083_一発芸
「謝ることじゃない。ほら、スワローとランチュウの一発芸が始まるぞ」
ガスタに連れられて私はアキニレたちの方へと移動する。バルの一角には小さなお立ち台が用意されていた。普段は吟遊詩人や歌手なんかが使うのだろう。今はその台にランチュウが一人で立っている。スワローはどこだ? そう思った時「ガチャリ」とバルのドアが開いた。
――スワロー…?
服がいつものジャケットではない。ピンクでツヤツヤした女物のアイドル衣装だ。ヒラヒラのスカートと、イカつい肩幅が強力なカオスを生んでいる。
「では一発芸を披露させていただきます! 俺が歌い、ランチュウが踊ります!!」
彼はそう告げると、最新のアイドルソングを歌い始めた。
「私は愛の冒険者! アナタが欲しいの、ラブシュート!!」
「ドロップして、恋の宝箱! ラブラブ、ラララ、ドッキドキ!!」
「スライムよりクリアな気持ち。ただ貴方が好きだった!」
甘い歌詞を熱唱するスワロー。
――すげぇな、そして無駄にうめえな。
私には絶対できない芸当である。そして真顔で踊るランチュウ。きっと今日のためにダンスを覚えて来たのだろう。フリ自体は完璧だが、キレがないところが実に彼らしい。ちなみにアイドル衣装は踊り手のランチュウではなく、スワローが着るんだな。流石にあれを着る勇気があるのはスワローだけだったか。
二人の歌と踊りはそれなりにウケていた。イカつい男性二人組が「ラブラブ、キュンキュン」と言いながら、両手でハートマークを作るのだ。非日常的なギャップがある。特に営業の先輩社員達のツボを捉えていた。私もランチュウと目が合った時には思わず笑みがこぼれてしまう。ああ、変な人達…。
――やっぱりランチュウは変わろうとしている。
以前までの彼なら、絶対にこんなことはしなかった。私は「人が成長すること」が常に正しいとは思わない。前のツンツンしたランチュウが悪いとも思わない。でも彼が少しでも生き易くなるのなら…それはアリなのではないだろうか。そんなことを考えていたらアセロラが隣に来た。
「二人とも振り切ってるね」
「そうだね」
全力で歌い、踊る二人が少しだけ眩しく見える。断じて羨ましいわけではない。でもなんというか…私ももう少し心を開いてもいいのかもしれない。ワークツリーに入社して一か月、先輩たちのことは尊敬している。アキニレもガスタも私に無いものを持っている人間だ。スワローみたいにベタベタするつもりはないが、ちゃんと背中を預け合える関係にはなりたい。そう思っている…。
二人の一発芸が終わると、アキニレが舞台の上でアナウンスを行った。
「縁もたけなわではございますが…このバルの予約が残り三十分となっております」
会場からは「えー!」と閉会を惜しむ声が聞こえる。
「なので! 最後に今日の主役である新人達から一言ずつ貰おうと思っていまーす」
――き、聞いてない!
今日のアキニレは完全に敵である。私は本当にこういうのが苦手なのだ。もう少し心を開こうとは思ったがそれは今じゃない。準備の時間をくれ!
慌てて周囲を見渡すが、先輩社員達からはパチパチと賛同の拍手が上がる。アセロラやスワローも笑顔のまま拍手に加わっていた。無敵なのかコイツら…。ランチュウだけが私と同じように白目を剥いていた。そしてアキニレは私達四人に向けて簡単に補足を行う。
「話してもらうテーマは二つ。社会人としての決意表明と最近の小さな秘密です」
なんだそりゃ。決意表明はともかく〝小さな秘密〟とは…? 「なにか面白いことを言え」ってことなのか? 私は脈打つ心臓を押さえ、頭をフル回転させる。こういう時「面白いことを言わなきゃ!」と考えるのは完全に悪手。全くアイデアが浮かばなくなる。とにかく最近の記憶を辿るのだ。
――だがしかし何も思い浮かばない。
私は死にそうな鯉だった。頭を真っ白にして口をパクパクさせることしか出来ない。すると舞台袖にはけていたスワローが大きく右手を上げた。
「じゃあ俺から行きます!」