081_穴埋め研修⑤
カンカンカンカンッ!
――ん!?
誰かが大急ぎで階段を駆け上がってくる音がした。
全員が振り返るとそこにはスワローの姿があった。その手にはランチュウの魔道書が握られている。私は目を丸くした。
「ランチュウ! まだ間に合う!!」
「い、いつの間に!?」
私が魔法を使った直後、すぐに魔導書を追いかけていたのか。ランチュウに気を取られて気が付かなかった。しかもこんなにすぐ戻ってくるなんて想定外だ。スワローは右足を擦りむいていた。
「この魔導書、倉庫の天井に引っかかっててよ」
「天井に登ったのカ…脚立も使わず二?」とランチュウ。
「今の俺にはこれくらいしか出来ないからな。ランチュウ、後は頼んだ」
手渡された魔導書にランチュウはやや戸惑っているように見える。彼は砂埃にまみれた魔導書をジッと見つめて小さく呟いた。
「…ありがとウ」
「え、何か言った?」
「何でもなイ、『トランの猿は底なしの馬鹿だ』と言ったんダ」
彼は机に戻ると三枚目の魔法陣を再起動、編集モードに切り替える。お互いの魔法陣は残り一枚。ここから先はアセロラとランチュウの一騎打ちだ。彼は鬼気迫る勢いで魔法陣の穴埋めを行っていく。まずい、強引に掴み取ったリードがどんどん失われていく。それでも私はアセロラを信じていた。
彼女は本当に要領がいい。私が一時間かかるタスクを半分の時間で終わらせてしまう。以前、そんな彼女に「どうしてそんなに早くタスクをこなせるのか」聞いてみたことがあった。確か会社からの帰り道で、私がガスタに散々絞られた後のことだ。
「自分ではそこまで要領がいいとは思わないけどなー?」とアセロラ。
「いやいや、だとしたら私はどうなるのさ!?」
私のおどけた表情がツボに入ったようで、アセロラは楽しそうに笑う。
「そうだな…そういえば私、幼少期からピアノとか数学、魔法学、舞踏みたいに色々と習い事をやってはいたかな」
「え、アセロラってお嬢様だったの?」
「今はそこまでじゃないよ。それに当時の私は習い事よりも友達と遊ぶ時間が大事だったし…。だから良くも悪くも要領が良くなったのかもしれないね」
「良くも悪くも…?」
「うん。赤点を取って怒られたくはないけど、友達と遊ぶ時間も確保したい。だから最小限の努力で合格点ギリギリを取る力ばっかり身に着いちゃったよ」
アセロラはそんな風に謙遜して笑う。私の知る彼女は〝合格点ギリギリ〟どころかいつも〝殆ど満点〟だけどな。それに作業の遅い私からすれば、本当に羨ましい才能だった。それを伝えると彼女は恥ずかしそうにまた笑う。どこまでも可愛い奴め。
「よし、あと三か所ダ…」
ランチュウが虫食いに次々と値を入力していく。勿論アセロラも負けていない。入力の速さでは彼女に分があるくらいだ。二人の作業は大詰めを迎えていた。どちらが勝ってもおかしくない名勝負だ。
――それでもこのスピード対決は絶対にアセロラが勝つ。
私にはその確信があった。だってワークツリーの中で、彼女と過ごした時間が一番長いのは私だ。たった一か月でも彼女の実力は信じるに値するものだった。
「できた!」
先に声を上げたのはアセロラだ。彼女の魔法陣が真っ赤な輝きを放つ。直後、ランチュウの魔法陣も赤く輝きを放った。本当に紙一重の差だ。それでも先に魔法を発動させたのはアセロラだった。
「ヴレアワークス!」
【ヴレアワークス_勝者の花火を打上げる魔法】
彼女の魔法陣から一筋の光が立ち昇り、夕焼け空に大輪の花火が輝いた。綺麗な紅色の光だ。キラキラと輝くその姿はまるで私達を労っているように思える。
「この勝負は女子チームの勝利だ」
ミラーが私たちの勝利を宣言すると、私は屋上の床にヘナヘナと腰を下ろした。やった、罰ゲーム回避である。アセロラが私にピースサインを送るから、私も彼女の真似をしてピースサインを返した。
「クソッ」
一方のランチュウは唇をギュッと噛み締める。悔しがる彼に対してスワローは右手でグッドマークを送る。
「ランチュウ、かっこよかったぜ」
「君はもっと呪文を学ベ。君のような奴が同期だと僕にシワ寄せが来ル」
「なら教えてくれよー」
「まずは…自分で学ベ」
不器用なランチュウはそれだけ告げるとそっぽを向いてしまう。彼はスワロー相手だと特に不器用さが目立つようだ。それでも男子二人も少しはお互いの事が理解できたのではないだろうか。スワローの行動や言葉はきっとランチュウにも届いていると思う。
私達は同期であり、その関係は学校の友人とは大きく異なる。友達なら仲の良い者とつるむし、そうでないなら距離をおけばいい。しかし同期はそうじゃない。価値観が大きく離れていることもあるし、馬が合わないことだってある。でもきっとそれでいい。仕事という大きな敵と戦うためには沢山の考え方や価値観が必要不可欠なのだ。冒険者のパーティーに戦士や魔法使い、僧侶など様々な役職があるのと同じだろう。少しずつ彼らと距離を縮めていこう。そう思えた一日だった。