084_決意表明と秘密
私は死にそうな鯉だった。頭を真っ白にして口をパクパクさせることしか出来ない。すると舞台袖にはけていたスワローが大きく右手を上げた。
「じゃあ俺から行きます!」
彼が先陣を切ってくれた。これは非常に助かる!
「お疲れ様です! スワローです。俺は生まれも育ちもトランです。自分の育った街に恩返しがしたくてこの会社を選びました! この気持ちを忘れずに頑張ります!! 秘密はですねえ、俺は飲み会が超大好きですが…予定が無い日は二十二時には寝ます!」
ウケている! ただ「予定が無い日は早く寝る」って言っただけなのに!! それにスワローの地元愛は私も知っていた。これは彼にしかできない決意表明だったのかもしれない。拍手を受けながら彼の番は終了した。次にアセロラが立ち上がる。
「今日は私達のために素敵な会をありがとうございます。私は魔法が大好きです。これからもっと沢山の知識を吸収したいと思っていますので、よろしくお願いします。私の秘密は…家事全般がまだまだ修行中の身です…」
アセロラの「魔法大好き」発言は皆を笑顔にした。(もちろん私も)彼女の放つオーラは常に人を明るく元気づける。そして次はランチュウだ。彼もこういうのは苦手だと思うが、割とあっさり立ち上がった。
「僕は魔法陣開発において、下流から上流まで全ての工程を一人でこなすことの出来る人材になりたいと思い、この中小企業を選んダ。だが本当はそれだけじゃなイ。ここには、かつて父が立ち上げた会社と同じ暖かさがあル。ここの一員として頑張っていきたイ」
ややキレのある言葉選びだが…彼の思いは理解できた。ランチュウの言葉に私も頷いてしまう。
「秘密は…実は甘いモノが好きダ」
甘党なんだ…。
ランチュウの自己紹介も大きな拍手と共に終了した。あっという間に私の番である。私は何を話すべきだろうか。決意表明はともかく〝私の秘密〟かあ…。思い当たる節が無いわけではない。
――私は趣味で〝絵を描くこと〟をアセロラにすら伏せている。
学生時代はそうじゃなかった。自己紹介の際は常に「私は絵を描くのが好きです!」と話していた筈だ。そういった話題に触れなくなったのは、進路について考え始めた時期。私は絵に関する仕事につくことを諦めかけていた。(そして結果、諦めることになった)それ以降、絵に関する話を人としていない。自分が絵を描くことも人に伏せている。何故なら…どうしたって余計な被害妄想がつきまとうからだ。
「そんなに好きなのに、どうして絵で食っていこうと思わなかったの?」
「単に諦めただけ?」
「まあ情熱の大きさは人それぞれだから」
きっと本当に心無いことを言う人間は少数だ。でも一定数はいるだろうし、そもそも脳内でこういったシミュレーションをするだけで疲れてしまう。だから私は自分が絵を描くことをずっと黙っていた。黙っているつもりだった。私は小さく手を上げると、恐る恐る立ち上がった。
「リンです。今日は素敵な会を開いていただき、誠にありがとうございました。私はエンジニアやパティシエ、画家みたいな職人達に憧れを持っていました。私もここで沢山精進して彼らのようになれたらと思っています。そうすることで自分を誇れるようになるのではと考えています。あ、あと私の秘密は――」
そこまで話した時、テーブル端のラムスが目に入った。あのチビドラゴンは私のバッグから飛び出して歓迎会のご馳走をつまみ食いしている。まあそこまで減っているわけじゃないし、今のラムスは私以外に見えていない。そう思って今晩はずっとスルーしていた。そんなラムス越しに開きっぱなしのバッグ見える。そうだ、私のバッグにはメモ帳が入っている。この瞬間、私の覚悟は固まった。
私は慌てて自分のバッグを掴むと、中から一冊のメモ帳とペンを取り出す。そして適当に開いたページに、急いでペンを走らせていく。三十秒後、私が紙を皆に見せると「おお!」と歓声が上がった。私は〝ニコリと微笑むアセロラ〟の似顔絵を描いのだ。
「わ、私は絵を描くのが趣味です。どうぞよろしくお願いします!」
――よかった、やっと終わった…。
私にも沢山の拍手が上がっている。もしかすると一番大きかったかもしれない。私はヘロヘロと椅子にもたれかかる。自分が絵を描くことをついに話してしまった。何で話したのだろうか。ランチュウの頑張っている姿を見ていたら少し考えが変わったのかもしれない。青臭い考え方かもしれないが…それでも、もう少しだけ自分のことを知って欲しいと思ったのだ。
残った時間は沢山の社員が似顔絵を褒めてくれた。スワローが「俺も描いて!」って騒いでいて面白い。さっきの営業二人組とも絵のことを話した。二人とも漫画愛好家だそうで、好きな漫画のコマやイラストについて熱弁している。最初よりずっと楽しい時間だった。不思議なものだ。
――この会社で頑張っていこう。そう思うことのできた一日だった。
ちなみにアセロラが例の似顔絵を欲しがったので断った。
「私が本気出したらもっと上手く描けるの! これは恥ずかしいからプレゼントできない!!」
彼女は渋々諦めた。すまんな、これは譲れないのだ。魔法陣の開発でも、いつかこういう拘りが生まれるのかもしれない。そうだといいな。その日はバルの前で解散。楽しい時間を過ごすことが出来てよかった。幹事のアキニレにもお礼をしなくてはな。私達、同期四人は駅からの通りを歩いていた。