074_魔力暴走
瞬間、彼は大きく痙攣を起こした。そして胸に手を当てると沼地をのたうち回る。その背中からはあのドス黒い魔力が再び漏れ始めていた。私とスワローは驚いて顔を見合わせる。
「ら、ランチュウ…!?」
私の呼びかけに対し、ランチュウは悲痛な声を上げる。
「逃げロ、魔力が…暴走していル!」
彼はボロボロの脚で立ち上がり私達から離れようとあがく。しかし黒い渦の中央からは逃れられそうもない。必死に暴走する魔力を制御しようとするが、あまりに辛そうだ。長くは持ち堪えられそうにない。私も必死に解決方法を考える。しかしあまりに時間がない。
「このままでは…爆発すル!!」
〝シャァアアアアアアッ〟
何処かから〝針付きのワイヤー〟が飛んできた。それはスワローのジャケットに食い込むと彼を天高く釣り上げる。驚いて振り返ると、沼地のずっと先にカササギ兄弟が立っていた。ガスタも一緒だ。
カササギ兄は自身の釣竿のような武器でスワローを自分達のところまで釣り上げている。これでスワローは無事に避難できた。次にカササギ兄は私目掛けて釣り針を放つ。大きな釣り針が私に向かって大きな弧を描くのが見えた。カササギ兄弟というところが素直に喜べない…が、四の五の言ってる場合じゃない。
――でもランチュウは?
ここで爆発したら彼は助からないだろう。それでは目覚めが悪いじゃないか。私はカササギ兄の釣り針をよけると、ランチュウにありったけの結界を張った。これが正解かは分からない。でも今はとにかく出来ることをやるしかない。
「リン、逃げ…ロ」
「ランチュウ、まだ諦めないで」
出来ることは片っ端から試した。結界魔法や岩盾の魔法、心を落ち着けるためにヒーリングミュージックの魔法も発動した。(ヒーリングミュージックの魔法は緊張して眠れない夜に使う事がある)しかしランチュウの悲痛な表情に変化はない。それどころか全身の震えが益々大きくなってきた。
「もう耐えきれなイ、早く逃げ…」
ランチュウの身体から紫色の光が漏れる。これは…魔力爆発の兆候。どうしよう、間に合わない。私も冷静に振舞うことが難しくなってきた。全身から汗が吹き出し、両腕に鳥肌が立つ。私はランチュウを責めることも、励ますことも出来なかった。何か…何か手はないのか? 上手く考えもまとまらない。
「え、なんで?」
なんとあのラムスが私を庇うように前に出た。私の方から奴の顔は見えない。何をやっているんだ、このチビドラゴン。下手なスライムより弱いくせに。お前は大して疲労してないのだから飛べば逃げられるだろ。
「おいチビドラゴン、なんとか言えよ」
私の言葉に対してこのチビドラゴンは「フンッ」と鼻を鳴らしてみせた。私がさっき庇ったから、その借りを返そうとしているってこと? お前、そんな律儀なやつじゃないだろ。私は無意識にラムスに向けて手を伸ばす。
「ぐわぁあああああああああ!」
しかし、それより先にランチュウの限界が訪れた!
爆発が来る!!
彼の振りまく光が一面を白く包み込む。いよいよ覚悟を決めるべき時間が訪れてしまった。カササギ兄の釣り針も今は近くにない。遠くではスワロー達が何か叫んでいるのが見える。クソ、まだ社会人になって一ヶ月しか経ってないのに…。こんなことなら、もう一度あの姉に会っておくべきだったかもしれない。まあ、会って話したいこともないけれど。
「諦めるな!」
男の大きな声が響き渡った。私でもラムスでもない黒く大きな影がランチュウへと飛び込んでいくのが見える。マントのようなシルエット。あれは…冒険者?
「応えよ、我が聖剣! 邪な者へ救いをもたらしたまえ!!」
そのセリフを最後に何も見えず、聞こえなくなった。いったいどれくらいの時間が経ったのだろうか。