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095_握手会

リンの日記_五月十一日(日)


 昨日は大変だった。まさかプラナリ、グローフの双方から協力を求められるとは。しかし辛うじてお茶を濁すことに成功。プラナリはまだ私に何か伝えたかったようだけど、今日は先約がある。

 推しのアイドル――ユニの握手会だ。給料日からずっと今日を楽しみにしてきた。大人二人の喧嘩に構っている暇などない。

ユニは絶賛売り出し中の中堅アイドル。可愛らしい容姿と鍛え抜かれた肉体が持ち味。歌って踊って、戦えることを売りにした超武闘派アイドルである。

 私が彼女を推す理由はその〝ストイックさ〟だ。私が彼女を知ったのは約二年前、当時はお婆ちゃんによるスパルタトレーニングが過酷を極めていた。そして私自身も「自分より鍛えている奴なんて、そうそういないだろう」という驕りがあったと思う。一方で絵の方は行き詰っており、絵も肉体トレーニングも両方が中途半端だった。

 そんな私に進むべき道を示してくれたのが彼女だ。私は寂れた本屋で偶然彼女の写真集を発見した。圧倒的に可愛い容姿と私以上に鍛え抜かれた肉体美。彼女の二足の草鞋は衝撃だったし、私も「もっと頑張ろう」と思わされた。私にとって尊敬と推しは同義だったのだ。

 しかし私は彼女が「好き」なだけでグッズはろくに持っていない。勿論イベントに参加した事もなかった。これが田舎者の辛いところだ。(唯一持っているのは、彼女を初めて知った時の写真集のみ)だからこそ今日の握手会をずっと楽しみにしていた。新社会人として今日まで頑張った自分へのご褒美である。


 ――初任給もあるし!


 私はアセロラを連れて握手会場へと足を運ぶ。イベントはいつもの駅前広場にて行われる。寮から近場で助かった。ここは前に私が花粉怪鳥ヘルフィーブと戦った場所だ。(ここは普段から大道芸人がジャグリングを披露したり、子ども達が遊び回ったりしている賑やかなエリアだ)

 会場ではイベントスタッフ達がテキパキと会場設営をしており、既に五十人前後のファンが待機していた。これが多いのか少ないのかは分からない。男性が多いが、ちらほら女性もいて少し安心。そういうのも含めて何かと不安だったのでアセロラを呼んだ。

 彼女は「よく分かんないけど、面白そう!」と私の誘いを快諾してくれた。よく分かんないことに面白さを見出せるのは陽の者の特権である。私は全力でアセロラを崇め奉った。ちなみに彼女はアイドル全般に疎い。陽の者は自分を信じるだけで生きていけるのかもしれぬ。

 周囲を見渡すと壁に貼られたプログラムが目に入る。前半にミニライブがあり、握手会はその後だ。あと十分もすればユニがここに現れる。そう思うと謎に緊張してきた。それだけじゃない。耳を澄ましてみると、周りのオタク達は今日のイベントについてあれこれ考察している。「ケチャ」とか「レス」とか「認知」とか…よく分からない横文字まで使われている。まるで知らない学問の研究発表会に巻き込まれた気分だ。私のような素人が来てもよかったのだろうか。段々と不安になってきた。

そんな私をラムスは「ケラケラ」笑って馬鹿にする。イラっとした。ただでさえ今日の私は神経質なのに。私はチビドラゴンの首根っこを掴むと自分のバッグへと押し込んだ。


「何すんだ、この馬鹿者!!」


「黙れクソドラゴン…!」


 そうやってラムスと揉めていると、あっという間に十分が経過してしまったようだ。聞き覚えのある音楽が流れ始める。これはユニの曲〝プニぴょこ行進曲〟だ。歌詞こそついていないが、間違える筈がない。私もオタクたちも静まり返る。そして用意された小舞台から「ドーン」と大きな音がした。モクモクと桃色のスモークも上がる。炸裂と煙幕の魔法による演出だ…!


「みんなー! プニぴょこー!!!」


 桃色煙幕の中から一人の少子が現れた。湧き上がるオタクたち。歓声を聞いた彼女は私達に向けてとびきりの笑顔を届けた。彼女こそ私の推しのアイドル――ユニである。

 水色とピンクのストライプヘア、頭部にはトレードマークの王冠とウサ耳が乗っていた。白と水色のアイドルワンピースにはフリフリのフリルが沢山ついており、リボンやハイヒールはアクセントのビビットピンクがギラリと輝く。


「桃色ウサギとキングスライムの融合体、最強格闘アイドルのユニでーす!」


 拡声魔法が使われているとはいえ凄い声量だ。彼女の声に観客たちも応える。


「「プニぴょこー!」」


 私も負けじと声を上げた。一方のアセロラは私の隣で目を丸くしている。


「ぷ、プニぴょこって何?」


 アセロラからシンプルな疑問が飛んできた。私は指をピンと立てて回答する。


「ユニは〝桃色ウサギ〟と〝キングスライム〟の融合体なの。ウサギの〝ぴょこぴょこ〟とスライムの〝プニプニ〟を合わせて〝プニぴょこ〟だよ」


「凄い設定だね…人間ですらないのか」


「設定って言わないで! 可愛いからいいの!!」


「お、おう」


 ミニとはいえ初めてのライブ参加。彼女の歌声を聞けたことが何よりの収穫だった。やっぱり一芸を極めた人間は凄い…。(ユニの場合は二芸だし)アセロラも最初こそ戸惑い気味だったが、後半はノリノリで合いの手を入れていた。彼女の適応能力にはいつも驚かされてばかりである。


「この後は握手会で会おうね、プニぴょこー!!」


 ミニライブが終わるとユニは一度引っ込んだ。すぐに握手会ブースが組み立てられる。私も列に並びつつ設営されたブースやステージを視界に焼き付けていた。ユニ専用のピンクや水色のファンシーな装飾が輝いている。そういったデザインすら新鮮で、価値のあるものに思えた。私は今、都会にいるのだ。改めてそれを噛み締めていた。

 握手会では最初に簡単な手荷物検査があり、その後に写真集を購入するようだ。どうやら一冊購入につき二十秒間の握手ができるらしい。アコギな商売である。ファンじゃなければ絶対に買っていないだろう。まあファンだから買うのだが。

 

「私の番はまだかな?」


 期待に胸を膨らませながら自身の順番を待っていたのだが――

 

「オレはユニと一緒に死ぬんだあああ!」


 とんでもない内容の怒鳴り声がした。私も周囲の人達も硬直する。声の方向を確認すると、列の先頭の男がナイフを振り回していた。もう片方の手には薄型魔導書まで握られている。これは絶対に演出ではない、緊急事態だ。



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