アトラスOS・秘書の日報(下)
アトラス様のおっしゃっていた通り、とにかく怖い。
――全然ブルドックじゃないです…。
あまりの迫力に声を上げることすらできない。私一人だったら既に失神しているはずだ。せ、せめてアトラス様の邪魔にならないようにしなければ! 私は倒れている行方不明者達に近づいて魔法陣を起動。そして私と彼らを結界魔法で筒み込んだ。
アトラス様はそれを確認すると、満足そうにうなずいてくださる。そしてご自身の武器――聖剣を構えた。黄金の剣がマグマに照らされて鈍く輝きを放つ。
「ギャォオオス!」
ドラゴンの両目が輝きを放った。頭を下げて低く構え、ちょうど地竜の背中が見える状態だ。そして魔物の体内からは地響きのような音がした。
「ま、まさか奴が発動しようとしている魔法は…」
あの構えは資料でも見た…【噴火の魔法】と呼ばれているものだ。魔物自身の体内魔力を爆発させ、背中の火山から高エネルギーを撃ち出す代物。威力が高い上に、攻撃範囲も広い。だが私が驚いたのはそこではない。
――この魔法は噴炎地竜ブルスト・ドラゴシスの最終手段なのだ。
初手で使うモノではない。地竜は野生の本能でアトラス様を危険人物とみなしたのだ。マズイ、あんな魔法に巻き込まれたらひとたまりもない。いくら彼が付いているとはいえ、私の心は恐怖で塗り潰されていた。
「お、おおおお母さん…私、死ぬかも…」
魔物の身体が太陽のような輝きを放つ。竜の背で火山が噴火し、巨大な岩石と高出力のエネルギーが私達へと迫る。こんなのどうにか出来る訳がない。私は震える肩を抱いて縮こまった。
しかしアトラス様は私達の前に立つと、魔物を正面から見据える。その顔には恐怖など微塵も感じられない。寧ろ事務作業をしている時よりイキイキしていた。彼はご自身の魔法陣を起動。聖剣と同じ黄金色の魔法陣だ。
「XXXX」
【XXXX_XXXXの魔法】
※アトラス様の魔法は機密扱いであるため、日報上では黒塗りとする
「ひ、光を斬った!?」
私は目を見張った。聖剣は高密度のエネルギーを一刀両断にする。引き裂かれた光線は轟音を撒き散らしながら左右の壁を破壊。ドラゴンは怒りの雄叫びを上げ、一直線に彼に体当たりを仕掛ける。
「なるほど戦意は失わないか。それならば君の思いに応えるしかあるまい」
アトラス様は軽く膝を曲げると、ドラゴン頭部の高さまで飛び上がる。そして再び黄金の魔法陣から魔法を発動した。
「剥ぎ討て、XXXX」
たった一撃、彼は魔物の首を刎ねると軽やかに着地する。実物はここまで凄いのか。日頃、お菓子を配り歩いている時のおじさん顔からは想像もつかない。
救助された冒険者(上司)は何度も彼に頭を下げた。そんな男性にアトラス様はビスケットを手渡す。
――今、ビスケットは無理だろう。
彼は脱水症状ギリギリで、しかも極度の緊張状態にある。喉がカラカラどころではない。アトラス様はやや天然というか…少し抜けているところがある。私はすぐ男性に水筒を手渡した。男は遠慮していたが、アトラス様が引かないので水とビスケットを受け取った。男は懺悔するように言葉を漏らす。
「私は上司失格です。部下の前で自分だけ逃げるなんて…。そもそも私にリーダーなんて分不相応だったのです」
アトラス様も彼の横に腰をかけた。そして手持ちのビスケットを口に運ぶ。
「立場に見合った実力を持つことは容易でない。ピンチもチャンスも我儘な奴で、アポイントメントは取ってくれないのだ」
「…っ」
男は更に項垂れてしまった。そんな彼の肩にアトラス様は手を置く。男は一瞬硬直したが、すぐにその手を受け入れた。彼の手は大きいが、大樹のような優しさがある。
「偽りの仮面でいい、部下の前では被り続けろ。貫けば君の実力となる」
アトラス様のアドバイスに対し、男は何度もうなづいていた。偽りの仮面か。アトラス様でもそんな風に思うことがあるのだろうか。それとも若い頃の話なのかな。彼の言葉を完全に理解するのはまだ私には難しいような気もする。
こうしてアトラス様のダンジョン攻略は幕を閉じた。やはりこの冒険者ギルドに転職してよかったと思う。アトラス様は我々、アトラスOSの誇りなのだ。彼が存在する限り、この冒険者ギルドは永久に発展し続けていくことだろう。
――誰もがアトラス様を、絶対的な正義であると信じているのだ。




