082_新人歓迎会
リンの日記_五月九日(金)
「新入社員に乾杯!」
「「乾杯!!!」」
幹事のアキニレに合わせて、皆がビールを掲げた。今日はワークツリーの新入社員歓迎会である。社員が集まりやすいという理由で金曜、十九時の開催となった。
場所は駅近くの小さなバル――イネーブル。アキニレが度々利用しているらしい。テーブルの上には酒とご馳走がところ狭しと並べられている。ピザやチキンウィング、フルーツプレートなどが照明の光でキラキラと輝いていた。新社会人の一人暮らしではなかなか手の出ない料理ばかり。この為に来たと言っても過言ではない。
ちなみに私はいつも通り緊張している。社内の歓迎会とはいえ、まだ殆どの先輩と交流したことがないのだ。それにヘマをすれば今後の関係性に亀裂が走りかねない。下手な外部の飲み会よりも慎重にならねばなるまいて。だから今夜、私はアセロラの隣にいよう。そしてもし元気な先輩にダル絡みされたら、スワローを生贄に捧げるのだ。そう思っていた時期が私にもありました…。
「はーい、席替えのクジ引きをしまーす。今日はいつも話さないメンバーで交流しましょー」
アキニレがとんでもないことをほざき始めた。貴様、裏切ったのか!?(別に裏切ってはないが)私はクジの中から一枚の紙を取り出すと、恐る恐るその包みを開く。アセロラと一緒のテーブルになりますように。そしてガスタと違うテーブルになりますように…。
――どうだ…!
結果、アセロラもガスタもいなかった。私の座るテーブルにはアキニレと営業の先輩二人が座る。二人とも男性で年齢は三十代くらい。短くカットした髪が清潔感とコミュニケーション能力の高さを醸し出している。営業の社員さんはテンションが高く、飲み会好きな人が多いと聞いた。だからこそ私は苦手意識があった…。
唯一の救いはこのテーブルにアキニレがいることだ。彼はマイペースだが、グループが沈黙にならない程度には会話を回してくれる。私は心底ほっとして、机のポテトチップに手を伸ばす。ところが――
「俺は幹事だから他のテーブルも覗いてくるね?」
そう言って裏切り者は他テーブルへと去っていった。この場には私と先輩二人だけが残される…。改めて言おう。営業職の方々はテンションが高く、飲み会好きな人が多いそうだ。要するにスワローが二人。そう考えると既に心が挫けそう。片方の先輩が私の顔を覗き込んできた。
「会社は慣れた?」
「す、少しは慣れて来たかなぁと」
「ははは、堅くならなくていいよ」
「あ、はい…」
彼らはとても気さくだった。しかしどうも会話の距離感が近い。「ぶっちゃけ僕って何歳に見える?」「実際のところこの会社どう思う?」「最近の若い子は出世とか興味あるの?」
――こんなの愛想笑いを重ねるしかないじゃないか。
私は終始ヘラヘラしていた。「どの先輩が怖い?」って聞かれた時も「ガスタです!」と答える度胸が私にあればよかったのかもしれない。そんな会話が一時間ほど続いた。
「おい、君」
振り向くとガスタが立っていた。お酒のせいで顔がやや赤い。まさか酒に酔うと絡んでくるタイプなのだろうか。こんなところで説教なんて御免である。私は恐る恐る彼の顔色をうかがった。
「な、なんでしょう…?」
「飯、食ったのか?」
え、ご飯…?
「まだ食べてないです…あんまり」
「まったく…ちょっと待ってろ」
ガスタは一度引っ込んだかと思うと、大きな皿にピザや生ハム、フルーツなんかを盛りつけて戻って来た。バケットにはアボガドのディップがたっぷりと塗られている。え、これくれるの?
「あ、ありがとうございます…」
私は彼からお皿とフォークを受け取った。どうしよう、見ず知らずの先輩達と一緒にいるより、ガスタといる方がマシかもしれない。そんな風に感じる日が来るとは…。それにしても今日のガスタは機嫌が良い。今だって「お前は要領が悪いんだよ!」とか「もっと他の先輩と交流しろ!」みたいなお説教が挟まると思っていた。お酒が入ると気持ちが高揚するタイプなのか? ピザにがっついているとガスタが苦笑した。
「君は現金なやつだな。さっきまであんなに堅かった癖に」
「すみません」
「謝ることじゃない。ほら、スワローとランチュウの一発芸が始まるぞ」
ガスタに連れられて私はアキニレたちの方へと移動する。バルの一角には小さなお立ち台が用意されていた。普段は吟遊詩人や歌手なんかが使うのだろう。今はその台にランチュウが一人で立っている。スワローはどこだ? そう思った時「ガチャリ」とバルのドアが開いた。