068_マーフォク・ユニクエ①
私はグローフに連れられて沼地に来た。ここは街から反対の方向で、あまり捜索が行われていない。方向的にはダンジョン〝トレント〝のある森に近い。彼は周囲を警戒しながら淡々と告げる。
「僕の使役する魔物が〝君の同期〟の匂いを発見した。この周囲を探してみよう」
沼地自体はずっと先まで続いており、両脇には樹木が生えている。薄く霧がかかっており視界良好とはいえなかった。その上足場が悪く、足首まで水に浸かっている。私達が歩くと小魚やアメンボが蜘蛛の子を散らしたように逃げて行った。念のためグローフに忠告を行う。
「あまり沼地を歩かないようにしてくださいよ。底なし沼があったらマズイので」
「分かっている。それよりあれを見ろ」
グローフが指差した方向を見ると、数名の冒険者が倒れていた。恐る恐る近づき声をかける。
「大丈夫ですか?」
自分で聞いておいてアレだが、大丈夫そうには見えない。こういう時って下手に揺すらない方がいいんだよな…。ところが冒険者の一人が私の声に反応して手をあげた。私達はその男の元へと駆け寄る。
「見たことのない…魔物にやられた」
「どんな魔物だ?」
グローフが男に質問を投げた。彼は沼地から体を起こすと、途切れ途切れに話す。
「人型で水草を…操って…いた。灰色の化け物…」
〝見たことのない魔物〟か…。このタイミングで珍しい魔物が現れたことは捨て置けない。サミダレ討伐会で出現した魔物は、スライムやジャコなどありふれた種類ばかりだった。やはりこの先には何かがあるのか?
私とグローフは周囲を警戒しつつ先へと進む。私は「先に進んでくださいよ」とグローフに前を譲った。しかし奴も「君が行きたまえ」と半歩後ろに下がる。クソ、予想以上に頼りない奴。そんな具合に小さな小競り合いをしていた時だ。
私たちの前方で紫色の雷が光った。
それは瞬く間に天へと昇り消える…。あのような攻撃を最近見た。ダンジョン〝ジャイアント・マーフォク〟でカササギ兄弟に獲物を横取りされた時だ。まさかこの先にアイツらがいるのか…?
速足で進むと木々の開けたエリアに出た。そして中央付近には二つの人影が見えている。いったい誰だろう。注視しようとしたが、それより先に片方がドサリと音を立てて沼に伏した。今倒れた男には見覚えがある。アトラスOSの冒険者、カササギ弟だ。よく見ると彼の少し手前でカササギ兄っぽい人物も倒れている。私達は一先ず彼ら二人に駆け寄った。
カササギ弟は私の顔を見るが、焦点が合わない。私を認識できていないのだろうか。そして天を仰ぐようにして口を開いた。
「こ、こんなのマニュアルになかった…。想定外の…ケースだ」
彼はそれだけ呟くとパタリと意識を失ってしまった。彼が呼吸できる体勢であること確認すると、私はもう一つの人影と対峙した。相手は体格こそ人間とそう変わらない。ただし肌の色はブルーグレーで明らかに人間のものではない。俯いておりその表情を確認することはできなかった。
「これは貴方がやったのですか?」
私は魔物と思われる存在に話しかけるが…奴は無言を貫いている。できることなら戦いたくない。しかしコイツはランチュウの手がかりを知っているかもしれない。魔物相手に受け身はダメだ。私は魔導書を片手に持つと覚悟を決めた。ちなみにグローフはとうの昔に逃げてしまったらしい。
私は少し魔物との距離を詰める。うっすらと霧がかかっているが、奴を十分に視認できる距離に近づいた。そして注意深く魔物を観察する。たとえ初めて戦う魔物だとしても体型や色から何かしらの情報を引き出すことができるかもしれない。姿形は人間そのものだが、雰囲気は魚人に似ている。現に奴の首元には魚のエラのようなものが付いていた。
――いや、そんなことはどうでもいい。
コイツ、人間の衣服を身に纏っている。しかも私はその服に見覚えがあった。たしか服の名前は…チャンパオ。
「敵ダ…全員が敵ダ!」
いきなり魔物が声を張り上げる。私はその独特なイントネーションにも覚えがあった。背筋が凍りつくのを感じる。私はダンジョン〝ジャイアント・マーフォク〟に突入する前のスワローの言葉を思い返していた。
「最近トランでは新社会人の失踪件数が急増しているんだよ。でも実はこの失踪に大きな陰謀が隠されているって噂がある。彼らはとある研究機関で魔物にされて、ダンジョン内を暴走しているって話さ。中には『人が魔物に変化するところを見た』っていう人もいるらしいぜ」
まさか、あの魔物は…
「ランチュウ!?」
「気安く話かけるナ!!!」
彼が金切り声を上げると沼地から三本の水草が飛び出してきた。水草は樹木のように長く、十五メートルはある。それらは鞭のようにしなると私目掛けて襲いかかってきた!