079_穴埋め研修③
振り向くとそこにはアキニレが立っていた。彼はいつもと同じ能天気な顔でヘラヘラと笑っている。命がけのダンジョンですら、彼はしっかりマイペースだった。そんなアキニレを見ていると「自分がいかに焦っているか」気が付くことができる。それに彼の笑顔には不思議な安心感があった。
「君はサミダレ討伐会で沢山のことを学んだと聞いたよ。それらは全て魔法陣の開発にも活かせる筈さ」
サミダレ討伐会で学んだこと…。ダンジョン〝ジャイアント・マーフォク〟では随分と苦戦を強いられた。ラージ・スライムとの戦いでは明確に役割分担することが大事だったし、ボス戦では小まめに情報を共有し合うことを学んだ。討伐会初日はマルチタスクの難しさを思い知らされ、二日目のランチュウとの戦闘では研修で培ってきたことを活かして辛うじて勝利した。あと同僚と互いに足りない部分を補い合えたことも、私にとって自信に繋がったと思う。
そう考えると、確かに私はサミダレ討伐会で様々なことを勉強した。そして今、培ってきたことを十分に発揮できてはいないようだ。アセロラと役割分担こそしたが、その後は基本的に単独プレイ。ランチュウたち、男子チームとの差を埋めるためにはもっと出来ることがあるような気がした。私はアセロラの魔法陣を横目で確認する。
「アセロラごめん、ちょっと時間大丈夫?」
「どうしたの?」
「実は私の実力では難しい箇所があって…ちょっと手伝ってもらえないかな?」
「分かった、じゃあちょっと待ってね」
アセロラはまず自分の魔法陣をキリのいいところまで進めるつもりのようだ。彼女が今取り組んでいるのは難易度こそ低いが、演算が多くて面倒なパーツ。作業の早いアセロラでもそれなりに時間がかかるだろう。だがそれなら私にも出来るかもしれない。だから私は彼女に対して提案を行う。
「そこの箇所、私が代わりに担当してもいい?」
「それは助かる!」
アセロラが快諾してくれたので、私達はお互いの魔導書を取り替えた。とにかく私は質より量を優先して、ひたすらアセロラの魔法陣の虫食いを埋める。この作戦、悪くないかもしれない。難所で都度立ち止まることがないので、作業の進捗は大幅にアップする。それに単純作業は個人的に苦手じゃなかった。
「リン! こっち出来たよ!!」
「ありがとう、アセロラの方も出来るだけ進めておいたから」
「ありがと!」
アセロラは私から魔法陣を受け取ると、最後の空欄を埋めて魔法陣を完成させた。ミラーにもチェックしてもらい、女子チームの魔法陣は残り二枚となる。私の魔法陣も間もなく完成する。だから実質残りは一枚だ。これは少し希望が見えてきたのでは? ところがミラーのアナウンスに私たちは再度硬直した。
「スワローが二枚目の魔法陣を完成させた。男子チームは残り一枚だな」
――そんな馬鹿な!
顔を上げるとスワローがオレンジの魔法陣を起動させていた。おかしい、もっと時間がかかると思っていたのに。彼は私と同じで、まだまだ魔法の知識に粗があった筈。しかしその〝答え〟はすぐに明らかとなった。なんとスワローがランチュウに相談している。そしてあのランチュウがしっかりと質問に応えていた。以前なら考えられなかった光景だ。だが感心している場合ではない。今のペースでは私たちの負け、一発芸まっしぐらだ。
心臓が嫌な音を立てる。
明日、開催していただける新人歓迎会の様子が脳裏に浮かび上がってきた。賑やかなバル、テーブルの上はご馳走やお酒のグラスでいっぱいだ。そして店内には余興やプチコンサートで使われるような小さなステージがあった。舞台に立っているのは私とアセロラ。座席には社長やアキニレが座っていて、舞台に向けて盛大な拍手を送っていた。ガスタは意地の悪そうな笑みすら浮かべている。私達は今からこの舞台で一発芸を披露しなくてはならない。でも一発芸って何だろう。ショートコント? ダンス? 歌? モノマネ…? どれも出来る気がしない。陽の者――アセロラならともかく、私にはハードルの高い洗礼である!!
私はステージの上で何も出来ず硬直するだろう。そして、そのまま顔を上げると両腕を組んだミラーと目が合うのだ。
「リンよ…負けたにも関わらずペナルティを破ったな!」
ミラーの目が赤く光り巨大化。そして私に怒りの鉄槌が下る。いつかのダンジョンで見た金属製ゴーレムのように…。
「ヒ、ヒィイイイイイイイイ!」
気がつくと私はワークツリーの屋上で腰を抜かしていた。
「ど、どうしたっ!?」
アセロラが目を丸くしている。右手を差し出してくれたが心配というより驚きの表情をしていた。若干引いているようにも見える…。
「な、何でもない…大丈夫」
私はアセロラの手を掴むと机に両手をつく。そして再び魔法陣と向き合った。ランチュウ達に勝つのはかなり難しい。いや、もう無理かもしれない。だが新人歓迎会で一発芸なんて…そんなのもっと無理だ!
――その瞬間、私の頭上に閃きの雷が落ちた。