054_ジャイアント・マーフォク③
「二人とも時間稼ぎは十分だ」
ガスタの手元で青色の魔法陣が輝きを放つ。
「ウォータン・プリズン」
【ウォータン・プリズン_水牢を生成する魔法】
あの魔法は以前見たことがある。模擬戦で私を捕まえた拘束魔法だ。粘性の高い水塊が相手を包み込んで動きを拘束する。ガスタらしい悪趣味な魔法である。彼が魔法を発動すると、滝壺内の水の一部がゴポゴポと音を立てながら宙に浮いた。湯船一杯分くらいの水量。
「ギー、ギー…!」
水塊を見た魚人達は次々とジャイアント・マーフォクを庇う盾になろうとする。が、不定形な水は魚人の間をすり抜けてラスボスの元へと向かう。
しかし私には疑問があった。ジャイアント・マーフォクは身長が四メートル近くある化け物だ。あの巨体をスッポリと覆うには明らかに水が足りていない。
「いや、これでいい」
私の疑問を見透かすようにガスタは小さく頷いた。彼は焦る素振りもなく、淡々と魔力の流れをコントロールして水塊に勢いをつける。ラスボスはその緩急に対応できていない。
これは!?
なんとガスタはジャイアント・マーフォクの身体ではなく、頭部のみをすっぽりと覆ってしまったのだ。いづれにしてもラスボスは地団駄を踏んで怒りを露にする。
「これでお前らはお終いだ」
ガスタはあっさりと勝利宣言をした。しかし私にはイマイチ戦況が理解できない。ジャイアント・マーフォクも魚人だ。水中でも問題なく呼吸出来ているし、寧ろカンカンに怒って興奮しているように見える。
「ど、どういうことですか?」
「あれを見ろ」
先程まで弓を構えていた十体の魚人達。奴らはその弓をダラリと下ろしていた。それだけじゃない。他の魚人たちも明らかに統率を失っている。私とスワローはびっくりしてガスタの方を見た。それを見た彼は満足そうに解説を始める。
「魚の一部は音を出してコミュニケーションを行うそうだ。アイツらもその可能性が高そうだったから、ボスの声が出ない様にしてやったまでだ。これで指示は出せまい」
「で、でもおかしくないですか? 指示がないとはいえ、ちょっと自分たちで考えれば簡単に私達に勝てそうなものですけど…」
実際、私たちはそれくらい追い詰められている。
「ふん、それこそ簡単な話だ。あの魚人共は〝指示待ち部下〟に過ぎないんだ」
指示待ち部下…恐ろしい響きの単語である。指示待ち部下とは自分で考えて行動を起こせない者の総称である。指示された仕事しか取り組むことが出来ないため、判断力も低い傾向にあるとか。(後のガスタの受け売り)
「ま、その点ウチの後輩はそれなりに頑張っていたみたいだがな。三分間よく耐えた」
ガスタは私達二人と目を合わせることなく、ぼそりと呟いた。この人から労いの言葉が飛び出すとは…ちょっと気持ち悪い。だがガスタの一手により、私達の勝利は目前となった。もうあの部下魚人達はジャイアント・マーフォクを守る頭すらない様だ。私とスワローは魔導書を開くと、最も攻撃力の高い魔法をそれぞれ発動した。
「メガ・ヴレア・ボール!」
【メガ・ヴレア・ボール_大火球を放つ魔法】
「ウィンディン・ソード!!」
【ウィンディン・ソード_風刀を生成する魔法】
ついに勝った…!
私達がダンジョンを攻略した!!
と、そう思ったのだが…。
私達の攻撃がラスボスに到達するより速く、高速の雷がラスボスの顔面を貫いた。それはアジサイのような鮮やかな紫色の雷…。私達は呆気に取られていた。勿論ガーゴファミリーの団長やフリュウポーチの仕業ではない。
崩れ落ちるラスボス――ジャイアント・マーフォク。奴は倒れる瞬間にアイテム〝魚人の王冠〟をドロップした。ところが私達がそれを回収するより先に紐付きの大きな釣針のようなモノが飛んできて、〝魚人の王冠〟を奪ってしまった。ガーゴの団長が私達の前に駆け寄ってくる。
「何事だ!?」
後方から足音がして私達は振り向いた。私達の前には二人組の冒険者が立っている。どちらも三十代くらいの男性で片方はガリガリのノッポ、もう片方は丸々と太っている。ガリガリは三角形の目と尖った口元が印象的で、右手にレイピアを装備していた。レイピアは微かに雷をまとっており、パチパチと紫色の光を放っている。太っちょは黒い鳥をモチーフにしたマスクを被っており、釣竿のような特殊な武器を装備していた。〝魚人の王冠〟を取ったのもコイツの仕業だ。二人を見た団長は憎々しげに声を上げた。
「カササギ兄弟…!」