048_二回目のダンジョン
リンの日記_四月二十五日(金)
今日はいよいよ二度目のダンジョンである。私達三人はワークツリーの前に集合した。
「歩きですか?」
ガスタに訪ねると彼はムスッと眉間にシワを寄せた。この先輩もアキニレと同様、朝が弱そうだ。
「みんな君の様な脳筋イノシシだと思うな。魔法で行くに決まってんだろ」
ガスタはそう言うと、ワークツリーの倉庫から筒状の何かを抱えてきた。なかなか重いようでスワローと二人がかりで運んでいる。
「あ、魔法の絨毯ですね」
「ああ、本来は営業用だがな」
ワインカラーでアラベスク模様の小洒落たデザイン。その中央には複雑な魔法陣が焼き付けてあった。なかなか大きなタイプで六人は座れそうである。
「先輩、免許持ってるんですか?」
素朴な疑問をぶつけてみた。
「バカにすんな」
ガスタは社員証とは別の宝石を私の前に見せた。緑の宝石に金具がついていて、黒の革紐が通してある。彼が宝石を絨毯にかざすと、絨毯に焼き付けられた魔法陣が緑色の輝きを放った。そしてさっきまでは重い布の塊だった絨毯が、フワリと宙に浮かぶ。私とスワローが後ろに座るとガスタは指先で魔力の流れを操作しながら舵を切った。絨毯は地上からニ、三メートル程のところで上昇をやめると、スルスルと一直線に走り出す。春風が全力で私にぶつかってくるので、油断したら振り落とされそうだ。
「結構高いな、落ちたら大怪我だ」
スワローが下を覗き込むので私も彼に倣ってみた。出勤途中の社会人や大通りの露天がみるみる後ろに流れていく。確かに便利な魔法道具だ。
「下を覗き込むな。落ちるぞ」
ガスタにピシャリと言われ、私とスワローは絨毯から首を引っ込める。ふと新入社員――スワローの右手が気になった。彼は見慣れない布袋を握りしめている。
「スワロー…それ何ですか?」
「ああ、これは四月分の給料だよ。初任給ってやつ」
――ダンジョンに持ってきたの!?
ワークツリーの給料日は毎月二十五日。よって今日――四月二十五日は紛れもなく私達の初任給が出る日だ。ただ私とガスタは今日の業務が特殊なので来週にお給料をいただけるよう総務と話をしていた。
「それ、持って来て大丈夫? なくさない??」
「大事な初任給だぞ! なくすわけがないって!!」
BBQ男は実に爽やかに告げた。
そうだね、なくさないといいね。
――そして三十分後、私達は大きな湖についた。前回とは違うダンジョンである。湖の中央には小さな小島があり、中央に扉が一枚立っていた。一見すると扉を通っても、裏側に出てしまうだけに見える。しかし扉からは白い光が漏れだしており、それがダンジョンに繋がっている事を感じさせた。
「おお、来たなワークツリー御一行!」
絨毯を降りると聞き覚えのある声。ガーゴファミリーの団長――シュラウが私達を出迎えてくれた。私はデカい声の人が苦手なので、ちょっと距離を置いたところに立つ。
「お世話になっております。まさか団長にご同行いただけるとは…」
ガスタが団長に挨拶を行う。前回は彼ら――ガーゴファミリーがお金を払うお客様で、私たちは彼らの魔法道具をメンテナンスするのが仕事だった。今回は逆。私達がダンジョンで戦闘訓練をするため、ガーゴファミリーにガイドを依頼している。
「ガハハ、気にしないでくれ。ウチの連中は今〝家出した猫の捜索依頼〟で駆り出されていてな、俺とポーチは退屈しのぎでこっちに来たわけだ」
「ウチはお金がない…だからどんな依頼も受ける」
木陰からフリュウポーチの声がした。
「だからポーチ、そうじゃないって言っただろ? ウチはアットホームで地域密着型の冒険者ギルドだから、住民からの依頼はそう簡単に蹴らねえんだよ。どっかの大手ギルドみたいに金と効率の事ばっかり考えていたら人間じゃなくなっちまう」
フリュウポーチは団長の言葉に「…りょーかい」とだけ返事をする。彼女は私に向けてヒラヒラと左手を振るので「こ、こんにちは」と挨拶をした。向こうからは「どーも…」と帰って来る。相変わらず私達の会話は静かでやり取りが少ない。
「君がフリュウポーチか! 俺はスワロー、バーベキューとか興味ないかな?」
「…」
フリュウポーチはグイグイくるスワローを見てしばらく停止、そして静かに木陰の方へと戻っていった。気持ちは分かる。「うわぁ、何だ、この変な生き物」って思ったことだろう。一通りの挨拶が終わると団長は私たちにこのダンジョンを説明し始めた。
「今日のダンジョンは〝ジャイアント・マーフォク〟、水属性の魔物が潜むダンジョンだ。以前行ったダンジョン〝トレント〟と比べると難易度が低い。初心者向けのダンジョンだから、お前たち三人でも頑張れば攻略可能だと踏んでいる」
「はい!」
スワローが元気に返事をした。私とガスタもそれに続いて首を縦に振る。
「だが油断は禁物だ。スライムや魚人も舐めてかかれば十分危険な魔物だからな。俺とポーチは三人のサポートだ。危険な場合は加勢するから心配しないでくれ」
「でも、よりによってこのタイミングでダンジョンに入ることになるとはなあ…」
団長の話が終わるとスワローが小さく呟いた。
「このタイミング?」
私が聞き返すと彼は目を丸くする。え、私変なこと言った?
「リン、魔物化の噂知らないのか?」
「魔物化…? 聞いたことない」
「最近トランでは新社会人の失踪件数が急増しているんだよ。でも実はこの失踪に大きな陰謀が隠されているって噂がある。彼らはとある研究機関で魔物にされて、ダンジョン内を暴走しているって話さ。中には『人が魔物に変化するところを見た』っていう人もいるらしいぜ」
思った以上に馬鹿馬鹿しい噂話だった。魔物に様々な形態があるとはいえ、人と魔物は根本的に身体の作りが異なる。「人が牛に変化するぞ」って言っているのと同じようなことだ。私はスワローを白い目で見た。
「なにそれ、人が魔物になるわけがないじゃん」
「まあ、そうなんだけど…」
私の反応に彼も小さく肩をすくめる。これだから陽の者はいけない。根拠のない噂話にすぐ飛びつく。私はネガティブで慎重、更に疑り深い為そんなデマには騙されない。恐らく人に化ける魔物が社会に紛れ込んだりしたのだろう。それはそれで脅威ではあるが。
――朝、九時半。私達はついにダンジョンへと続く扉へと踏み込んだ。 真っ白な光に包まれて目を開けていられなくなる。次第に平衡感覚もなくなっていき、体のあちこちが引っ張られるような感覚がした。
実はこの時、私たちのことを遠くから監視する者たちがいた。しかしこの時点での私はそんなことを知る由もない…。