ユニは写真集で見たままのユニで、強さはそれ以上だった。それだけで満点…いや大満足である。緊張が解けると全身の力が抜け、そのままへたり込みそうになった。ゾンビのような私はアセロラに介抱され、かろうじて寮までの道を歩くのだった。

 ちなみに会場を後にする時、自警団のメンバーが会話している声がした。


「凶器のナイフを確保。しかし魔導書が見つからない、薄型のモノが使われていたらしいが…」


「分かった、もう一度現場を探してみよう」


 ユニを襲った凶器…ちゃんと見つかるといいな。さっき私が犯人を見た時、奴の持つ魔導書の中に真っ黒な魔法陣のページが見えたような気がした。でもそれが魔導書を探す手掛かりにはならないか。もしチャンスがあれば自警団の方に伝えようと思ったけれど、結局その機会は訪れなかった。


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