081_後片付け
リンの日記_五月七日(水)
二日間にわたる討伐会が終わった。水曜日の今日は後片付けだ。討伐会の参加者も、そうでない者も全員一丸となって街の修復を行う。
具体的には魔物が壊した家や屋台の修理。そして街の至る所に落ちている備品やゴミの回収などだ。私は朝からポーションの空き瓶を拾い集めていた。皆戦いづめだったこともあり、結構な数のゴミが放置されている。私はお昼休憩も取らず、ひたすら瓶を回収する作業に没頭していた。(こういう単純作業は嫌いではない)
茂みに入り込んだ瓶に手を伸ばす。くそ、ちょっと届かない。すると誰かが反対側に回り込んで、その空き瓶を拾い上げてくれた。顔を上げると、そこにはランチュウの姿が。
「ランチュウ…体調はもういいの?」
「まだ少し気持ち悪イ」
私はランチュウから瓶を受け取った。なんとなく気まずくて、私は彼の首元あたりに視線を向けている。魔物化現象を含め、聞きたいことは山のようにあった。しかし彼の事情を鑑みるとなかなか踏み込むことが出来ない。結果、沈黙が続いてしまっていた。先に口を開いたのはランチュウの方だ。
「すまなかっタ」
昨日の魔物化事件のことだろうか?
「ううん、ランチュウこそ大変だったね。もう事情聴取は終わったの?」
「ああ、なんとかナ」
今朝、ランチュウとミラー(付き添い)は自警団で事情聴取を受けていた。あの時は無我夢中で戦っていたが、そもそも人が魔物化するなんて話は聞いたことがない。魔物は魔力を核とした生命体であり、ダンジョンから生まれるのが一般的だ。根本の構造が一般的な生き物とは異なるはず。アセロラやアキニレでさえ、全く知らない現象だと話していた。自警団でどのような判断がなされるのか、私やスワローも心配している。
「今回の騒動で僕は人を襲ってしまっタ。だが襲撃したのが一般人ではなく冒険者だったことや、魔物化が僕の意思ではなかったことから…逮捕される可能性は小さいそうダ。アトラス様も今回の件を自警団に説明してくださっタ」
「そっか、逮捕されなくてよかった」
それでもランチュウは申し訳なさそうだ。
「まあナ…残りの時間は魔物化の原因について取り調べを受けタ。最近の行動を細部まで説明した感じダ」
「何か分かった?」
「分からない…だが一つ気になることがあル」
「気になること?」
「僕は先週、新社会人限定のセミナーに参加しタ。内容はスケジュール管理のコツなんかを説明する、ありふれたものだったがネ」
――え、意識高っ。
「そんなの行ってたんだ」
「そのセミナーの最後に…魔法を掛けられた気がしタ」
ランチュウは淡々と話す。要するに「この魔物化現象が人為的なものだ」と言っているのだ。私は背筋が凍るような錯覚を覚えた。思わず私の声もワントーン小さくなる。
「…どんな魔法?」
「分からなイ。気が付かない者が大多数だと思うが、僕は微かに魔力の歪みを感じタ。この話は自警団へも伝えてあル」
「そっか…」
突然のシリアスな話になんと返答していいか分からず、私達はまた沈黙になってしまった。私は人と話す時は聞き手に回るタイプ。ランチュウは普段人と話さないタイプ。凸凹コンビならぬ、凹凹コンビなのだ。
「すまなかっタ…」
ランチュウが再度謝罪の言葉を口にした。
「それはもういいって」
「その件だけじゃなイ。その…」
「?」
ランチュウが少し視線を落とす。私は彼より背が低いので目が合った。本当にいつもの太々しいランチュウとは比べ物にならない。私は小さく首をかしげて彼の次の言葉を待った。
「あの後、父のことを思い返したんダ。彼は『社員は家族』が口癖で、誰にでも分け隔てなく接していタ。僕とは正反対な父サ…」
確かにいつも一人が好きなランチュウとは正反対だ。そんなランチュウは今日初めて小さくだが口角を上げた。
「だが父だって人間ダ。全員と気が合う筈はないと思ウ。だから彼も…上手くやっていたんだろうナ」
「ランチュウ…」
「話せてよかっタ」
彼はそれだけ告げると去っていった。どうやらスワロー達と一緒に壊れた屋台の撤去をしているようだ。今回のことがランチュウにとってプラスになるといいな。私は心の中でランチュウにエールを送った。後で聞いた話によると、ランチュウはこれからいくつかの病院、研究所で検査を受けるそうだ。魔物化の原因が分かればいいのだが…。すると今度はパタパタと翼をはためかせる音がした。チビドラゴン――ラムスだ。
「まだ空き瓶集めてるのかよ!」
「アンタこそ何処行ってたのさ?」
「オレちゃんは向こうの屋台を撤去するのを見てたんだ。スガガーンって凄い音がするんだぜ」
「あっそ、それはよかったね」
昨日はすぐ寝てしまったので、このチビドラゴンと話すのはランチュウとの戦い以来だ。唯一気になっていたのは…あの時、何故ラムスは私を庇おうとしたのだろうか。
「ねえチビドラゴン、あの時どうして私を庇ったの?」
するとラムスはムスッとした顔を私に返してきた。
「お前こそ、どうしてオレちゃんを守ったんだよ」
なるほど、そう言われてみるとそうだな。私は確かにラムスを庇った。ランチュウの操る水草の一撃からチビドラゴンを守り、肩を負傷している。私の肩は未だに赤く腫れていた。あの時の私は…どうしてコイツを守ったのだろう。
「気まぐれ…かな」
「奇遇だな。オレちゃんもそんなところだ」
私が呟くと、ラムスの奴も首を縦に振った。
「チビドラゴン、アンタは運がいいみたいね」
「そりゃ、お前もだろ?」
昨日までの二日間とは打って変わり、今日は静かな一日だった。今日の後片付けが終われば討伐会の全行程は終了となる。明日からはまた魔法陣の開発業務だ。そう思うと安心するような、不安が勝るような…。社会人生活もいつの間にか二か月目に突入していた。




