063_サミダレ討伐会開幕
リンの日記_五月五日(月)
先週は金曜日まで、ひたすら魔法陣のシステムテスト。期限ギリギリで肝を冷やしたが何とか終わらせることが出来た。スワローやガスタとの息もかみ合ってきたと思いたい。ちなみに休日は流石には遊ぶ気になれず、寮の自室で英気を養っていた。(ラムスは退屈だと騒ぎ散らしていたが)
そしてついにサミダレ討伐会当日を迎える。朝の八時半、私はワークツリーに出社した。ここで会社の皆と合流してから、担当エリアへと移動する予定だ。私とガスタ、スワローは今日から二日間、ひたすら魔物と戦う。アセロラやランチュウなど戦えない者は他団体に魔法陣の貸し出しを行いつつ、各魔法の使用方法などをレクチャーして回るそうだ。(これが宣伝になれば戦闘用魔法陣の発注も増えるはず)ミラーはアセロラ達の護衛、アキニレは他団体との伝達係だそう。
ちなみにランチュウは誰よりも早く出社して魔法の勉強をしていたようだ。もう体調は大丈夫なのだろうか。ランチュウは先週、著しく体調を崩していた。そして先週末、ミラーから「体調が戻らなければ、討伐会は欠席するように」と念を押されていた筈だ。ところがランチュウは先週とは打って変わり、異様に機嫌がよい。
「身体の調子があまりにも良イ。まるで十二歳の頃に戻ったようダ」
お前の身体のピークは十二歳だったのか、などと突っ込みたいところはある。だがそれは一旦脇に置いておこう。先週あれだけ体調を崩していたのに、今日のランチュウの振る舞いはやや気味が悪い。まさか強がっているのだろうか? それとも土日を挟んで本当に復活したのだろうか? ミラーも彼の振る舞いについては懐疑的だった。しかし体温にも異常はなく、それ以上の詮索は諦めたようだ。
――何かだか嫌な予感がする。まあ私の直観はあまり当てにはならないが…。
アセロラと一緒に他社員を待っていると、受付に二匹の伝書鳩が飛び込んできた。基本的にメールチェックは新人の仕事である。私は鳩から筒状の手紙を受け取り広げた。
「む?」
一通目はガスタ。
風邪を引いたらしい。本日は欠席とのこと。
え、マジで…?
私は目を見開いた。戦力が一人欠けてしまった。スワローと二人では防御面に不安が残る。でも風邪では仕方あるまい…。
次に二つ目のメールを開封した。なんとなくだが、嫌な予感がする。アセロラと二人で覗き込むと、メールの送り主はスワロー…。
実家の犬が危篤。本日は欠席とのこと。
「犬ぅ!」
よりによって今日! でも家族が亡くなりそうなら仕方あるまい。スワローの欠席により、本日の業務に〝連携〟という概念は消失した。ダンジョンでの特訓は何だったのだろうか。てか、私一人で戦うの? 本来、単独行動は嫌いじゃない。たが「一人で仕事を回せるのか」と言われれば…それは完全に別問題だ。私は二通のメールを握りしめて、先輩達のところへ駆け込んだ。
「よしリン、1人で行け!」
ミラーから指令が下った。いっそ清々しさすら覚えるね。私は一人で担当エリアへと向かった。もちろん不安でいっぱいだが、私のエリアはガーゴファミリーと被っている。いざという時は泣きつかせてもらおう…。
駅から伸びる大通りはいつも活気がある。朝からパンやケバブの屋台は開いているし、通勤中の社会人や学生、冒険者でごった返している。ところが今日はどこも閑散としていた。お店の従業員たちも避難しているか、討伐会に参加し戦うのだろう。周囲を見回すと武器を持った人達が集まりつつある。冒険者みたいな体格の人もいるが、このエリアは一般人も多い。話には聞いていたけれど規模の大きなイベントだ。私はもっと周囲をよく見ようと、見晴らしのいい場所へと移動した。
「おや、リンではありませんか」
ガーゴファミリーの副団長――タジンだ。部下三人と大通りを上って来た。討伐会開始前に遭遇できたことは心強い。ガスタとスワローが欠席であることを伝えると、彼は残念そうに苦笑した。
「それは残念でしたね。貴方さえよければ我々と行動しますか?」
「お、お願いします!!」
やった、ガスタやスワローより遥かに腕の立つ者たちを味方につけてしまった。副団長達にくっついて歩きながら、私は気になっていたことを質問した。
「無知で申し訳ないのですが、討伐会っていつ始まるんでしょうか? 今のところ魔物の一匹も現れませんけど…」
副団長は私の質問を聞くと、顔を空へと向けた。
「まだ雨は降りそうにありませんね。もう少し待ちましょう」
「あ、雨…?」
彼がそう告げてから数分後、パラパラと小雨が降り始めた。