080_穴埋め研修④
私はアセロラの手を掴むと机に両手をつく。そして再び魔法陣と向き合った。ランチュウ達に勝つのはかなり難しい。いや、もう無理かもしれない。だが新人歓迎会で一発芸なんて…そんなのもっと無理だ!
――その瞬間、私の頭上に閃きの雷が落ちた。
ミラーはいつも簡潔に話す。それは研修や打合せでも例外ではない。要点だけ話して後から質問を求めるタイプの人間だ。今回の研修でも彼女が説明に使った時間は短くアセロラが要点を再確認していた。しかし、そんな彼女が随分丁寧に説明していた部分があった気がする。完成した魔法陣のテストについてだ。ミラーのセリフは以下の通り。
「魔法陣が完成したら私の前でその魔法を発動し、テストを行うこと。三枚の魔法陣が全てテストに合格した時点でそのチームの作業は終了だ。テストはどのタイミングで行っても構わないし、魔法の使い方も自由。ただし安全のため、一度テストに成功した魔法陣はその後、再起動する事を禁止とする」
テストのタイミングや再起動禁止のアナウンスは分かる。だが「魔法の使い方も自由」ってなんだろう。魔法陣のテストなんて魔法を発動して、それが正常に動くか確認するだけじゃないのか…?
――それとも本当に自由に使っていいの?
私は急いで自分の魔法陣と向き合った。とにかくこの魔法陣を完成させなければ話にならない。私は最後の虫食いに値を入力し呪文を完成させた。結局一枚の魔法陣を完成させるのに一番時間がかかったのは私だったな…。いや、今そんなことはどうでもいい。私は完成した【追い風を生成する魔法】を起動させた。目の前の魔法陣が緑色に輝く。
「今から魔法陣をテストします」
私は露骨にランチュウの方を向いて、ミラーにテスト実施を宣言した。彼女は腕組みのまま「分かった」とだけ告げる。止められる気配はない。
いいんだよね?
やっちゃうよ??
「テイルウィンディンッ!」
【テイルウィンディン_追い風を生成する魔法】
私はランチュウに狙いを定めて魔法を発動した。魔力を全開にした特大の追い風である。
「「な!?」」
ランチュウとスワローが驚きの声を上げた。が、もう遅い。突風はランチュウの魔導書を絡め取り、天高く打ち上げる。そして魔法が停止すると彼の魔導書は屋上の高さから地面まで真っ逆さまに落ちていった。やべ、思ったより飛ばされたな…。
「何をすル!!!」
ランチュウが反射的に大声を上げた。そして私の方を向くと怒りの炎をメラメラと燃やす。まあ、それはそうだ。同じ事をされたら私でも怒る。ところが私が口を開くより先にミラーが彼を制した。
「完成した魔法陣で相手を攻撃してはいけない…そんなルールはない」
「これは明確な妨害行為ダ!」
ランチュウはミラーにも食らいつく。
「私はこの三枚の魔法陣以外の魔法を使う事は禁じた。だが完成した魔法陣は一度限り自由に使ってよいとした」
「だが…それとこれとハ――」
「それにランチュウ、お前は私がルールを説明している時、既に魔法陣に気を取られ話を十分に聞いていなかっただろう。私は気づいていたぞ」
「っ!」
「確かにリンのやり方はやや強引だったかもしれない。しかしルールを破ったわけではない。今回の事は教訓としておくんだな」
「……」
ランチュウは黙り込んでしまった。
なんか可哀想なことをしたな。
今日のランチュウはいつもと少し違った。スワローに協力的だったし、彼なりに上手くやろうと頑張っていたのだろう。それもあって特に勝ちたかったのかもしれない。しかしランチュウよ、私だって、どうしてもこの勝負に負けるわけにはいかないのだ。勝負とは姉妹で奪い合うプリンのように、時に残酷で救いのないモノである。
この状態のランチュウ、スワローが一階まで降りて魔導書を探して戻ってくるのは相当な時間のロスだ。アセロラのペースを考えれば私達の勝利は明確…。それを分かっているから彼もその場に立ち尽くしているのだろう。勝ちを確信した私とアセロラは作業を分担しながら魔法陣を完成させていく。だがしかし――
カンカンカンカンッ!
――ん!?
誰かが大急ぎで階段を駆け上がってくる音がした。