091_主語のデカい話
グローフの後方から別の男の声がした。低く抑揚の少ない音には聞き覚えがある。私とグローフが視線を向けた先には、暗緑色の司祭服を着た男が立っていた。彼こそが世界樹の青窓の司祭――プラナリだ。
大柄で男性らしい顔立ちをしているが肌は陶器のように白い。そして髪は淡いモスグリーン。二つの目は死んだ魚のようにハイライトがなく、湖の底のような暗い水色をしていた。相変わらず浮世離れした雰囲気が特徴的だ。
「世界樹の青窓こそ正義だ。数々の天災を防ぎ、戦争を止めてきた」
その言葉を聞いたグローフが彼に鋭い視線を向ける。グローフとプラナリ、ついに二人が対峙した。こう見るとプラナリの方がだいぶ身長が高い。それにこの二人は実に対照的だ。私はグローフから「都会的、狡猾、野心家」みたいな単語を連想する。プラナリについては知らないことの方が多いが「使命感」や「忠誠心」のような単語が似合う気がした。また口数多く舌がよく回るグローフとは異なり、プラナリの言葉には淡々とした重みがあった。
大人二人の睨み合い…空気が張り詰めているのを感じる。二人とも出方をうかがっているのだろうか。先に口を開いたのは胡散臭い男――グローフだった。彼はとびきりの営業スマイルを構築すると、堅物なプラナリと会話を試みる。
「これは申し訳ない、僕は少しばかし神経質になっていたようだ。つい先日、親戚から青窓の良くない噂を聞いたものでね」
嘘である。グローフが弟から遺言を受け取ったのは十年も前の話だ。それでも彼はヘラヘラとプラナリに愛想笑いをぶつける。きっとプラナリと友好関係を築きたいのだろう。私に対しても最初はそうしていた。相手に近づき情報を抜き取るのは、この男の常套手段である。ところがプラナリ側からは全く愛想が感じられない。彼はグローフを完全に無視すると、私に向けて小さく視線を落とした。(グローフの舌打ちが聞こえる)
「楽師殿、ご足労いただき感謝する。教会で話をしたい」
――楽師殿…?
あ、私のことか。前回より丁寧な言葉遣い、少しだけ調子が狂いそうになる。そう思った直後、視界がぐにゃりと歪んだ。この感覚には覚えがある。ダンジョン〝トレント〟でプラナリから襲われた時と同じ…!
「こ、ここは…?」
目を開くと、私は白い壁の部屋にいた。天井が高くて、きっちり左右対称に椅子が並んでいる。部屋の一番奥には竜の彫刻があり、一際存在感を放っていた。ここはさっきまで森から見えていた教会だろうか。街から離れている割には規模が大きい。ちなみにグローフとラムスの姿は見当たらず、目の前に立っているのはプラナリだけだ。
私はすぐに魔導書を取り出して警戒モードに入る。これ以上チビドラゴンみたいな奴と契約させられるのはごめんだ。魔法陣を起動すると手元に三つの火球を生成する。
ところが奴は私の前に立つと両手を広げてみせた。もちろん彼の手には何も握られていない。「戦う意思がない」ということだろうか。それでも私は警戒を緩めず、プラナリから小さく距離を取る。不幸中の幸いなのは私が出口側に立っていることだ。全力で走れば逃げ切れる可能性もある。
「楽師殿が私に対して疑念を抱くのは自然なことだ」
私は何も言わないまま、火球の照準をプラナリに合わせた。彼はそれを回避しようとする素振りもない。いっそのこと打ってしまおうか。いやダメだ、彼の後ろにある彫像は見るからに高価である。あれを弁償する能力を新社会人は持ち合わせていない。
「私のことを許す必要はない。だが大切なことを説明する時間をいただきたい」
そう言うとプラナリは膝立ちになり、そのまま地に頭をつけた。
――ど、土下座!?
私はこれを人生で初めて見た。ど、どうしよう。この男に憤りがあるとはいえ、こんな展開は予想していない。むず痒いというか…私の方が謎の焦燥感に包まれる。
「ちょ、な、何してるんですっ…!?」
「世界のために…楽師殿に協力していただきたいことがある」
――せ、世界のため?
教会で司祭を務める大男から、まるで子供のごっこ遊びのような言葉が飛んできた。私はそのセリフに目を丸くすることしか出来ない。今日は私の予想を越える出来事ばかりが起こる。想像の百倍くらい主語がでかいのだ。